らぶバザ原案

粟田短刀年長組で、唐突なバイオハザードパロディ

粟田口薬研
政府直属暗躍部隊JSAG傘下にある密偵衆エストレイヴェンスのサブリーダーで参謀役。科学にも精通しており、1年前から急増し始めたB・О・W(生物兵器)に使われる「サクリア」を調査している。射撃、近距離戦など、能力のバランスはメンバーで一番良い。

粟田口信濃
エストレイヴェンスの一員で、射撃の天才であり、狙撃手。2年前の任務でメンバーを逃がすために敵に捕まり、生物兵器の被験体とされた。その後遺症で現場から退き、PC等の電子機器を利用したテクニカルオペレーターとして、メンバーをサポートしている。時折聞こえてくる未知の声に悩まされている。

粟田口後藤
5人1組のチームである、エストレイヴェンスのメンバーを統括している。射撃、近距離戦など、能力のバランスは薬研に次いで二番目に良く、バズーカ砲を使っても反動を受けない。

粟田口乱
エストレイヴェンスの一員で、身軽さと跳弾を利用した射撃と、爆弾を駆使したトリッキーな戦い方をする。

粟田口厚
エストレイヴェンスの一員で、近距離戦においての技術・能力は一番高い。先陣をきって薬研と奇襲する特攻役。

<専門用語>
JSAG(Japan Secret Agent Guardian)
政府直属暗躍部隊で、存在は秘匿されている。主にジェイサグと言われている。警察上層部でも存在を知っているのは、警視総監か副総監、警察長官のみ。

サクリア
寄生生命体で、単独では生命を維持できず、短時間で衰弱死してしまう。概ね支配種レクトルと隷属種サヴァンの2種に分けられるが、稀少種レヴェンというものがある。また、サヴァンが、何らかの過程を得てレクトルやレヴェンに進化することもあり、サクリアの階級は必ずしもサヴァンということではない。

サクリファイス
寄生生命体サクリアに寄生された人間の総称で、理性はない。寄生時による肉体強化の影響で身体能力が格段に上がっている。支配種レクトルに寄生された者をレクター、隷属種サヴァンに寄生された者をサーヴァント、稀少種レヴェンに寄生された者をレヴェナントと呼ぶ。上手くサクリアと適合した者は寄生されても理性を失うことはない。

◆サクリアの階級について◆
サクリアには、下記のような階級で分けられるが、現在この情報は、リンクスの幹部以上だけが知っている。

ディバイン(神):鬼丸国綱
メサイア(救世主):信濃藤四郎
ファルシュター(天使)
ミカエル:燭台切光忠
ラファエル:鶴丸国永
ガブリエル:太鼓鐘貞宗
ウリエル:大倶利伽羅
アポストロス(使徒):アルカトラズ島支部所長
ファナティカー(狂信者)=サーヴァント(隷属種)

エンジェルスの燭台切たちは、ディバインから一部の支配権を譲渡してもらっているため、メサイアである信濃の心身に干渉することができる。
鬼丸国綱からすれば、自分の傘下であるサクリアに感染した者は全てサーヴァントであり、その気になれば簡単に心を操ることができ、信濃の中にあるメサイアに呼び掛けていた。
ファルシュターまでをつくったのはディバインであるが、アポストロスとファナティカーをつくったのはファルシュターである燭台切たちである。

信濃「前田からもらった指令を出すよ」
薬研「次の指令はなんだ?」
信濃「本国要人の護送ヘリの護衛だって。後藤、飛ばして」
後藤「わかった。今護送ヘリはどのあたりだ?」
信濃「上海に向かってる。そこからジェット機で逃げるってさ」
乱「ヘリでジェット機に追いつける?」
後藤「問題ない。このナイトレーベン(ヘリ)はフォルムチェンジでジェット機になれる優れものだからな。今切り替える。内装はあんまり変わらねぇけど、スピードは格段に変わるぜ」
信濃「後藤は運転したままでいいから、みんな聞いて。新たな情報だよ」
平野『お兄様方、おつかれさまです。アメリカのサンフランシスコ州でのアルカトラズ島でバイオハザードが起きたそうです。本来であれば、JSAGの管轄ではないのですが、1年前に開発された新型ウイルスである『サクリア』が使わている可能性があることと、アメリカ政府は自国のテロ対策に人員を費やしている為、残りの人員と協力してサクリアのデータを手に入れて欲しいとのことです』
薬研「サクリアか・・・まだ何の解析も進んでいない未知のウイルスだったな」
厚「ひえ~、香港の次は日本経由してのアメリカかー」
乱「僕休みたいよ~」
平野『護送任務終了した後、1週間ほど休暇をとっております。無事帰国したら良い休暇をお過ごしください。あと、後藤兄さんと薬研兄さんはご報告を。信濃兄さんは検診を受けてくださいね』
信濃「えー、またぁ? 3日前も受けたよ?」
薬研「仕方ないだろ。お前この前敵に捕まって本当に酷い状態だったんだから。ちゃんと現場復帰をしたかったら、おとなしく受けるんだな」
後藤「まあ、ほぼ現場復帰しているようなものだけどな」
信濃「ずっとヘリだけどねー。俺もたまには地上戦に出たいよ」
乱「でも助かってるよ、信濃のオペレーションとITスキルは」
後藤「そうだぜ。今回はそのおかげで助かったしな」
厚「聞いたぜ、相手のヘリをハッキングして敵陣に突っ込ませたんだってな・・・こえ~。お、見えて来たぜ、上海だ!」
後藤「ちょうどプライベートジェットで離陸するところだな。このまま追尾するぞ」
4人「了解」
一同の警備のもと、ジェット機は無事に日本に帰国した。
ヘリを降りた5人を、JSAG司令本部の総司令官である鶴丸国永と、副司令官の一期一振が迎える。
一兄「おつとめご苦労様、5人とも」
乱「えへへ、今回もがんばったよ~!」
鶴丸「おう、星鴉組はなかなかの活躍だったじゃないか。アメリカとイギリスの外交官から、早速お礼の便りが来たぜ。で、帰ってきたところで悪いが、後藤と薬研は報告に来てくれ」
後藤「ああ、わかった」
鶴丸「そんでもって、信濃は検診だぞ」
一兄「これで問題がなければ、次回からの地上での任務が認可される」
信濃「やった。待っててねみんな。認可状ゲットして戻ってくるから」
厚「おう、じゃあ俺と乱はいつもの場所で待機してるから~」
乱「いってらっしゃーい♪」

??「君はサイバネティックスの麒麟児にして、狙撃の天才と言われている粟田口信濃くんじゃないか」
一人、JSAG本部の地下に設けられた医療施設で検査を受ける信濃。そんな彼に意気揚々と話しかけてきたのは、警察長官のSPをしている青年だ。
信濃「あ……どうも」
SP「聞いたよ。敵ヘリのシステムを乗っ取って、盾替わりにした挙げ句、敵陣で爆発させたんだって? すごいじゃないか。それもテロリストの指揮官をいとも簡単に撃ち殺したとか言うじゃないか」
彼はマシンガンのように言葉を発して、信濃の功績とその知識を褒める。信濃は、その誉め言葉の裏側にある何かを感じ取ってか、このSPが苦手だった。
信濃「ありがとうございます。日々頑張っていた甲斐がありました」
SP「今度警察庁の方で銃の実践訓練をしてくれると助かるんだが、どうかな?」
信濃「え、そういうのは」
SP「頼むよ、信濃くん」
後藤「さわるな!」
SP「!」
覇気を含んだ声が、信濃の肩に手を伸ばそうとしていたSPの動きを制止させた。振り返ったSPの青年は、ただならぬ殺気を放つ後藤の眼差しに圧倒されて後ずさるが、すぐ背後に立っていた薬研にぶつかり悲鳴をあげた。
SP「ひ!?」
薬研「悪いな、警察長官のSPさん。アンタも知っての通り、俺たちは忙しくてな。講習をする時間はあいにくとれない。それと信濃は今検診中だ・・・そっとしてもらえねーか?」
SP「あ・・・ああ、悪かった」
薬研の言葉など、SPには入らなかった。後藤の射るような眼差しに完全に威圧されて、聞く余裕がなかったのだ。そそくさと足早に逃げ去っていくSPを一瞥しつつ、薬研は信濃の隣に座った。
信濃「2人とも、報告終わったんだ」
薬研「ああ。それにしても後藤、今のはちょっと大人げないぜ?」
後藤「……わかってる」
信濃「でも、おかげで助かったよ」
後藤「信濃ももっと強く断ればいいのによ」
信濃「同じ日本国内の組織なんだし、あまりぶっきらぼうな態度はできないかな」
青江「やあ、星鴉の三羽烏さん、検診結果が出たよ~」
信濃「!・・・け、結果は!?」
青江「良好良好。次から本格的に任務に復帰していいよ」
信濃「やった~♪」
後藤「やったな!」
薬研「早く2人にも知らせてやらないとな」
その日、JSAGの星鴉組は信濃の快気祝いということで、久々に戦場の世界とはかけ離れた都会に出かけた。
クールで知的、快活で爽やか、明媚で可愛らしい、ワイルドな野生児、かっこよく愛らしい、のとんとん拍子が揃った美少年たちが通る様を見て、その姿を目に留めた街行く人が一瞬立ち止まる。
そんな彼等の視線を気にせず、5人は久々の外界の街を楽しむ。
後藤「お、The House of the dead4があるぞ。信濃、勝負しないか? 協力プレイになっちまうけれど、スコアが高い方が価値ってことで」
信濃「いいよー、その代わり勝った方は負けた方の言う事なんでも聞くこと~♪」
後藤「!・・・絶対負けねぇからな!」
10分後。
信濃「はい、俺の勝ち~♪」
後藤「くっ・・・あと500ポイントだったのに」
厚「次は俺、俺やりたい! 薬研、一緒にやろうぜ」
薬研「ああ、いいぜ」
10分後。
薬研「どうだ~?」
厚「あと10ポイントだぜおい・・・悔しい」
信濃「はい、というわけで、負けた後藤はローソンのアイスミルクティー買ってきて、あ、シロップ1つとマドラー忘れないでね」
薬研「ちょうどいいや、厚はファミリーマートのアイスカフェラテな。あ、ココアシュガー入りで頼む」
乱「その後スタバに寄ってダークカフェモカフラペチーノ買ってきてね。トッピングはなしでいいから~」
薬研「遅かった方は罰ゲームな」
厚「はあ!?」
後藤「え、なんだよそれ!?」
薬研「東西にファミマとローソンがあり、距離は同じ100メートルだ。それにスタバはここから北に50メートル・・・なかなか面白いレースだろ? 幸いこの時間はコンビニは混まない」
信濃「がんばってね~、位置についてよーいドン!」
後藤&厚「おおおおおっ!」
走り出す2人を余所に、3人は罰ゲームの内容について話し始めた。
乱「罰ゲームってどうするの?」
薬研「全員の荷物を持つ」
乱「それ、ただのいじめじゃない?」
信濃「モノマネとか?」
乱「あー、無難だけれどそれでいいか」
10分後。
厚「はあ、はあ、全速力で買って来たぜ」
薬研「おー、サンキューって、俺っちのアイスカフェラテかなり偏ってるんだが?」
厚「安心しろ、こぼれてねぇから」
乱「ボクのダークカフェモカフラペチーノも少し偏ってるけれど、まあ中身は無事だし別にいいか」
厚「ふぅ・・・後藤がいないってことは、俺の勝ちか」
信濃「早く来ないかなー、後藤」
3分後。
アイスカフェラテとフラペチーノを飲んでいる2人を背に、待ち遠しそうに信濃が北を見ていると、後藤が見知らぬ子供を背負ってやってきた。
後藤「はあはあ、悪い遅くなった」
信濃「遅かったね・・・って、どうしたの、その男の子」
後藤「スタバ付近にいた迷子なんだ。そこの交番に連れて行く」
そういって飲み物を渡すと、後藤は交番に向かっていった。離れる間際に男の子が手を振り返すと、つられて信濃も笑顔で手を振る。
信濃「こういうことなら、仕方ないよね」
薬研「ああ、罰ゲームはなしだな・・・後藤が戻ってきたらステーキでも食べに行こうぜ」

夕食後、星鴉組は各々に割り当てられたプライベートホテルの部屋で休んでいた。
後藤「信濃、入るぞ」
信濃「どうぞー」
ホテルのルームサービスで頼んだお菓子をつまみながら、ベッドに座って銃の分解と改造作業を続ける信濃のもとに後藤が訪れる。
信濃「どうしたの?」
後藤「さっき情報が入ったんだけど・・・アルカトラズ島にリンクスが関与しているらしい」
信濃「……」
それを聞いて、銃を弄っていた手を止めて視線を上げる信濃。
リンクスは、2年前信濃を捉えて拷問の限りを尽くし、新型ウイルスの実験をした組織だ。TウイルスやらGウイルスやらCウイルスを打たれた信濃だったが、幼少の頃から身体の中に埋め込まれていたナノマシンのおかげで、変異することなく人間としての生をとどめることができたのだ。
救出された時には、体力が衰弱しきっていたこともあり、変異しかけていたがなんとか一命をとりとめた。あの時の兄弟たちの表情を思い出す度に、二度とあんな目に遭わないようにしなければと思う。
信濃「それはいいことを聞いたね。今度こそ、あいつらを殲滅してやろうよ」
決意を表明するかのように、信濃はアサルトライフルを構えてみせる。
後藤「信濃、ひとつ聞いておきたいんだが」
信濃「?」
後藤「敵の顔はまだ思い出せないか?」
信濃「・・・ごめん、思い出せない」
後藤「そうか」
信濃「あいつら、記憶を消去させる術でも持っているのかな。あの組織のこと、なんにも思い出せないんだよね」
後藤「まあ、ひとまず任務は1週間後だ。それまで自己研鑽に励めよ。あと何か悩みがあったら遠慮なく聞いてくれな?」
信濃「うん、後藤ありがとう」

その夜、アメリカのサンフランシスコ州アルカトラズ島にて。
燭台切「伽羅ちゃん、貞ちゃん、聞いた? アメリカ政府が日本のJSAGに救援要請したらしいよ」
伽羅「ああ、ボスからメールが届いていたな」
太鼓鐘「どちらにせよ、来たらやっつけるだけだろ?」
燭台切「まあ、そうだけれど……覚えているかな、エストレイヴェンスのこと。日本では星鴉組とか言われているみたいだけれど」
太鼓鐘「あー、2年前奇襲を受けたところだっけ。みっちゃんの機転で逆にやり返したけどさ」
伽羅「その際に1人捕縛したな、あの捕虜はどうなったんだ?」
燭台切「1年半前に逃げられちゃったみたいだよ」
タブレットを見ながら説明する燭台切。そんな彼は右のポケットからタバコのようなものを取り出した。それに気づいた太鼓鐘がライターを取り出して近づける。
燭台切「あ、貞ちゃん大丈夫だよ、これタバコじゃないから」
太鼓鐘「え、違うのか?」
燭台切「うん、これビタシグっていって、天然成分とビタミンを含む蒸気を吸う電子タバコだよ。まあ、厳密に言うと『タバコ』ではないんだけれどね」
太鼓鐘「ピクシブ?」
燭台切「ビタシグだよ、ビタシグ」
太鼓鐘「へぇ、そんなもんあるんだ」
燭台切「タバコは身体に毒だからね、僕は吸わないよ」
太鼓鐘「俺も欲しいな」
燭台切「うん、今度あげるね」
加羅「光忠、早く話せ」
ずっと黙って2人のやりとりを聞いていた大倶利伽羅が、痺れを切らして催促する。
燭台切「あ、ごめんね伽羅ちゃん。それでねー」

『目覚めよ、我が同胞よ』
夜明け前、脳裏に響く声。
その声を聞いた信濃は、突然原因不明の飢渇感に苛まれた。
部屋の冷蔵庫の中に入っていた2Lのペットボトルを取り出し、ひたすら飲み干す。
信濃「……はぁ、はぁ」
6本空けたところで、ようやく渇きがおさまり、信濃はそのまま冷蔵庫にもたれて座り込んだ。
信濃「(今日が出発の日だから、何かしら変調があるとは思っていたけれど、そんなに緊張しているのかな、俺)」
そばにあったハンドタオルで顔や額の汗を拭きながら、信濃はそう思案する。
信濃「(でも、今日はあの時の雪辱を必ず返す!)」

一期一振と弟たちが見送る中、ナイトレーベンに乗り込む星鴉組。
乱「一兄、行ってくるね!」
一兄「後藤、薬研、乱、厚、信濃、気をつけて!」
博多「無事に帰ってきてな~っ!」
薬研「おう、土産にニューヨークにある『勝利の女神』を買ってきてやるぜ!」
前田「薬研兄さん、勝利ではなく、『自由の女神』です」
信濃「いってきまーす!」
飛び立つナイトレーベン。兄と弟たちの心配と激励の視線を受けながら、星鴉組はアメリカへと向かった。

兄弟たちが見送る中、ナイトレーベンに乗り込む星鴉組。
乱「一兄、行ってくるね!」
一兄「後藤、薬研、乱、厚、信濃、気をつけて!」
博多「無事に帰ってきてな~っ!」
薬研「おう、土産にニューヨークにある『勝利の女神』を買ってきてやるぜ!」
前田「薬研兄さん、それは勝利ではなく、『自由の女神』です」
信濃「いってきまーす!」
飛び立つナイトレーベン。兄と弟たちの心配と激励の視線を受けながら、星鴉組はアメリカへと向かった。
離陸して1時間後、後藤の通信機に連絡が入った。
後藤「アメリカ政府のCIAからだ。カリフォルニア空港で合流して作戦会議をする」
厚「作戦会議かー」

 

カリフォルニア空港に設置されたバイオハザード特別捜査本部。
堀川「今回は遠方からようこそお越しくださいました。CIA捜査官の堀川国広です」
和泉守「同じく、和泉守兼定だ」
安定「僕、FBI捜査官の大和守安定。よろしくね」
加州「同じく、FBIの加州清光だよ、よろしく。あ、このFBIとCIAの混合チームのリーダーは、あいにく重傷で不在なんだ」
乱「ま、まさかの日本人!?」
安定「えへへ、驚いた? 元々僕たちは日本人で、みんな日本に住んでたんだよ。もちろん今は日系アメリカ人っていう位置づけだけどね」
厚「CIAとFBI捜査官がみんな元日本人かー、すげぇ偶然だな」
堀川「僕たちは、日本の捜査官との連携のために編成された日系アメリカ人の特別編成チームなんです」
和泉守「その名も『Shinsengumi(新撰組)』だ」
薬研「幕末に、京都において反幕府勢力を取り締まる警察活動に従事したのち、旧幕府軍の一員として戊辰戦争を戦った武装組織の名前か」
安定「結構気に入ってるよー、このチーム名」
後藤「じゃあ、今度は俺たちだな。俺たちはJSAG傘下にある星鴉組だ。外国じゃ、エストレイヴェンスって名乗ってる。俺はリーダーの粟田口後藤だ」
薬研「苗字は同じなんでな、俺からは省かせてもらうぜ。俺は参謀兼サブリーダーの薬研だ」
乱「僕は乱、よろしくね。チーム内では主にオールマイティなサポート役だよ」
厚「俺は厚。特攻役として、いつも薬研と先陣についてるぜ。奇襲作戦の時は任せてくれよな」
信濃「俺、信濃。射撃とITを活かしたオペレーションに自信があるんだ、よろしくね」
加州&安定「うん、よろしくね」
和泉守「さて、早速だが座ってくれ」
一同が長テーブルに座ったところで、堀川がスクリーンに画像を映し出す。
堀川「それじゃ、早速作戦会議を始めるね。まずは、簡単な状況説明だけど、10日前にサンフランシスコ湾のアルカトラズ島周辺10キロでCウィルスを使ったバイオハザードが発生。2、3日ほどでカリフォルニア州全域の住民は避難し、4日目には他の州との境界線に隔離障壁が設置されたんだ」
加州「で、今は既にCウィルスに感染したアンデットと、生物兵器がアルカトラズ島を中心にはびこってる状態。そのCウィルスですら厄介なのに、今回は新型ウイルスと言われているサクリアを使った生物兵器がアルカトラズ島にいるんだってさ」
堀川「続いて、サクリアに関して分かっている情報を開示するね。サクリアは寄生生命体であるプラーガとCウイルスに改良を重ねてつくられたウイルスで、これに感染すると、クリーチャーに変異する」
加州「で、このサクリアには種類があって、支配種レクトルと隷属種サヴァンってのがあるんだ」
堀川「僕たちは隷属種サヴァンに感染した者をサーヴァント、支配種レクトルに感染したものをレクターって呼んでる」
加州「俺たちが思うに、テロリストの中にレクターがいて、そいつが隷属種サヴァンに感染したサーヴァントや下位ウイルスであるCウイルスのB・O・Wを操っているんじゃないかって思うんだ」
厚「なんか、結構ややこしいな。まあ、俺たちもサクリアについては調査してたけど。プラーガとの違いがよくわかんないよな」
乱「確かに、なんかサクリアとプラーガって似ているよね? 薬研、プラーガとサクリアって何が違うの?」
薬研「プラーガは寄生生物だが、サクリアはウイルスだ・・・この時点で徹底的に違うな」
厚「えっとさ、そもそもウイルスと寄生生命体とか細菌の違いって・・・なんだ?」
安定「・・・わかんない」
加州「俺も生物学的なことはさっぱりだよ」
全員「・・・(全員、薬研を見る)」

薬研科学者の説明コーナー
ホワイトボードに描かれた絵を背に、内番服の白衣を着た薬研が、指さし棒を使って説明を始める。
薬研「さて、まずはウイルスからいこうか。ウイルスは自らの遺伝子を相手の細胞の中にある遺伝子に組み込んで、相手の細胞自体をウイルス製造機に改造してしまうんだ。細胞の中には核という部分があり、そのなかに細胞の設計図にあたる遺伝子が入っていて、細胞は自分の複製を作るためにその遺伝子を元にしている。ウイルスはその設計図自体をウイルスを作る設計図に変えてしまうんだ。設計図を変えられた細胞はそれ以降、ウイルスを大量生産する工場になってしまう」
乱「え、なにそれウイルスこわ!? よく効くインフルエンザとかのウイルスって、そんなやつだったの?!」
薬研「(-_-;)・・・知らなかったのか」
安定「うん、知らなかった」
堀川「さすがにこんなに詳しくはねー」
薬研「(FBIとCIAがこんなんで大丈夫か?)・・・ウイルス以外の菌類や寄生生物は、寄生者の養分で育つが、寄生した生物の細胞の遺伝子を変えることはしないんだ」

薬研「以上が、ウイルスと寄生生物の違いだ」
全員「おー(拍手する)」
薬研「・・・(こんなんで、この合同チーム大丈夫だろうか)」

薬研「以上が、ウイルスと寄生生物の違いだ」
全員「おー(拍手する)」
薬研「(こんなんで、この合同チーム大丈夫だろうか)・・・ひとまず、Dウイルスに関しての情報が少ない以上、この話はここまでだな」
堀川「的確な説明ありがとう。それじゃ、作戦について説明するね。これはCIAが手に入れたアルカトラズ島地下研究所の立体地図だよ」
スクリーンに映し出された地図を、一同が眺める。
加州「この研究施設に、Dウイルスに関する情報があるんだ」
後藤「侵入はどうするんだ?」
堀川「陽動目的で第一陣が空からの侵入を試みます。その次に、第二陣が潜水艦を使って海中から侵入します。空を攻めるのはアメリカ空軍で、海からの侵攻は僕たちです。潜水艦は2隻あるから、研究施設に着いた後は2手に分かれて行動することになっています。今回のテロの首謀組織であるネオアンブレラに呼応して、複数の反政府組織がアルカトラズに集結しているっていう情報もあるから、B・O・Wだけじゃなく、テロ兵にも十分気をつけてください」
加州「作戦開始は今から12時間後の22時。それまで、俺たちはゴールデンゲートブリッジ下の水底で待機する」
後藤「あー、潜水艦だっけ? それ1隻で十分だぜ。俺たちのナイトレーベンは、陸空海運航可能だ。フォルムチェンジをすれば、潜水艇になる」
和泉守「そいつはすげーな、さすがは日本の科学力だ。さ、さっさと潜水艇に移動して待機するぞ。準備は早い方がいいからな」

昼過ぎの14時。サンフランシスコ湾ゴールデンゲートブリッジ下の水底。
そこの潜水艇で、星鴉組は交代で仮眠をとっていた。
信濃「……」
乱「どうしたの?」
仮眠をする時間だというのに、横にならずにアサルトライフルのスコープの手入れをしている信濃が気にかかり、乱は声をかけた。
信濃「いや、なんか眠れなくて」
乱「緊張してる?・・・それとも、怖い? リンクスが関与しているって聞いたから」
信濃「……うーん、そうだね。記憶がないとはいえ、いろいろされたみたいだから、身体がこわばっているのかも。それでも、俺は戦うよ……あの時みたいな失敗は、もう味わいたくないからね」
乱「うん。ボクもしっかりサポートするよ。一緒にがんばろうね」
信濃「うん」
乱「さ、そろそろ寝よう……寝ないと今夜やってられないよ」
信濃「そうだね」

23時50分
アルカトラズ刑務所のネオアンブレラ研究施設にて。
ゾンビA「がううううううっ!」
ゾンビB「おおおお~んっ!」
乱「はあ、はあ、なんでこんなことに~!」
厚「そんなこと言ってる場合があったら速く走れ、あぶねぇぞ!」
迫りくるゾンビの集団から逃げる乱・厚・堀川・和泉守の4人。
研究施設に侵入した際は9人全員が一緒だったが、とあるトラブルで2手に分断されたのだ。

数刻前、研究施設のある一室。
和泉守「よし、みんな揃ってるな(バズーカ砲を携える)」
後藤「侵入は難なく成功したけどよ、本当に大変なのはここからだな」
全員が警戒する中、信濃が部屋に置かれた幾つかのノートPCをいじりだす。
信濃「……」
乱「どう?」
信濃「起動はできたけど、早速パスワードを聞いてきたよ。いちいち破るのめんどくさいから、こいつを利用するね」
タブレットを片手に、ノートPCをいじる信濃。
安定「なにするの?」
信濃「このPCを経由して、施設のドメインネットワークに入って、情報を探ってみる。照明が落ちていないし、まだネットワークは生きていると思うんだ」
ドメインネットワークに入り、施設の図面を手に入れた信濃が、全員の端末に情報を送信する。更にプロジェクターを使い、白壁に投影した。
信濃「俺たちが今いるのが地下3階のGエリア。ここは、地下13階まであるみたいだよ」
加州「なんか、図面だけで見ると鍵みたいな場所だね」
信濃「最重要機密は、やっぱりサーバーにはないね」
安定「じゃあ、Zエリアの所長室までいかないとだめかな」
加州「まあ、そう楽な仕事じゃないとは思ってはいたけどさ。エレベーターとかないの?」
信濃「無理だね……エレベーターのシステムは完全にダウンしてる。それと各フロアの隔離用シェルターが閉まっているから、まずはそれを開けないとダメかな」
加州「それにしても信濃くん、腕いいね。よかったらFBIに来ない?」
堀川「CIAに来ませんか?」
信濃「え、そう?……俺高いよ~?」
後藤「おいそこ、勝手にスカウトすんな、信濃はやらねーぞ!」
信濃の両脇にいる堀川と加州を、後藤が威嚇する。その途端、急に施設内にアナウンスが鳴った。
アナウンス『Our system was successfully restored now.Open all quarantine shelters.』
堀川「な、なんだって!?」
厚「英語そんなに聴き慣れてねーんだけど、今隔離シェルターを開いたとか言わなかったか?」
和泉守「ああ、その通りだ、『施設内のシステムが回復したから、全ての隔離シェルターを開きます』とか言ってやがる」
乱「……ってことは、この施設にいる生物兵器が解き放たれたってこと?」
薬研「ああ、つまりはー」
急な機械音が聞こえ、全員がゆっくりと振り返る。実はこの部屋にもシェルターがあり、彼等の背後でそれはゆっくりと上がっていった。そして、この時を待っていたとばかりに、この施設のひと……だったものたちが群れを成して襲い掛かる。
パソコンを片付ける信濃を背に、一同がH&K MP5を二丁ずつ持って連射する。
和泉守「ついてねーな、よりにもよって入った部屋にシェルターがあるとはよ!」
乱「か、数が多すぎるよ!」
後藤「総員、近くのドアから脱出!」
全員「了解!」
堀川の号令に従い、後藤・薬研・信濃・加州・安定が北側のドアへ。
乱、厚、堀川、和泉守が南側のドアへと駆け込み、脱出する。
乱「あれ、なんで!? さっきここの廊下繋がってたのに!?」
北南どちらのドアからも、同じ廊下へ出られる筈なのだが、通路を隔てるシャッターが降りており、彼等のチームは二分されてしまった。
薬研「後で合流しよう、今は逃げるのが先決だ!」
ドアと窓を破って押し寄せてくる群衆に背を向けて、全員が一目さんに走るのだった。

乱「さっきアナウンスで『全部の隔離用シェルターを開ける』って言ってたのに、なんであそこだけ!?」
和泉守「知るか~っ!?」
堀川「兼さん、シャッターが!」
20メートル先で、降り始めるシャッター。あれが閉まれば、退路が断たれる。
乱「厚!」
厚「任せろ、突撃だぁ!」
廊下の端に乱雑に置かれていた台車を拾い上げると、鉄パイプを持った乱を上に乗せて、厚が突進する。
和泉守&堀川「!?」
彼等の狙いに気づいた2人は、端に寄って中央の道を空けた。
厚「いっけーっ!」
押し出された台車の上で、乱は鉄パイプを縦にしてヘッドスライディングし、鉄パイプをつっかえ棒としてシャッターの下に潜り込ませた。
和泉守「さすがは星鴉、見せてくれるぜ! 俺らも負けてらんねーよな!」
堀川「そうだね、兼さん!」
走りながらショットガンを携えた堀川が、迫りくる群衆に鉛の雨を降らせる。更に追い撃ちをかけるように、和泉守のバズーカ砲が火を吹いた。
吹っ飛ぶ屍たちを一瞥して、厚がスライディングでシェルターの下をくぐる。
厚「急げ!」
和泉守「よっしゃーっ!」
堀川「はい!」
乱「お・わ・か・れ!」
そして、堀川と和泉守がシェルターの下を通り越した瞬間、乱が鉄パイプを撃ち抜いてシェルターを閉じた。
厚「ふぅ、たすかった~」
和泉守「危うくあいつらの餌になるところだったな」

後藤「はあ、はあ、なんとか逃げ切ったな。ここはどこだ?……なんか気持ち悪い培養槽だらけだな」
信濃「ここはFエリアだよ……多分、乱たちはHエリアだと思う」
安定「なんか通信機の調子悪くて、雑音しか聞こえないんだけど」
薬研「恐らく、この隔離用シェルターの所為だろうな」
信濃「……うん、多分それだ。一度開いて、また閉じるなんて……(自然的な誤作動か? それとも、人為的なものか?)」
考えを張り巡らせながら、ノートPCを閉じてショルダーバッグにしまう信濃の横で、加州がシェルターに耳を寄せる。
加州「Tウイルス感染者のうめき声が聞こえる……やれやれ、助かったけど、君のおかげで二分されちゃったよ」
安定「はいはい、シェルターと仲良くなってないで……さて、どうしようか」
薬研「作戦は続行だろう?」
加州「無論だね」
後藤「じゃあ、ひとまず先へ進もう。乱たちも、きっとそうする筈だ」
後藤の提案に頷いた一同は、廊下を走り始めた。
ノートPCからスマホへと端末を切り替えて、信濃はマップを確認する。
信濃「この先を500mほどいったところに、エレベーターがあるよ。エレベーターのシステムは問題なく動作しているみたい。エレベーターがあるのは両端のエリアだけだから、少なくともGエリアにいるTウイルス感染者がこっちに来ることはないよ」
加州「それはよかった。そのエレベーターで、何階までいけそう?」
信濃「地下4階」
後藤「ここ地下3階だったよな、たったの1階しか下にいけないのかよ」
信濃「建物の構造上仕方ないよ。更に下に行くには、地下4階にあるJエリアに行かないと」
安定「それじゃ一足先にJエリアに着いて、堀川たちが来るのを待ってみようか」

敵に遭遇することなくエレベーターに乗り、地下4階のIエリアへ向かう後藤、薬研、信濃、加州、安定の5人。
そんな彼等の姿を管制室のモニタ越しに見て、不敵な笑いを浮かべる燭台切。
太鼓鐘「みっちゃん、来た?」
燭台切「うん、来たよ……因縁のある星鴉が」
?「君たちの目的はそいつらなのかね?」
燭台切光忠「うん、そうだよ……厳密に言えば『彼』だけが目的だけどね」
曖昧に目線だけで標的を示すと、それをテーブルを挟んだ向かい側で聞いていた中年の男性は、訝しげに顔を顰めた。彼はこのアルカトラズ島の研究所を牛耳っている所長である。
所長「よく分からんが、皆若いな……アメリア政府は人材不足のようだ」
太鼓鐘「腕は立つ連中だぜ? 少数精鋭ってやつだよ、所長さん」
所長「さて、商談に入ろうではないか燭台切。地下6階から8階の区画を君たちが持ってきたB・O・Wの実験場にする代わりに、Dウイルスのサンプルを貰う約束だ」
燭台切「そうですね……伽羅ちゃん」
伽羅「ああ」
テーブルにアタッシュケースを置き、中を開いてみせる。そこには、所長の望みの品が入っていた
両端のみ黒い、クリアアクリル製の円筒。
そこに、不気味な雰囲気を漂わせる赤い液体が螺旋状となって保存されている。
所長「おお、これがDウイルスか」
燭台切「そう……出来損ないのアンデッドを生み出すTウイルスとは違いますよ」
所長「Dウイルスには過去に発見されたプラーガのように、支配種があるとは本当かね?」
燭台切「ええ、そうですよ。そしてこれは支配種のDウイルスです。これを使って感染者を増やせば、あなたの手足となって動く駒を増やすことができます」
それを聞いて気分を良くした所長は、筒の端を自らの左腕に押しつけて、Dウイルスを接種した。
所長「……ぐっ!」
全身に痛みが走り、所長はソファーに身を預けて必死に耐える。その様子を、燭台切と太鼓鐘は注視していた。
大倶利伽羅は彼のことなど全く関心がないようで、モニタを眺めている。
1分ほどして、ようやく所長の呻き声が小さくなった。
太鼓鐘「お、うまくいったか? 見た目は眼が赤くなった以外は特に目立たないけれど」
燭台切「瞳の色以外の容姿的な変化は、わかりづらいのがDウイルスだからね」
所長「力がみなぎる……これがDウイルスの力か。はははは、これはいい。早速『下僕』という名の感染者を増やさなくてはな。このウイルスの感染方法はなんだね?」
太鼓鐘「”そのDウイルス”の場合は接触・飛沫・経口による感染さ。この施設って防災の備えありなんだろ? スプリンクラーでDウイルス撒いちゃえば?」
所長「ほう、それはいい。数日前情報を嗅ぎ付けてやって来たロシアの兵隊共が地下9階にいた。彼等を我が駒にしてやろう」
太鼓鐘「じゃあ、所長の血をスプリンクラーの貯水槽に混ぜるか」
燭台切光忠「はい、200mlくらいあれば大丈夫だよ」
待ってましたとばかりに太鼓鐘がナイフを所長の腕に添わせ、手際よく燭台切がビンを腕の下に備える。
所長「ちょ、待てお前たち、そんなナイフで切ったら痛いだろう」
太鼓鐘「痛い?……あははははは!」
所長「何がおかしい!」
急に大口を開けて笑い出した太鼓鐘に、気を悪くした所長は怒号をあげた。
太鼓鐘「だってさ、所長さん……アンタ、もう人間じゃないんだぜ? Dウイルスの影響で瞬間治癒されるし、これくらいの痛みは造作もなくなるって」
太鼓鐘に掻っ切られた腕から、大量の血が溢れ出す。しかし傷口はみるみるうちに治癒していき、傷跡も残らない。
所長「ほう……これは何とも便利なものだ。私自身が知能あるB・O・Wになってしまうとはな。Dウイルスとはなんと素晴らしい代物だ」
燭台切「伽羅ちゃん、コレよろしくね」
伽羅「ああ」
投げ渡された血液入りのビンを受け取ると、大倶利伽羅は部屋を出て行った。
所長「さて、他にもこの力のことが知りたいな、情報を提供していただけるとありがたいんだが?」
燭台切「所長さん、そのようなことをしなくても、今にわかりますよ?」
ピタシグを咥えて、燭台切は笑う。そんな彼の背後に、太鼓鐘の持つナイフを奪った所長が瞬時に回る。
太鼓鐘「みっちゃん!?」
所長「Thank you for the nice gift.Here’s little something for you. Thank you for giving me D-virus. (素敵なプレゼントをありがとう。これはDウイルスをくれたお礼だよ)」
燭台切「……What’s your game?(これは一体どういうつもりかな?)」
所長「That’s Neo Umbrella’s intention.(ネオアンブレラの意向だよ)……ははは、流暢な英語を喋るじゃないか」
燭台切「……いえいえ、あなたも相変わらず日本語が上手いですね」
所長「ありがとう……さて、君はもう用済みだ」
太鼓鐘「みっちゃん!」
燭台切「大丈夫だよ、貞ちゃん。もう必要ないから」
所長「さらばだ!……っ!? な、なぜだ、なぜ腕が動かない!?」
太鼓鐘「……アンタそれでも所長? 結構バカなんだな」
先ほどまでの焦燥しきっていた太鼓鐘の顔色が一転して、彼を威嚇し、蔑むような表情に変わっている。射殺すような眼差しを向けられ、男性の額に汗が走る。
所長「……っ」
太鼓鐘「自分だけが特別な力を扱えるとでも?」
所長「ぐ……ということは、お前たちもDウイルスの適合者だというのか? 先ほど言っていた目が赤くなるという特徴が全くないというのに」
燭台切「一緒にしないで欲しいね。能力を使わなければ、目の色は赤くならないんだよ。それと、僕たちは選ばれしファルシュター(天使)なんだ。君はそんな僕等の下に位置するアポストロス(使徒)に過ぎない」
太鼓鐘「たかが使徒が、天使に盾突くなんてできるわけないだろ?」
語り始めた2人の双眸が、真っ赤な血に染まった。
所長「アポストロス、ファルシュター? 使徒? 天使? な、なにをわけの分からないことを!?」
伽羅「なんだ、もう化けの皮が剥がれていたのか」
燭台切「おかえり、伽羅ちゃん」
所長「ぐ……うう」
太鼓鐘「所長さん、Dウイルスには絶対的なヒエラルキーが存在するんだぜ」
所長「ヒエラルキーだと?」
太鼓鐘「そう……簡単に言うと所長さんは支配種ではあるけれど、中間管理職に過ぎないんだよ」
燭台切「説明するより、実践した方が早いね。はい、土下座して」
所長「な……ぐ、身体が、勝手にっ!?」
床に手をつき、深く頭を垂れる体勢を強制的にさせられ、プライドの高い所長は「貴様、許さぬぞ!」と力なく吠える。
燭台切「あーあ、知能が残ったままだから、僕はあんまりアポストロスって好きじゃないんだよね。コレだったら、従順なファナティカーの方にすればよかったかな」
伽羅「光忠、それではアポストロスの実験にならないぞ」
燭台切「ああ、そうだったね」
所長「ファナティカー……狂信者だと?……あぐっ!?」
矢継ぎ早に繰り出される単語の意味を汲み取ろうとした所長の頭を、燭台切が踏みつけた。
燭台切「ネオアンブレラの一施設の長とはいえ、こうなってしまえばただの家畜に過ぎないね。さて、仕事をしてもらおうかな……僕等の手足となる狂信者を増やすためにね」
太鼓鐘「みっちゃん、ロシアン・ファナティカーの準備ができたってさ」
燭台切「じゃあ、早速放とうか……彼等のところに」

地下4階Jエリアのエレベーター前。
そこにいち早く着いた後藤たちは、乱・厚・和泉守・堀川が来るのを待っていた。
安定「おっそーい」
加州「結構手間取ってるんじゃないの?」
信濃「こっちも手間取ってるけどね」
見張りをする加州・安定の背後で、信濃がノートPCのキーボードをひたすら打ち込む。彼は停止しているエレベーターのシステムを復旧しているところだ。
後藤「あとどれくらいかかりそうだ?」
信濃「今指紋認証登録してるところだから待ってて。ここのエレベーターシステム、指紋認証しないと通れないみたいだから……よし、登録完了。後はエレベーターシステムの再起動をして復旧をー」
加州「あれ、復旧終わったんじゃないの? エレベーターのランプ動いてるよ」
信濃「え?(あれ、いつの間に復旧が完了してる?)」
後藤「早いな、信濃」
信濃「いや、俺は……」
エレベーターが着き、ドアが開いた途端中にいた兵隊が信濃を突き飛ばした。後方の壁にぶつかる寸前で身を翻してノートPCをバッグに入れる。
加州「!・・・ロシアンソルジャーじゃん、なんでこんなところに?」
安定「こいつらTウイルスの感染者じゃないね。今度はCウイルスかもしれない。まあ、どちらにせよ今は倒さないと……おらおらおらおらぁ!」
薬研「援護するぞ!」
鮮血を宿す眼光のロシア兵に向かってショットガンを放つ安定。それに合わせて後方から加州が閃光手榴弾を4つほど投げた。
加州「ナイス、薬研!」
サングラスをかけて刀を携えた加州が、まばゆい光で怯んだロシア兵を次々と斬り捨てる。
しかし、腕を切断されたロシア兵の身体は超速で再生された。威力のある鉛弾を浴びて切られても再生する厄介な敵に、加州と安定は舌打ちをした。
加州「ち、さすがはCウイルス。出来損ないを生み出すTウイルスとはわけが違うね」
安定「こいつらきっとジュアヴォだよ。東欧の紛争地域にて3年前に確認された、新種のB.O.W.だ。人間にCウィルスを投与することで生み出されるやつでしょ? 高度な知能や多少の自我は維持されるから本当厄介なんだよね」
信濃「じゃあ、ロシア兵の姿をしているけれど、ネオアンブレラのテロ兵かも」
薬研「だが、変異型を除いたジュアヴォには複眼になるという特徴がある筈なんだが、やつらの眼は赤いことを除けば普通だぞ」
安定「ジュアヴォなら話すこともできるんでしょ、聞いてみる?」
加州「奴さんが質問に答えてくれるとは限らないけどね」
ロシア兵「ううううううっ!」
ロシア兵「があああっ!」
安定「げ、ロケラン!?」
後続でエレベーターから出てきたロシア兵がマシンガンを放つ。たまらず先頭に立っていた加州と安定の柱を盾にした。薬研と後藤、信濃も隣の柱に隠れて弾丸の雨から逃れる。
ロシア兵「Огонь!Огонь!」
ロシア兵「Огонь!Огонь!」
安定「何言ってんのあいつら、僕日本語と英語しか理解できないんだけど?」
加州「それでもFBI? 『撃て撃て~!』って言ってるんだよ。まあ、俺もごく簡単なものしか理解できないけどね」
後藤「俺も日本語と英語程度だな。こんな時に100個の言語を話せる乱がいてくれればな」
加州「へぇ、乱ちゃんすごいね」
ロシア兵「Давай!Давай!」
安定「清光……あれはなんて言ってんの?」
加州「Давай!って確か『行け行け~!』とか『やれやれ~!』とか『早く来い』って意味だったかな』
後藤「そうだな……恐らく前者の意味合いが強いんだろうけど」
加州「どうする? 今出たら蜂の巣にされるよ」
安定「こういう時の作戦を考えるの、僕苦手」」
加州「お前衝動で戦うタイプだもんね。さあ、参考までに聞こうかな薬研」
薬研「?」
加州「君、星鴉の参謀なんでしょ?」
横殴りの弾雨が降りしきる中、薬研は思案する。
薬研「……厚たちの救援は見込めないし、今は逃げるのが先決だ。だがほぼ一本道で盾になりそうな壁や柱が少ないIエリアに戻るのも、道が空いているかすら分からないKエリアに逃げ込むのも危険だ。ここは応戦しつつ、強行突破でエレベーターを奪取してLエリアに侵入する」
安定「え、あいつら下の階から来たよね? Lエリアはジュアヴォ祭かもよ?」
後藤「逆に血祭りに変えてやるぜ」
安定「上の階に行けるじゃん。Gエリアに逃げ込むのはダメなの?」
加州「なに安定、もう忘れたの? GエリアはTウイルス感染者とそのB・O・Wの巣窟だよ」
薬研「その通り、だから下に行くしかない。それにエレベーターに乗ると言っても、Lエリアに着いたらドアだけ信濃に遠隔操作で開けてもらって、俺たちは天井裏から状況を確認する。信濃、俺たちがエレベーターに入ったらエレベーターのシステムをロックしてくれ」
信濃「わかった。俺たち以外の指紋では動作しないようにロックするね」
加州「堀川たちの指紋はどうする?」
信濃「乱たちのは持っているから大丈夫として、堀川さんと和泉守さんの指紋はCIAのシステムに侵入して盗むよ。」
安定「うわあ、ほんとこわ」
加州「……信濃さ、真面目にウチに来ない~? うちのボスなら給料3倍出してくれると思うよ?」
後藤「加州さん、なんなら俺が”撃ち”に来てやるぜ?」
加州「わあ、それは勘弁……っと、どんだけ弾を連発する気だよ、あいつら。ずーっと撃ってるじゃん」
薬研「やられっぱなしは性に合わねぇ。そろそろ反撃するぞ」
安定「うん……おらおらおらおらぁ!」
銃弾の嵐の中を突き進む安定。その手には先ほど加州が敵に斬り込んだ際に奪った防弾盾。それで弾を防ぎながら進み、部隊の後方へ炸裂手榴弾を投げ入れた。爆発して周囲に飛ばされたロシア兵達の首を、安定に続いて加州が斬り飛ばす。
部隊が混乱する中、薬研と後藤、信濃がエレベーター前のロシア兵をアサルトライフルで一掃し、道を空けた。
薬研「加州、大和守、こっちだ!」
加州「OK!」
ロシア兵「ぐあああっ!」
頭部を再生させながら飛び掛かってくるロシア兵の腹部をショットガンで吹っ飛ばし、加州と大和守はエレベーターへと飛び込んだ。
ロシア兵「стоять!」
信濃「っ!?」
エレベーターのドアが閉まる寸前、一発の鉛玉が信濃の肩を撃ち抜き、後に続いてきたがっちりとした体躯をしたロシア兵がドアの間にめり込み、近くにいた信濃の胸倉を掴んで持ち上げる。
ロシア兵「 Благослави тебя бог!」
信濃「!」
後藤&薬研「信濃!」
信濃「だ、大丈夫……弾は貫通しただけだし、じきに治癒するよ」
安定「このデカブツ! ドアから離れろ!」
加州「ちょっと安定、ショットガン撃たないでよ、信濃にも当たっちゃう」
ロシア兵「Боже, спаситель храни!」
安定「なんて言ってんの」
加州「どうせ『逃がさない』とかじゃないの? とにかく、こいつを撃退しよう。幸い、巨体が邪魔して他のロシア兵は何もできずにいるし」
信濃「ぐ……!」
デザートイーグルを構え、その赤い眼差しを目掛けて撃つ。それに合わせて薬研たちもハンドガンを連射した。
ロシア兵「っ!?・・・Давай!Давай!Давай!」
何発撃たれてもロシア兵の身は超速で再生されていくため、きりがない。
後藤「く、だめか……」
ロシア兵「Давай!」

Давай!

繰り返し放たれる、知らないロシア語。
それを聞く度に頭の中である言葉が反芻した。

『早く、こっちに来い!』

信濃「(こっちに・・・来い?)く、放せぇええええっ!」
ロシア兵「!」
信濃「うわっ!」
叫んだ途端急に解放され、信濃は床に叩きつけられた。薬研と加州が飛び蹴りを腹部にくらせて巨体の兵を後退させるとドアが閉まり、エレベーターが下がっていく。
後藤「信濃、大丈夫か? 治癒体質だとはいえ、痛みがないわけじゃないだろ」
安定「え、JSAGってみんなそうなの?」
薬研「いや、こういった施術を受けたのは一部だけだ。俺たち星鴉はみんなそうだが」
信濃「少し痛いけど、大丈夫、動けるよ」
タオルで傷口を押さえながら、信濃は答える。
安定「清光、ここの壁見て」
加州「ん?……ああ、Lエリアに保健室があるみたい。そこで手当てしよう」
幸いLエリアのエレベーター前にはロシア兵はおらず、一同は無事に保健室へとたどり着いた。
加州と安定がドアの前にバリケードを築く間、奥の部屋で信濃は後藤に支えられながら服を脱いでいた。その隣で薬研が包帯や消毒液などの医療道具を取り出す。
後藤「傷口、だいぶ塞がってきてるぜ」
薬研「軽傷で済みそうだな、よかった。それじゃ、消毒するぞ」
信濃「うん……っ」
消毒液のついた綿を傷口に当てられ、信濃は歯を食いしばる。
薬研は手早くガーゼを当てて包帯を巻き、処置を終えた。
後藤「おつかれさん」
薬研「傷口からして、500㏄ほど失血している。信濃、少し横になっていた方がいい」
信濃「う、うん……わかった」
薬研「後藤、ここ任せていいか? 俺もバリケードをつくってくる」
後藤「ああ、任せた」
薬研が退室し、部屋には後藤と信濃の2人が残った。
信濃「ごめんね、俺復帰したばかりなのに」
後藤「いや、いいさ。それより、少し眠った方がいい」
信濃「ははは、敵地で眠るとか……ありえないよ」
後藤「休息は大事だろ」
信濃「……う、うん」
先ほど薬研に鎮痛剤を打たれた所為だろうか、瞳を閉じればすぐに眠りに誘われる。その睡魔に抗うことなく、彼は眠りに着いた。

『目覚めよ、我が同胞よ』

『こっちに来い』

そんな言葉が響き渡る。
濡鴉一色に染まり切った世界に、信濃は立っていた。
周囲を見渡したが、特に何もなく、気になることと言えば、自分の膝から下が水に浸かっていることだ。
信濃「ここ、どこ?……うっ!?」
言霊が反響して、手で塞いでいても遮音がしきれず耳を劈き、脳を刺激する。

『目覚めよ、我が同胞よ』

信濃「なんだ、この声!? う、痛い、頭が、あたまが痛いっ!?」
次の瞬間、今朝も襲ってきた飢渇感が再び巻き起こった。それと同時に眼前の世界が真紅に彩られていく。

『Давай(こっちに来い)』

信濃「う……ぐっ!」
なぜかその言葉が、あの時の兵の赤眼が、目に焼き付いて離れない。その意味を理解しようと思考を張り巡らせたところで分かるはずもない。
気づけば、そんな彼を嘲笑うかのように真下で緋色に染まる影が笑みを浮かべていた。
信濃「っ!?……だ、だれだ」
問い質したところで、影は何も語らない。揺蕩う水面に映る自分にずっと見つめられるというのは、何とも奇怪な光景で、信濃は嫌悪感を露わにして銃を撃った。しかし、放たれた銃弾は空しくも水面を悪戯に揺らすだけで何も起こらない。
そして、そうしている間もまたあの声が聞こえてくる。

『Давай(こっちに来い)』

信濃「やめろ、やめろ、やめろよ!」
声を拒絶して慟哭をあげる信濃を、別の言霊が襲い掛かった。

『渇イテイルンジャナイカイ?』

信濃「!?」
それを聞いて後頭部を殴打されたような感覚が信濃を襲った。痛みはない、ただただ衝撃が走ったのだ。

『渇キヲ癒サナイト』

信濃「渇き?」

ドクンと心臓が高鳴り、紅黒に包まれていた視界がそっと晴れていった。
そして、心配そうな顔で見下ろしていた後藤と目が合う。
信濃「ご・・・ごとう?」
後藤「信濃、大丈夫か? うなされていたぞ。酷い寝汗だな……今タオルと水を用意するから」
背を向けてバッグを漁る後藤。
そんな彼の首筋を、信濃は瞠った。血管が透き通って赤く見え、信濃はそれに誘われるように後藤に抱きついて顔を肩口に寄せる。
後藤「信濃?……どうかしたか?」
信濃「……」
彼は答えない。
後藤「怖い夢でも見たのか? ちょっと待ってろ、先に水分を補給しーっ!?」
首筋に一瞬鋭い痛みが走り、その後すぐに別の感覚が後藤を襲った。
性的なものというよりは、激痛を一瞬にして快楽に変えるような、或いは麻薬を打たれた時のような、落ちるような快感が彼を支配した。
後藤「(なんだ、これは……思考が停止する? 考えることを、拒む?……抗えない力が、体内を蹂躙する)」
脱力した後藤の手を引いてベッドに組み敷いた信濃は、再び後藤の首筋に舌を這わせて咬みついた。
後藤「っ!……し、しなの」
ゴクリと音を立てて、信濃は血を吸う。
『ハジメテノ・・・血ノ味ハ、オイシイ?』
信濃「(オイシイ?……うん、おいしい)」
『モウ戻レナイ。気ガツカナカッタ頃ニハ戻レナイ』
信濃「……」
『オカエリ、僕タチノ、カワイイ秘蔵っ子』
恍惚とした表情で、血に溺れていく信濃。枷が外れたように血を欲する本能が彼を支配していた。
後藤「・・・っ!」
これ以上吸われるまずいと本能に訴えられ、朦朧としていた後藤の意識が帰ってきた。この機を逃すわけにはいかないと、後藤は信濃の肩を掴んで名前を呼ぶ。
後藤「信濃、信濃、信濃!」
弱々しい声だ。
それでも、彼から発せられる自分の名前を聞く度に、信濃の沈んでいた理性が引き戻される。
信濃「!・・・ご、後藤!?」
意識が鮮明になり、状況を理解した信濃は絶句した。
信濃「お、俺は、なにを・・・っ!?」
唇に残る血と、後藤の首筋にある治りかけの咬み跡を見て、信濃は震える。
目の前で怯える信濃を見ていてもたってもいられなくなった後藤は、上体をゆっくり起こして信濃の肩を抱き寄せた。
後藤「よかった、もどったか」
信濃「後藤、俺……俺!?」
後藤「落ち着け信濃、大丈夫、俺は大丈夫だ」
何を根拠に言ってるんだと、後藤は自分でも思った。それでも、信濃を安心させたい一心で「大丈夫、大丈夫」とまじないのように繰り返した。
信濃「後藤・・・俺、俺、変だよ。もしかしたらCウイルスに感染したかもしれない」
後藤「それはない。俺たちはTウイルス、Gウイルス、Cウイルスの抗体を持っていた。それに、今まで見たウイルスにひとの血を欲するようなウイルスはなかっただろ?」
安心させるためのその言葉が、逆にひとつの不安を思い起こす可能性があることを分かっていて、後藤はわざとそれを続けた。
後藤「大丈夫、お前は大丈夫だ」
背中に腕を回し優しいたたきながら、子供をあやすように甘い言葉を囁く。空いた片手は脇のバッグに入れて、緑の薬液が入った注射器をそっと取り出した。
信濃「後藤……ぅぅ、俺は、俺は」
胸に顔を埋めてなく信濃。
TウイルスでもGウイルスでもCウイルスでもなければ・・・じゃあ、俺の身体に何が起きてるの?と彼は訴えることができなかった。
後藤が出さずにいてくれる一抹の不安を、”新型ウイルス”に感染したかもしれないことを、信濃は自ら肯定することをしたくなかったのだ。
JSAGにはこんな規律がある。
バイオテロの任務に準ずる際、生物兵器に指定されているウイルス・寄生生物に罹患した者は、たとえ仲間であっても隔離・排除しなければならない。
後藤「……」
信濃「……」
後藤「……このことは誰にも言うな」
信濃「え」
後藤「いいか? 絶対言うな」
信濃「で、でも・・・うっ!?」
やっぱりこんなことしちゃいけない、と紡ぐ筈の言葉は声にならなかった。
後藤が信濃の腕に薬液を注入したからだ。
薬液の正体は即効性の麻酔で、一度打たれれば象も10秒ともたず眠りに落ちる。
信濃「ご、ごと……う」
後藤「ごめんな……信濃」
薄れゆく意識の中、苦痛の色を浮かべる後藤に見下ろされながら、信濃は深い眠りに堕ちていった。

薬研「おーい、そっちの部屋で面白い資料見つけたぜーって・・・おいおい、何してんだ? こんなところでイチャついてんのか?」
カーテン越しに見える重なった2人の影が、仲睦まじい恋人のように見えて、薬研は笑った。
後藤「誤解すんなよ、寝汗かいてたから拭いてただけだ」
手早く注射器を自分のバッグに戻して信濃を寝かせながら後藤は答えた。
薬研「……眠ってどれくらい経つんだ?」
後藤「15分くらいかな? もう少し寝かせておこうぜ」
薬研「……」
眠る信濃を見下ろした途端、薬研はかすかに目を細めた。開いたカーテンを更に広げて後藤を一瞥し、また視線を信濃へ戻す。
薬研「……おい、なにをした」
察しのいい薬研のことだ、気づかない筈はなかった。でも、できれば気づいて欲しくなかったと後藤は思っていた。
でも、気づかれてしまったのなら仕方ない、と後藤は腹を括って語り始めた。
信濃に首を咬まれたこと。
そして彼の眼が、先ほど交戦したロシア兵のように赤くなっていたこと。
薬研「……リーダーが聞いて呆れるな」
後藤「返す言葉もない。本当にすまなかった」
薬研「だが、気持ちは分かる。新型ウイルスかは分からないが、信濃が何かに感染したのは間違いないだろうな……そして、咬まれたお前も、その危険性がある。JSAGの規律に則るなら、お前も信濃も隔離対象だな」
後藤「……」
薬研「……だが、信濃はまだヒトだったんだろ?」
後藤「ああ、ちゃんと自我があった」
薬研「……」
腕を組んで薬研は思案する。
新型ウイルスが発症したかもしれない信濃と、発症まではしていないがウイルスが入った可能性のある後藤。どちらも自我があるとはいえ、危険な存在であり、隔離・抹殺の対象となった。隔離するにしても、敵地での任務中で、しかも中断して帰れるような状況ではない。
薬研「この新型ウイルスを発症したとして、まだ情報が少ない。せめてヒトでいられる間は仲間として一緒に行動しよう」
後藤「でも、そしたらチーム全体が感染しちまう」
薬研「落ち着け、さっき資料見つけたって言っただろ? まあ、とりあえず読んでみろ」

◆新型ウイルスの入手告知◆
近頃、裏社会で新手の生物兵器が開発されたとの情報が入った。開発源は不明だが、その生物兵器に感染すると目が赤くなるという特徴がある。感染してからの発症時間は急速で、30秒ほどで発症する。発症すれば最後自我を失い、感染者以外を襲うということしか分かっていない。
近々、所長がこの生物兵器をある組織との取引で入手する予定。各担当の研究員は、新型ウイルスの研究に必要な設備や資料を整えておくこと。

後藤「こ、これは!?」
薬研「まだ油断はできねーが、発症しているとして、自我が保てているようなら経過観察といったところだな」
後藤「じゃあ、ひとまずこのまま任務続行で」
安定「なに言ってんの?」
薬研&後藤「!」
ドアの前に、加州と安定が聳えていた。彼らはハンドガンを向けたまま、視線だけで「手を上げろ」と指示を出す。それに応じて、薬研と後藤は両手を頭の上に乗せた。
加州「いくら仲間とはいえ、新型ウイルスに感染したかもしれない信濃も後藤もさ……俺たちからすれば生体サンプルとしての捕獲か、抹殺の対象なんだけど?」
安定「まあ、この状況じゃ、捕獲は難易度高すぎるから・・・抹殺かな」
薬研「ま、待て、話を聴いてくれ」
加州「薬研はそこどきなよ、感染してないんでしょ?」
安定「発症している信濃は射殺で、後藤はどうしようか……まだ目は赤くなっていないし、首輪でもつけておく? 発症して自我を喪失した瞬間に僕が爆発のスイッチ押してあげようか」
薬研「待て、発症しているとしたらもう既に目が赤くなっている筈だ」
加州「君は黙ってて……そんな資料だけで判断するのは甘いでしょ? 世の中には”例外”ってものがあるんだからさ。今は発症していなくても、自我がたとえ残っていたとしても、”危険”なことには変わりないんだよ?」
薬研「っ!」
後藤「頼む、撃たないでくれ! 信濃は、まだ人間なんだ!」
加州「今はそうでも、信濃も君も”化物”になる可能性がある……あのロシア兵たちみたいに」
薬研「今回の任務の最優先事項は”新型ウイルスに関する情報を手に入れること”だった筈だ」
安定「分かってないね、情報を手に入れて本部に持ち帰るのに一番大事なのは、部隊の壊滅を防ぐことだよ」
加州「感染者の血液サンプルだけ頂いて、後は帰れば何の問題もないよ」
安定「身体を運ぶより、ずっと楽だしね」
薬研&後藤「っ!?」
信濃「・・・う」
なんてタイミングの悪い目覚めだろう、と薬研と後藤は思った。
安定「おはよう信濃。突然だけど、血液採取するね。清光、信濃の血液を」
加州「了解」
安定「おらおら、お前らは背を向けてそこの壁に手をつけ!」
薬研「くっ!」
後藤「やめろ、信濃に何をする気だ!」
銃を向けられたままで抵抗ができず、薬研と後藤は言われた通りに壁に手をついた。
信濃「後藤、薬研!」
上体を起こそうとした信濃を制止し、加州は組み敷いた。
加州「おっと、動かないでね。おとなしく血液採取を受けないと……2人とも蜂の巣になっちゃうよ?」
信濃「……っ」
横たわった信濃に注射器の針を刺して血を抜き取る間、加州は信濃の目の色を確認していたが、赤くはなかった。
加州「……はい、血液採取完了。じゃあ、もう用済みかな」
信濃「!」
薬研「な!」
後藤「やめろ!」
安定「はいはい、壁を見てて……ね!」
後ろを向こうとしたした薬研と後藤の頭を、安定が銃口で小突いて戻した。
安定「日本の秘密警察って甘いんだね? JSAGが聞いて呆れるよ」
後藤「ぐ……甘いと言われようと構わない。でも、まだ信濃は人間なんだ。信濃が信濃でいるうちは、切り捨てることなんてしたくない!」
安定「甘ったれたこと言ってんじゃねーよ! 血液も手に入れたし、僕たちとしてはもう用済みなんだよ」
薬研「さすが、お偉いFBI様は”仲間”を簡単に切り捨てるよう育成されたんだな。組織の一員としては立派だよ、それに正しい。でも、俺はアンタたちのようにはなりたくないな」
加州「もう少し賢いと思っていたけれど、結構情に厚いんだね、星鴉って。でも、その気持ちがチームを壊滅させる要因になりえるんだよ。さあ……お別れだよ、信濃」
薬研「やめろ!」
後藤「頼む、待ってくれ!」
信濃「・・・いいよ、2人とも」
後藤「なにが”いい”だ! 全然よくねーよ!」
信濃「……だって、仕方ないじゃないか! 俺は新型ウイルスに感染して、現に発症して後藤に襲いかかった……また自我を失って、いつ襲うか分からない。そんな俺は、チームにいちゃダメなんだっ!」
薬研「詳細な情報を掴めていない! まだ治す術が残されているかもしれないだろ!」
後藤「諦めるな信濃! あの時のリンクスから受けた雪辱を果たすんだろ!」
安定「……情報が確実に手に入るか分からない状況で、何を言ってるの?」
加州「そんな雲を掴むような話、俺たちが乗ると思う?」
後藤「可能性はあるんだ。推測が確信に変わるまでは何もしないでくれ!」
加州「……はあ、ほんと君たちって甘いよね。やんなっちゃうよ」
信濃「もうやめて2人とも!……加州さん、俺を撃って!」
薬研&後藤「やめろ信濃!」
安定「仲間思いだねー、でも、そんなの任務においては邪魔な感情だよ…………って、僕等以外のFBI捜査官なら言ってたかもね」
信濃「・・・え」
薬研&後藤「は?」
銃を下ろして笑顔で言う安定に、呆気からんとする3人。
加州「ごめんね、ちょっと試させてもらったよ。不謹慎なのは分かっていたけれど、俺たちに内密にしようとしたから”おあいこ”ってことで許してくれない?」
薬研「おいおい、冗談にしては悪ノリし過ぎじゃねーのか?」
後藤「ま、マジで怖かったぞ」
加州「はいはい、だから”おあいこ”だって言ってるでしょ?」
振り返った2人と、上体を起こした信濃に、安定と加州は手を差し出す。
安定「自我はあるみたいだし、今は目が赤くない、僅かながら可能性が残っているのなら、みんなで頑張って探そうよ」
加州「例え有力な情報が手に入らなくとも、君が君でいるうちは・・・いや、君が君でいなくなっても、もとに戻す術があるのであれば、一緒に探そう? 俺たち協力するよ……もう仲間なんだからさ」
信濃「か、加州さん、大和守さん」
加州「君たちさ、1998年に起きたラクーンシティの事件を知ってる?」
薬研「バイオハザードが起きてアンブレラに滅菌されたラクーンシティのことか!?」
安定「僕たち、事件の被害者としてラクーンシティにいたんだ」
加州と安定は静かに語り始めた。

加州と安定はアメリカに移住してすぐ、不慮の事故で双方とも両親を早くに亡くした。2人は孤児院で出会い、その後養子としてある夫婦に2人一緒に迎え入れられ、平和に暮らしていたが数年後、その事故は起きた。
2人の両親はアンブレラの社員で、Gウイルスの開発に成功した。しかし、これを巡って本社と対立したため、アンブレラ上層部から送り込まれた特殊部隊に瀕死の重傷を負わされ、父は自らにGウイルスを投与してクリーチャー「G」と化し、特殊部隊を皆殺しにした。その際、Tウイルスが下水へ流出したことでバイオハザードが発生した。
ラクーンシティが混迷を窮める数時間前、母の電話による指示でいち早くR.P.D.(ラクーンシティ・ポリス・デパートメント)という警察組織に避難したが、彼等が到着した頃には、R.P.D.は暴走した署長の凶行により、警察署としての機能は完全に潰えていた。
電話による母からの指示で身を隠す場所を探している最中、R.P.D.に避難してきた長曽祢虎徹という警官に保護され、危険地帯と化したR.P.D.およびラクーンシティから共に脱出するように説得を受け、それに応じる。
しかし、その脱出の中で長曽祢と離れ離れになってしまい、気を失っている隙にG生物化した父により胚を体内に植えつけられた。2人は程なく意識を取り戻すが徐々に衰弱の様相を呈していった。
母親からワクチンの精製方法を聞き出し、それを精製した加州がワクチンを精製し、これを投与することで事なきを得た2人は無事にラクーンシティから脱出し、アメリカ政府へ保護されることとなった。
しかし、実状はアンブレラ研究員を両親に持ち、埋め込まれた『G』の存在を監視下に置くと言う名目のもと、軟禁状態となっていた。
2人は合衆国エージェントになることを条件に、15年の時を経て軟禁状態を解かれ、ある程度の自由を得るに至ったのだ。

保健室のテーブルを囲んで座っていた5人。
話が終わり、少しの沈黙が過ぎたところでようやく薬研が口を開いた。
薬研「……そんなことが」
加州「ここまで来るのに長かったよ」
安定「いろいろ大変だったけれど、清光がいたからやってこれた」
加州「だから俺たち決めてるんだ……何があろうと仲間を見捨てないって。FBIの上層部連中には『お前たちは甘い』って叱責を受けるけどね」
安定「それでも、可能性があるならとことん追究するべきだよね。だから、一緒にがんばろう」
信濃「加州さん、大和守さん……ううう」
涙が止まらない。状況は違えど、信濃にとって2人は類似した立場にいて、その2人が諦めるずに、一緒に打開策を探そうとしてくれたのが、とても心強くて、嬉しかった。
薬研「……今回のチームが、アンタたちで良かったぜ」
安定「僕も、君たちとチームを組めて嬉しかったよ」
加州「はい、じゃあ……お互いの秘密を共有したところで、そろそろ次に進もうか。新型ウイルスの正体を暴いて、信濃を治療しないとね」
後藤「おう、よろしく頼むぜ、加州、大和守!」
5人は持っていた葡萄酒入りのグラスを当て合い、一気に飲み干した。
時刻は午前1時。彼等の夜戦は、まだ始まったばかりだ。

地下4階のKエリアからJエリアへの連絡通路から、望遠鏡でJエリアのエレベーター前を様子見る一同。
和泉守「なんでこんなところにロシア兵がいるんだよ」
堀川「目が赤いね……もしかして、新型ウイルスかな」
和泉守「その可能性はあるだろうな。ジュアヴォと違って複眼じゃねーし」
乱「銃撃戦の跡があるね……ん?」
エレベーター付近の柱に、白い紙が貼ってある。それは銃撃戦の最中、後から来るであろう乱たちの為にと信濃が書き残したものだった。
厚「えっと、なになに……”ロシア兵とは戦うな。バラバラにしても再生する上に、対戦車用のライフル装備あり。なるべく戦闘を避けてエレベーターを突破せよ”……だってさ。」
堀川「なるほど……厄介だね」
乱「よーし、こんな時のための、ボクと後藤が開発した新兵器の出番だね!」
3人「新兵器?」
乱「じゃじゃじゃじゃーん!」
厚「って、それ手榴弾じゃん・・・見た目はどう見てもピンクのボム兵だけど」
乱「後藤に造ってもらったロボットだよー。この子たちを使って、敵をIエリアの方へ誘導するよ」
和泉守「その隙に、俺たちはエレベーターに乗るってことか」
乱「その通り~♪ さあ、いっくよ~、ピンキーちゃん!」
ピンクのボム兵ロボット部隊が、トコトコとJエリアの方へ歩いていく。
和泉守「・・・遅くねーか?」
乱「大丈夫、後で速くなるから!」
ロシア兵の目に留まった瞬間、ピンキーたちの導火線に火が点いた。そして、今までのノロさが嘘だったかのように一目散に列を組んでIエリアの方へと駆けていく。
ロシア兵「Давай, поймай плохого парня!」
ロシア兵「Огонь! Огонь!」
乱「ふふ、その調子。”あいつを捕まえろ、撃て撃て~!”って言ってる。よーし、今のうちだよ、みんな!」
厚「よし!」
一斉に飛び出してエレベーター前へと移動し、パネルを押すとエレベーターの扉が開いた。全員が入ったことを確認した堀川が扉を閉めると同時に、乱がリモコンのスイッチを押す。すると、先程まで走り回っていたピンキーたちが次々と爆発してロシア兵を吹っ飛ばした。
動き出したエレベーター越しにロシア兵の悲鳴と爆発音が上がり、和泉守が顔を綻ばせる。
和泉守「お前やるじゃねーか」
乱「う、ううう……」
和泉守「ん?・・・どうした?」
乱「ピンキーちゃんたちかわいそう」
愛着のあったボム兵が木端微塵になったことを憐れみ、目元に涙を潤ませる乱。
和泉守「じゃあ、なんであのデザインにしたんだよ!?」
乱「えー、だって持ち歩くには、やっぱり”かわいい”のがいいかなって。ほら、手榴弾もみんなピンキーちゃんだよ?」
厚「ちなみに、俺も色違いのボム兵型手榴弾だぜ。ほら、黄色のボム兵」
和泉守「見せなくていい!」
乱「ちなみに薬研はブルーで、信濃はレッド、後藤はグリーンだよ」
厚「爆発戦隊ボムソルジャー!」
堀川「わあ、楽しそうだね。じゃあ僕はシルバーがいいかな」
和泉守「あのなぁ、国広」
堀川「兼さんはゴールドだよね! かっこいいよ、兼さん!」
和泉守「・・・ご、ゴールドか。わ、悪くねーな、うん」
堀川「大和守さんと堀川さんは何が似合うかな」
乱「加州さんはダークレッド! 大和守さんはスカイブルー!」
厚「それだと信濃と薬研と被らないか?」
乱「大丈夫、信濃はローズレッド! 薬研はオーシャンブルー! どこも被ってないよ!」
和泉守「思いっきり色被ってんだろ! 9人で並んだ時に明らかにおかしいだろ!」
堀川「ははは、兼さん楽しそう」
和泉守「お前なー」
乱「9人揃って~、爆発戦隊ボンバー9!・・・届け、この爆発!」
厚「(結構かっこいい感じに言ってるけど、要は自爆してんだよな)」
堀川「ところで兼さん、何階に行く?」
和泉守「まだ押してなかったのかよ!? 普通に行けるところまで行けばいいだろ?」
堀川「なんかランプ点いてるのが地下6階のNエリアだけなんだけど」
和泉守「そこにしか行けねーなら、行くしかねーだろ」
厚「それにしても、このエレベーターなんかあったのかもな……血痕あるし、ドアはなんか少しへこんでるし」
堀川「エレベーターの前に結構銃撃戦の痕跡があったから、きっと加州さんたちがロシア兵と交戦したんだろうね」
乱「大丈夫かな、後藤たち。怪我してないといいんだけれど」
堀川「着いたよ」
厚「よし……」
ドアが開くと同時に、全員が銃口を外へと向ける。敵がいないことを確認して、エレベーターから出る。
堀川「図面によると、MエリアかOエリアの方に、地下7階に下りれるエレベーターがあるみたいだよ」
厚「一気に最下層のエリアにいけねーのが痛いな」
乱「セキュリティが高いってことだね。何かあった時はどこから逃げるつもりなんだろ」
堀川「非常用の潜水艇がないし、有事の際は、きっと何もかも道連れにしてバイバイってことじゃないかな」
厚「うわぁ、怖いな」
和泉守「大和守たちは先に行ったかな」
堀川「他のパネル押しても動かなかったから、多分そうだと思うよ。でも、問題はどっちに行ったか分からないことだね」
乱「ひとまずMエリアに行ってみない? どうせ目指している場所は同じだし、地下8階のTエリアで会えるよ」

Mエリアへ向かう4人をモニタ越しに見ながら、ノートPCのキーボードを片手間に打つ燭台切。
太鼓鐘「すげーな、みっちゃん。あいつらみっちゃんの導きの通りに動いているぜ!」
燭台切「ははは、なんかゲームのキャラクターを動かしているような気分だよ。彼等は他のファナティカーで対応するとして・・・僕等の目的は今Lエリアにいるからね」
Lエリアのモニタを見ながら、燭台切は告げる。
燭台切「さて、そろそろ行こうか。ああ、所長さん……Aエリアから米軍の増援部隊がやってきたから、彼等の排除よろしくね」
所長「……ふん、私に拒否権などないだろう」
燭台切「うーん・・・本当にアポストロスって可愛げがないね」
所長「悪かったな、可愛げがなくて!」
伽羅「早く行け」
所長「く……分かった」
足早に退室していく所長を一瞥し、燭台切はビタシグを吸う。ほのかに香る抗えない匂いに誘われ、太鼓鐘は目の色を赤くして、燭台切に寄り掛かる。
太鼓鐘「み、みっちゃん。ちょっと、それは・・・ううう~」
燭台切「あれ、貞ちゃん……もう酔っちゃった?」
伽羅「……おい、光忠。ラファエルの血じゃないのか、それは」
燭台切「うん、そうだよ」
伽羅「そんなものまでビタシグにするな……貞が酔うだろ」
太鼓鐘「あはは、少し気分がいいかも」
燭台切「伽羅ちゃんもどう?」
伽羅「やめろ……馴れ合うつもりはない」
差し出されたビタシグを言葉と視線だけで突っぱねると、伽羅はポケットからケースを取り出し、中に入っている赤透明のカプセルを3粒口に放り込んだ。
伽羅「俺はこれで十分だ」
燭台切「もう、伽羅ちゃん強がりなんだから……」
言いながら、燭台切は太鼓鐘の腰を片手で抱き寄せる。太鼓鐘は一瞬腰を引いたが意図を察して、燭台切に身を委ねた。
燭台切「僕はやっぱり本物の……それも仲間の血が一番かな」
無抵抗の太鼓鐘の首筋に舌を這わせ、伽羅に見せつけるように牙を穿った。
太鼓鐘「……っ」
伽羅「……」
甘い香りが部屋に漂い、燭台切と伽羅の目が深紅に染まる。Dウイルスの影響で血を欲す身となった彼等にとって、この空間に籠った血の匂いは、最早獣と化した自分たちの本能を目覚めさせるには十分だった。
太鼓鐘「……みっちゃん、俺おかしくなりそう」
燭台切「大丈夫、後で伽羅ちゃんの血をあげるから。あ、伽羅ちゃんには僕の血をあげるね」
伽羅「搾取し合ってどうする……3人して血が減る一方だろ」
指摘しながら、伽羅は片腕を巻くって吸血されている太鼓鐘に差し出す。
伽羅「貞、飲め……俺はカプセルで十分だからな」
燭台切「伽羅ちゃん、我慢は身体に毒だよ?」
伽羅「うるさい。お前自身が貞にとっての毒だ」

Aエリア。
歌仙『今回の任務は米日の合同チームの援護と、通信環境の確保だよ。オペレーションをいつも通りにしていく予定だけど、地下に行けば行くほど、通信機器が効かなくなると思うけど……大丈夫かな?』
山姥切「構わない。できるところまで頼む。
通信機越しに会話をする山姥切と歌仙。彼等は2011年に大統領よって設立された合衆国大統領直轄の危機管理組織DSO(Division of Security Operations) のエージェントだ。
山姥切「歌仙」
歌仙『なんだい?』
山姥切「今回の任務にCIAのエージェントがいると聞いたが・・・堀川はいるのか?」
歌仙『相変わらず僕に聞くんだね。以前CIAにいたとはいえ、彼等は』
山姥切「以前オペレーションをしていた仲だろ」
歌仙『えっとね、何度も言うけれど彼等はもうDSOじゃないんだよ。言ったじゃないか、堀川は和泉守を追ってCIAになったって。君だって当時堀川とはトールオークスの事件依頼タッグを組んでたんだから知ってるだろう?』
山姥切「ああ、だが堀川もとい和泉守からよくオペレーションしてくれと依頼が飛んで来るんだろう?」
歌仙『組織の垣根を越えてね……全く、褒められたものではないよ。堀川と言うより、和泉守が僕のオペレーションじゃないと嫌だとか雅じゃない言い訳してるからー』
山姥切「悪い、敵が現れたから後にしてくれ」
歌仙『ひとに話を振っておいてそれなのかい!?』
所長「鼠が現れたと聞いて来てみれば……アメリカ政府は余程忙しいと見える。エージェントがたった一人とはな」
山姥切「お前はネオアンブレラの者か」
所長「如何にも……私はここの施設の長だ」
山姥切「ネオアンブレラも多忙なのか……いきなりボスがしゃしゃり出るのか」
所長「Dウイルスを手に入れるために、構成員の殆どを被検体として差し出す取引をしたのでな」
歌仙『酷いことをするね』
山姥切「ああ、全くだ。それでなんだ、お前も結局Dウイルスの虜囚というやつか」
所長『ああ、そうだ。私の読みが甘かった故にな……見ろ、この赤い眼を!」
山姥切「その目……気に入らないな。それがDウイルス感染者の特徴か」
所長「くく、この眼はな、血のようだろう? まさに血眼というやつだ。こうしている今も、ただただ渇望するのだ……私の身体が血を欲している!』
山姥切「まるで吸血鬼だな」
所長「くくく、変化したのは目の色だけとは思うなよ」
背後に回りながら所長が笑う。山姥切はとっさに横に飛んで、彼の爪による引っ掻き攻撃を防いだ。
山姥切「爪が自在に伸びるのか」
歌仙『山姥切、大丈夫かい?』
山姥切「ああ」
所長「くくく、まだまだぁ!」
山姥切「斬る!」
俊敏な速さで迫りくる所長の爪攻撃を、銃身で防ぎつつ、空いた片手で帯刀していた刀を抜刀し、居合切りを決めた。
所長「ぐああああああああ・・・なんてな」
山姥切「!」
斬り落とした腕の細胞が一気に活性化して増大し、切断された肩にくっついた。
山姥切「再生力は、Cウイルスのクリーチャー並みか、それ以上だな」
所長「くくく、Cウイルス? あんなもの比較対象にもならん! う、うううううううああああああああっ!」
慟哭をあげる男の筋肉が増大し、身に纏っていた白衣を破った。鱗が全身を覆い、牙と爪が伸びて、尻尾まで生える。巨大化する身体は天井を喰い破って、地上と地下を繋げた。
落ちてくる岩を跳び乗り、崩落するAエリアから脱出する山姥切。
歌仙『山姥切? 一体何が起こったんだい?』
山姥切「いきなりドラゴンになった」
歌仙『ドラゴン?』
山姥切「ああ、大きくなり過ぎて天井を崩した。恐らく地上部隊のヘリの動画から見れる」
歌仙『な、なんだいこれは……突然変異かい?』
山姥切「ああ、恐らくな」
歌仙『突然変異にしたって、普通の人間がこんな5mもあるドラゴンになるのかい?』
山姥切「Cウイルスの亜種みたいなものだ」
歌仙『いや、それにしたって5mは普通じゃないよ』
怒号のような唸り声をあげて、火炎を吐く竜。
歌仙『……僕は御伽噺でも見ているのだろうか』
山姥切「御伽噺の竜なら、仲直りできるんだが……あれはそうはいかないだろうな」
歌仙『空軍のミサイル攻撃に任せるかい?』
山姥切「そうだな、あのデカブツの相手は無理そうだ。俺はこのまま地下に潜って通信電波機の設置作業に入る」
歌仙『うん、頼むよ』

地下7階のQエリアにて。
加州「このエレベーターで地下9階まで行ける筈でしょ? 安定、もう一回押してよ」
安定「何度押しても、反応しないんだけど」
信濃「……うーん、これまずいなぁ。誘導されてるっぽい」
薬研「でも、ここで降りるしかないなら、仕方ねーんじゃねーか?」
加州「まあ、そう簡単に最下層には行かせませーんってことかな。
信濃「う、うん……」
後藤「見たところ、敵はいないみたいだ……通路が続いてる」
培養槽が陳列する通路を歩く一同。
安定「うえ……気持ち悪いなぁ、もう」
加州「ほんと気味が悪いよね」
通路を歩いて、先へ進むと研究室に出た。実験機器や様々な薬剤などの香りがする。それに混じって、かすかに血臭を感じとった信濃が、その根源の先にあるドアを見つめる。
信濃「あそこから、血の匂いがする」
薬研「血臭か……俺たちは感じないが、信濃が言うならそうなんだろうな」
安定「おらおらおらおらぁ!」
銃を構えながら安定が蹴破り、部屋に侵入する。彼等が今いるのは、B・O・Wの威力を観察する広間だ。そして、広間の中央に燭台切と太鼓鐘が立っていた。
燭台切「やあ、待っていたよ星鴉にFBI」
加州「へぇ、随分手がご無沙汰みたいだけれど、丸腰で待ち伏せなんて正気の沙汰じゃないね」
信濃「誰だ!」
燭台切「おや……忘れちゃったのかい、信濃くん。もうそろそろ思い出してもいいんじゃないかと思っていたんだけれど」
信濃「え?……うっ!」
燭台切と目が合った途端、信濃の中で霞んでいた記憶が鮮明になっていった。

2年前。
国連の要請を受けて東欧の研究所を襲撃した時だった。大混戦の末に、再開発されたCウイルス亜種が空気中に漏れて瞬く間に感染し、敵味方全体に蔓延した。
崩壊した国連の大連隊は撤退を余儀なくされ、烏合の衆のように逃げ惑った。国連の部隊は付近に設置されたいた非常用の大型シェルターの中に逃げることとなり、その作戦の中枢を星鴉が担っていた。
シェルターの近くにある制御室から、信濃がシステムを弄ってシェルターを開けるまで、国連部隊は列を成して鉛の雨を降らせた。持てる限りの弾丸を撃ち、日が落ちるまで続けた。
部隊が待ち望む中、信濃はようやくセキュリティシールドを破って、シェルターを1mほど開けた。
一緒に残っていたのは後藤と薬研で、彼等は先導して他の部隊にシェルターを潜るよう呼び掛け、乱と厚は先に潜ってシェルターの隙間から機関銃で応戦していた。
国連部隊全員の撤退を確認した後藤が薬研と共にシェルターを潜り、信濃に手を伸ばしながら「お前で最後だ、早く来い」と言った。
信濃はそれに応じようと手を伸ばしたが、背後から銃声が鳴り、彼の膝を撃ち抜いた。バランスを崩して倒れた信濃に、追ってきたケルベロスが群がった。
ハンターに覆われて見えなくなる寸前、信濃が赤いボム兵を取り出したのを見ていた薬研は、彼の決死の覚悟を汲み取った。
そして薬研は断腸の思いで、シェルターを潜ろうとする後藤を力の限り引き止めた。
信濃「ごめん……!」
それだけ告げて、信濃はスマホでシェルターを閉じたのを確認すると、信濃は目を瞑った。しかし、上がったのは爆発音ではなく、ケルベロスの悲鳴だった。
目を見開くと、いつの間にケルベロスを殴る2人の男性がいて、1人は自分と同じ歳くらいだった。
手に持っていたボム兵の導火線は、もう一人の男性に手で引き千切られたらしい。
太鼓鐘「あちゃー、逃げられちゃった」
伽羅「……完全にしてやられたな。光忠のシェルターシステムを逆に利用されるとは」
信濃「(な、なんだあのスピードは)」
目にも留まらぬ速さでケルベロスたちを蹴散らした2人に、信濃は驚愕を隠せないでいた。
太鼓鐘が「おらぁ、静まれ!」と咆哮すると、ケルベロスたちは叱られた子犬のように身を伏せた。
太鼓鐘「指示に従ってくれるのは嬉しいけれど、簡単な命令しか聞けないみたいだな。もう少しで標的を殺すところだったぜ」
ケルベロス「くーん」
太鼓鐘に群がるケルベロス。まるで主人に許しを請っているようだ。
信濃「(なんだ、あの少年。ケルベロスをペットみたいに)……ぐっ!?(し、しまった……油断した!?)」
背後に回っていた伽羅に羽交い締めにされ、信濃は苦痛に呻く。抜け出うと身を捩るが、それをさせまいと伽羅に腕を強く背中に回された。
信濃「ぐぁっ!?」
太鼓鐘「伽羅、そいつが信濃?」
伽羅「ああ、間違いない。光忠、捕まえたぞ」
燭台切「2人ともおつかれさま。やあ、君が僕のシステムを破った勇者くんかな?」
信濃「く……勇者ではないけれど……まあ、そうだよ」
怪しい笑みを浮かべながら、燭台切は信濃を値踏みするかのように見下ろし、近づいて膝蹴りを食らわせた。
信濃「っ!?」
無防備の状態で腹部に膝蹴りを受け、信濃はボム兵を落として吐血した。
燭台切「やってくれたね……ここの施設のシステムを作ったのは僕なんだけれど、まさかこんなにITに富んだ人材が国連に、それも日本にいるとは思わなかったよ」
信濃「あ……うう」
伽羅「光忠、その辺にしておけ……」
燭台切「ああ、ごめんね。ちょっと大人げなかったかな。かっこ悪い姿を見せちゃってごめんね」
太鼓鐘「いいっていいって。みっちゃん、今回のシステム構築結構頑張ってたもんな。それを破られたら、さすがに機嫌も悪くなるって」
ケルベロス「クーン、クーン」
燭台切「ははは。貞ちゃん、ありがとう。さて……どうしようか。ひとまずボスのもとへ連行かな」
そして信濃は3人によって別の研究施設へと連行され、Dウイルスの被検体として様々な実験を施された。
信濃「はあ、はあ、はあ……お前、あ、あの時の!」
燭台切「ようやく思い出したかい、信濃くん。捕まったのに、たったの半年で脱獄出来てよかったね」
後藤「誰だお前は!」
信濃「リンクスの燭台切光忠!」
薬研「なに、こいつらがリンクスの!?」
燭台切「そう、僕等はリンクスの幹部だよ」
加州「幹部が待ち伏せな上に丸腰とはね……随分舐めた真似をしてくれるね」
信濃「気をつけて、こいつら強いよ」
燭台切「そう。丸腰でも君たちに勝てるくらいにね」
信濃「俺をわざと逃がしたの?」
燭台切「いや、たまたま俺たちが留守中のところにタイミングよくJSAGが来て、君は無事に救出されただけだよ」
信濃「……」
燭台切「でも、僕等としては君が命を落としていないなら、どこにいようがどうでもよかったんだけれどね」
薬研「ほう、それで1年半も放って置いたのか」
燭台切「うん……でもね、機は熟したし、そろそろこっちに戻ってもらうよ?」
信濃「俺が従うと思う?」
燭台切「うん……だって君は僕たちには逆らえないからね」
そう言って燭台切が信濃に手を翳すと、信濃の心臓が共鳴するかのように高鳴った。
信濃「うっ!?」
後藤「信濃!」
崩れ落ちる信濃を支え、後藤が銃を放つ。しかし、放たれた弾丸は燭台切に届く前に太鼓鐘が横からキャッチして握りつぶした。
後藤「な!?」
燭台切「貞ちゃん、いつものようによろしくね」
太鼓鐘「へっへ、派手にやればいいってことだな?」
信濃「あ……ぐぅ、痛い、痛い!」
頭を抱えて苦痛を訴える信濃の目が赤く染まっていく。
後藤「お、おい、信濃しっかりしろ!?」
薬研「目が赤いぞ、こんな時に新型が発症したのか!?」
燭台切「それは違うよ薬研くん。その子はね、2年前からこの新型ウイルスに感染していたのさ」
言いながら、燭台切がクリアアクリル製の円筒を見せた。
中には、不気味な雰囲気を漂わせる赤い液体が螺旋状となって保存されている。
安定「それが新型のウイルスか」
燭台切「そう、その通り。これが新型のウイルス”Dウイルス”だよ」
加州「Dウイルス?」
燭台切「ここまで来れた冥土の土産に……いや、ここまで信濃くんを護送してくれたお礼として、Dウイルスの能力を教えてあげるよ」
信濃「あ、ぐぅうううう」
燭台切「Dウイルスはね、プラーガみたいに独自のヒエラルキーを持っているんだ」
薬研「なに、ウイルスがだと!?」
燭台切「そう。そして、それは支配種プラーガと同じように、他の感染者を操ることができる」
信濃「ぐぅ、あああああっっ!」
後藤「信濃、しっかりしろ!」
信濃「うああああっ!」
気がつけば勝手に身体が動き、後藤を突き飛ばしていた。
後藤「っ……信濃?」
信濃「あ、ぐ……」
薬研「信濃!……く、あいつが信濃を苦しめてるのか」
安定「首落ちて死ね!」
ロケットランチャーをぶっ放すが、太鼓鐘によって防がれた。
安定「な!?」
太鼓鐘「ただの人間だろうが、手は抜かないぜ!」
それならばと加州がマシンガンを取り出して連射したが、彼は舞うように銃弾の嵐を掻い潜り、加州の懐に入ると「派手にきめるぜ!」と悪戯な笑みを浮かべて掌底打ちをかました。
加州「ぐっ!?」
安定「うっ!?」
後藤「かはっ!」
太鼓鐘「このあふれんばかりのパワー! 光って見えるだろ?」
勢いよく吹っ飛んだ加州は、そばにいた安定と、少し離れたところで立ち上がろうとした後藤を巻き込んで壁にぶつかった。
薬研「は、速い!」
太鼓鐘「あらよっとっ!……どうだい? 決まったろ?」
加州「ぐっ!?」
安定「う、うごけない!」
後藤「このっ!」
壁のパネルを引き剥がして、3人の動きを封じると、太鼓鐘はサバイバルナイフを持って薬研に飛び掛かった。
薬研「くっ!」
バク転して回避し、青いボム兵を投げる。それは閃光手榴弾で、太鼓鐘の視界を眩ませた。
太鼓鐘「!……眩しいなぁ、でも血の匂いでどこにいるかなんて手に取るように分かるぜっ!」
気にも留めず突進してきた太鼓鐘の両腕を抑えようとするが、勢いを殺しきれず上体が崩れて仰向けに倒れこんだ。
太鼓鐘「……これで終わりだ!」
信濃「やめろっ!」
燭台切「君の相手はこっちだよ、信濃くん!」
信濃「くっ!(か、身体が動かない!)……薬研!」
後藤「薬研!」
薬研「やられるかっ!」
振り下ろされたサバイバルナイフを横に動いて回避し、足を勢いよくあげて太鼓鐘の顎を蹴り上げる。
太鼓鐘「っ!」
燭台切「貞ちゃん!」
太鼓鐘「……あっちゃー。みっとみない姿を見せちまったなぁ……へへっ。あんたもなかなかやるじゃないか。今のは少しキたぜ」
薬研「……思ったより、大して効いてねぇくせによく言うな」
太鼓鐘「その通り、効いてねーよ!」
華麗な旋風蹴りで打ち上げられ、薬研が天井に激突する。
薬研「っ!?(く、か・・・格が違いすぎる!?)」
太鼓鐘「おうおう、どうしたんだよ! その程度じゃ俺は倒せないぜ!」
信濃「薬研!……く、動け、動けっ、動けえええええええっ!」
燭台切「!?」
ナイフを自分の腕に刺し、信濃はアサルトライフルを太鼓鐘に向けて放った。
太鼓鐘「あいたぁ!……まじかよ、回避するところを予測されて撃たれた!?」
右手にアサルトライフル。左手にハンドガン。ライフルの衝撃による手ブレも計算されて撃たれたもので、二弾重ねによる発砲だった。
燭台切「へぇ、まだ逆らうんだね」
信濃「く……お前たちの、言いなりになってたまるかっ」
燭台切「……」
信濃「あっ!……ぐっ!?」
再び手を翳され、信濃は苦痛に呻く。燭台切はその様子を見て「せっかくの晴れ舞台だ。格好良く行こう」と言って信濃の背中に掌を置いた。
信濃「うっ……くっ!? な、なにをっ!?」
燭台切「僕はファルシュター・クラスのDウイルス適合者でね。特殊な電波を発してDウイルス感染者の場所を把握したり、さっきみたいに指示を出すことができるんだ。僕たちはこの電波を””令波”(レイハ)って呼んでるんだけど、令波をこんな風に直接浴びせたことはないから、君で実験しようかと思ってね」
信濃「やめっ!?」
全身に耐えがたい命令信号を浴びせられ、信濃の身体は悲鳴をあげた。
信濃「ぐああああああっ!」
太鼓鐘「うわあ、よく耐えるなぁ」
薬研「貫かせてもらうぜ!」
太鼓鐘「っ!?……おっと」
薬研「くっ!?」
渾身の突撃を身を低くして回避され、薬研は舌打ちする。太鼓鐘は「残念だったな!」と地面を蹴って身を翻しながら薬研を蹴り上げた。
薬研「く、やべぇっ!?」
加州「薬研!」
太鼓鐘「終わらせてやるぜっ!」
安定「薬研!」
後藤「薬研!」
薬研「っ!?」
重力で落ちる薬研の真下から、太鼓鐘が銃を撃ち上げた。鮮血が飛び散り、一同は驚愕する。
薬研「!?……し、信濃っ!?」
薬研の間に入った信濃が撃たれた。
燭台切「(僕の令波を大量に浴びたというのに、あそこまで逆らうとはね。しかも、あのスピードと跳躍力は紛れもなく、僕たちと同じ力だ。まずいね、力の使い方を覚えてしまう前に捕獲しないと)」
信濃「かはっ!?」
薬研「信濃っ!」
床に顔面から落ちそうになる信濃を、なんとか抱きとめて受け身をとる薬研。
薬研「信濃、信濃っ!」
信濃「う……く、だ、大丈夫?」
薬研「バカ野郎、自分の心配をしろ」
信濃「かはっ……くぅうう、大丈夫だよ、俺たち、治癒する身体だろ? これくらい、なんてこと……うぐっ!」
言った通り傷口は治癒したが、別のものが信濃を襲った。
燭台切「なんてことない筈ないんだよ、信濃くん。Dウイルスは血を欲するんだ……そんなに出血したら、抑えきれなくなっちゃうよ?」
信濃「あ……ぐっ!?」
薬研「信濃、信濃!?……ぐあっ!?」
信濃「薬研!?」
燭台切「ショータイムといこうか……ね、貞ちゃん」
太鼓鐘「!・・・おうっ!」
信濃を心配する薬研を捕まえた燭台切は、太鼓鐘に視線だけで指示する。その意図を汲んだ太鼓鐘はナイフを携え、愉快そうに笑う。
安定「な、何をする気だ!?」
加州「何をするにしても、嫌な予感しかしないっ!」
信濃の目の前で、薬研の首筋にナイフが突き立てられた。太鼓鐘はなぞるように切り傷を少しずつつけていく。
信濃「……あ」
流れていく血を見て、Dウイルスに侵された身体は血を欲した。
燭台切「ほら、信濃くん……餌の時間だよ?」
薬研「う!?……く、は、放せっ!」
信濃「あ……や、やだ」
燭台切「素直じゃないね……もう少し血を流そうか?」
太鼓鐘「……派手にやっちゃう?」
言いながら、太鼓鐘は頸動脈にナイフを翳した。
信濃「!……や、やめろ!」
燭台切「何を恐れているんだい? 君たち星鴉は治癒体質なんだよね? これくらいじゃ、死なないよ・・・貞ちゃん」
太鼓鐘「おうよっ!」
薬研「がっ!?」
後藤「薬研!」
加州&安定「薬研!?」
掻っ切られた頸動脈から血が噴き出て、信濃にかかった。燭台切の言葉の通り、傷は治癒していき、流血は治まったが、信濃の中で暴れ出したDウイルスとしての本能はもう治まらなかった。
信濃「っ!」
薬研に飛びつき、首筋に容赦なく牙を突き立てる。
後藤「信濃っ!?」
薬研「あ……っな、なんだ……この感覚は、身体の力が、抜け……」
咬まれた以上は、もう抗えまいと、燭台切は嗤う。
口にすればするほど、その味は麻薬のように脳を刺激して、更に求めた。
信濃「・・・オイシイ」
薬研「し、信濃っ!」
信濃「うごくな」
真紅の眼差しに射止められ、薬研は身動きができない。そのまま燭台切に拘束されたまま吸血され続け、薬研の視界は霞んでいった。
信濃「オイシイ……血、モットホシイ」
喉をゴクリと鳴らして一通り薬研の血液を飲み干した信濃は、ペロリと首筋に舌を這わせた。
薬研「く……ぅ、し、しなの」
燭台切「もう要らないかな」
項垂れる薬研を燭台切は横に投げ捨てると、信濃にニコリと笑いかける。
燭台切「ここまで覚醒しているのであれば、僕の言葉が聞こえるだろう?」
信濃「・・・・・・ハイ、ミカエル様」
燭台切「うん、良い子。さあ、貞ちゃん帰ろうか」
太鼓鐘「こいつらは?」
燭台切「放って置いていいよ。もう用はないからね」
踵を返して去っていく燭台切と太鼓鐘の後を、信濃は付いていく。彼の双眸は光を宿していない虚ろな目と化しており、後藤は正気に戻さねばと叫んだ。
後藤「信濃、だめだ! 行くなっ!」
しかし、彼の絶叫が信濃に届くことはなかった。光を失った信濃の真紅の目が追うのは、燭台切たちの背中で、彼に操られてしまった信濃は振り返ることなく行ってしまった。

地下13階のZエリア、所長室にて。
伽羅「待ちくたびれたぞ」
燭台切「ごめんね、伽羅ちゃん」
伽羅「いくぞ、ボスがお待ちかねだ」
燭台切「そうだね、急いでアジトに戻らないと。ドッキングは済んでるかい?」
伽羅「問題ない、既に水底に隠していた潜水艦と、このZエリアの区画を繋げてある。さっさと潜水艦へ移るぞ」
太鼓鐘「はあ、俺腹減ったなぁ」
信濃「……」
3人の後をついて歩く信濃。薬研の血を摂取したことで、血を求める本能に支配されていた彼の理性が、少しずつだが戻っていたこともあり、彼はふと自分がなぜここにいるのか?と自問自答し始めた。
信濃「(あれ、俺はどうして……ここに?)」
立ち止まって、思考を張り巡らせていくうちに、信濃の目に光りが戻り始めた。その双眸は未だ真紅に染まっているが、自分の意志を取り戻した。
太鼓鐘「ん?・・・どうしたんだ?」
潜水艦への連絡通路で棒立ちしている信濃に気づき、太鼓鐘が声をかける。
信濃「お、俺は、一体何を!……はっ!」
凝視してくる3人と目が合い、信濃はとっさに背中を向けて逃げ出した。
燭台切「伽羅ちゃん、貞ちゃん、捕まえて。僕の令波が切れちゃったみたい」
太鼓鐘「おう!」
伽羅「ちっ!」
全速力で走り、追手から逃れようと駆ける。その先で、反対方向から駆けてくる乱たちの姿があった。
乱&厚「信濃!?」
信濃「乱、厚!? よかった!」
乱「なんか信濃血だらけじゃない?」
厚「返り血とはいえ、あいつらに何かされたのかもしれねーな」
太鼓鐘「なに!? あいつらいつの間に!?」
和泉守「信濃じゃねーか、あいつらに追われてるのか!?」
堀川「兼さん、後ろに敵が2人いるよ!」
伽羅「(どうやってここまで来た? 建物の構造上、こんなこ速くここまで来れる筈が!)貞、信濃を捕らえろ! 俺はあいつらを喰いとめる」
太鼓鐘「おうよ!」
乱「なんだか知らないけれどさせないよ、厚!」
厚「おう!」
2人がピンクと黄色のボム兵を投げた。2人の連携をよく見ていた信濃はその意図を読み取り、躊躇せずに駆け抜ける。ボム兵は彼の後を追おうとする太鼓鐘にくっついた。
太鼓鐘「なっ!?」
乱&厚「イオ!」
2人の呪文に合わせてボム兵が爆発し、太鼓鐘は吹っ飛んだ。爆発の際に強力な接着剤の液体も飛び出て、太鼓鐘を床に貼りつけた。
太鼓鐘「な、なんだこりゃ、う、うごけねぇ!?」
伽羅「貞!」
和泉守「おうおう、余所見している暇はねーぜ!」
和泉守が構えるバズーカ砲から、同じピンクと黄色のボム兵が放たれた。
伽羅「(遅いな、あれくらいのスピードならかわせる)・・・!?」
確かに回避した筈なのに、ボム兵が腰にピッタリとくっついていた。
伽羅「ま、まさか」
乱「気づいちゃった? そう、そのボム兵は磁力でくっついているんだよ?」
厚「強力な磁石だからな、スイッチを押した途端に間近の金属にくっついちまうんだ」
乱「イオ!」
伽羅「ぐっ!?」
太鼓鐘と同様、接着剤によって、身動きを封じられた伽羅。
信濃「はあ、はあ……ありがとう、助かった……ぐっ!?」
安心したのも束の間、今度は2人が放つ令波が信濃を襲った。
少しでも気を許せば、乱たちに銃を向けかねないと危惧し、信濃は焦燥に駆られながら必死に告げる。
信濃「早く、にげて・・・」
乱「え?」
信濃「説明は後でするから! 早くしないとアイツが来る! 早く逃げて!」
直後バランスを崩して倒れこむ信濃を厚が背負い、そそくさと来た道を引き返す。
和泉守「おいおい、どこ行くんだよ!?」
厚「逃げる! 信濃の様子からしてここに留まるのはやばそうだ!」
逃げ始める厚たちの背後で、ドゴンという轟音が鳴り響いた。
背中に生えた白い双翼を羽ばたかせ、炎を纏った伽羅が床を燃やし尽くして飛び上がったのだ。
和泉守「な、なんだ!?」
伽羅「随分舐めた真似してくれたな」
太鼓鐘「へへ、抜け出せたぜ!」
自由になった太鼓鐘も背中から純白の翼を出して飛び、風を巻き起こらせた。
堀川「に、人間じゃない!?」
太鼓鐘「その通り、俺たちは選ばれたファルシュターだからな! さあ、ド派手に暴れようぜ!」
突風が起こり、和泉守以外が奥の壁へと吹っ飛ばされる。なんとか持ちこたえてバズーカ砲を構える和泉守は、伽羅が上空から踵落としを決めて大理石の床へと叩きつけた。
堀川「兼さん!」
和泉守「・・・く」
堀川「兼さん……くっ! こうなったらプラーガの力を」
和泉守「やめろ国広! 身体の負担が大きすぎる!」
堀川「でも、格が違い過ぎるよ兼さん、こういう時のためのプラーガでしょ!?」
和泉守「ダメだ! 絶対に俺が絶対に許さねーぞ!」
這いつくばりながら堀川を諫める和泉守。そんな彼に追い打ちをかけるように太鼓鐘が突風で吹き飛ばし、厚にぶつけた。
厚「ぐはっ!?」
和泉守「すまねぁ」
厚「いや、大丈夫だ」
信濃「……く!」
ハンドガンを構える信濃に、太鼓鐘は呆れながら肩をすくめて、両手の手のひらを上に向ける。
太鼓鐘「そんなもの、俺には効かないぜ」
乱気流を起こして信濃を吹き飛ばしながら、太鼓鐘は宙を舞う。
燭台切「やれやれ、少し遊びが過ぎるんじゃないかい?」
太鼓鐘「みっちゃーん、ごめんごめん」
燭台切「やれやれ、まだこういった能力は秘匿しなければいけなかったんだけど……ね」
彼の手から放り投げられたビタシグがバチッと甲高い音を上げて爆発した。その爆風を受けた乱たちが、一斉に昏倒する。
信濃「な!?」
燭台切「彼等の記憶から、僕等のことは消去しておこうか……さて、おいで信濃くん」
信濃「・・・っな、なんで、なんで俺なんだよ!?」
燭台切「・・・信濃くん、僕は今機嫌が悪い方なんだ。優しく言っているうちについて来た方がいいよ。せめてもの情けで、君の仲間にトドメを刺さずに去ってあげるんだから」
信濃「・・・」
伽羅「早く来い」
太鼓鐘「ほら」
信濃「・・・」
3人が注視する中、信濃は横たわっている乱と厚の手を握り締めた。そして覚悟を決めてゆっくりと立ち上がり、差し出された燭台切の手を取る。その瞬間、燭台切の手から何かが信濃の身に流れ込んだ。
紛れもない、令波だ。
闇夜に紛れて鴉が消えるように、信濃の視界は再び暗黒に閉ざされた。

暴れる竜の上空で、一隻の爆撃機が狙いを定めた。
長曽祢『これで終わりだ!』
彼はDSOに所属するエースパイロット、長曽祢虎徹だ。彼の爆撃機から放たれたミサイルを受け、竜は甲高い金切り声をあげて爆死した。
歌仙『おつかれさま』
山姥切『こちら山姥切だ。通信環境の構築が完了した。聞こえるか?』
長曽祢『おう、ちゃんと聞こえるぜ』
山姥切『堀川たちの様子を探りに行く。歌仙、いつものようにオペレーションを頼む』
歌仙『了解』
長曽祢『俺は救援部隊を呼んでこよう』
歌仙『ああ、頼む……それじゃあ山姥切、ちょっと待っててくれ。通信設備が回復したおかげで、通信機器が遮断される前に堀川から来ていた施設の図面をもとにオペレーションしていくよ』
山姥切『ああ、それじゃ急いで向かう』

伽羅「光忠、あの所長やられたみたいだぞ」
燭台切「やっぱり適合しなかったんだね……ただ暴れるだけの化物になっちゃうなんてさ」
太鼓鐘「今回のアポストロスは失敗かー」
燭台切「やっぱり潜伏期間が長い方が、支配種のDウイルスは宿主と適合しやすいみたいだね。まあ、良い実験データが取れたよ。ボスに報告しないとね」
太鼓鐘「ねぇ、みっちゃん。潜伏期間ってなに?」
燭台切「病原体に感染してから、体に症状が出るまでの期間、あるいは感染性を持つようになるまでの期間のことだよ」
太鼓鐘「Dウイルスの場合は、感染はしても、発症が遅い方がいいんだな」
燭台切「うん。この子も、発症までに2年くらいかかったわけだし」
太鼓鐘「潜伏期間って操作できんの?」
燭台切「うん……それなりの環境を提供してあげればね。さて、この子もまだDウイルスの胚が目覚めたばかりだから、しばらくは僕等の環境で管理しないと」
寝台で眠る信濃を見下ろし、点滴の針を刺す燭台切。
伽羅「こいつの餌はどうするんだ? ボスから”生餌”を与えるようと言われたんだろう?」
燭台切「当分は僕等かラファエルの血を与えるよ。多少目を離せるようになったら、自分で狩りをさせるんだって。ああ、貞ちゃん、そこにあるスイッチ押しておいて」
太鼓鐘「おう」

安定「はあはあ、なんとか抜け出せた」
後藤「おい薬研、しっかりしろ!」
加州「あんまり揺らさない方がいいよ、失血が酷いから。えっと、ひとまず撤退しよう、撤退」
アナウンス「The self destruct sequence has been activated! Repeat, the self destruct sequence has been activated! This sequence may not be aborted! All employees proceed to the emergency car at the bottom platform!」
施設内放送が流れ、3人は顔を青くした。
安定「やばい、爆破装置が作動した!?」
加州「く、何が”停止する事は出来ません”だ。”研究員は最下層のプラットフォームから非常車両で脱出して下さい”とか言ってたけど、そもそもエレベーターが動くかな」
後藤「ひとまず行くしかない!」
加州が薬研を背負い、後藤と安定が先に行ってエレベーターのパネルを押したが、エレベーターは起動しなかった。
後藤「く……やばい、どうすれば」
安定「エレベーターが来ないと上にも下にも行けないよ!?」
あー、やばいよどうしよう、と右往左往する安定。彼の動きに合わせて、ショルダーバッグが揺れる。それを見ていた後藤はハッとして自分の肩にかけていた信濃のバッグに手を突っ込んだ。
加州「どうしたの?」
後藤「あった、信濃のパソコン!」
信濃のモバイルノートPCを開き、ログイン画面で静止する後藤。両脇から覗き込む加州と安定が額に汗を流しながら「分かんないのかよ!」と突っ込んだ。
後藤「えっと、確か『アルファベット9桁の花の名前で、”寂しがりな信濃らしい”パスワードだった』って以前乱が言ってたけど、そんなすぐに9桁の花の名前なんて言ったって出ないよな?」
安定「Hydrangea(ハイドレンジア)」
後藤「はや!?……でも違う」
加州「当たり前でしょ、俺たち英語圏に住んでるんだから、これくらいすぐ出てくるよ、次はAmaryllis(アマリリス)」
後藤「だめだ、違う」
安定「Hypericum(ハイペリカム)?」
加州「弟切草とか絶対違う!……Carnation(カーネーション)?」
後藤「……だめだ、違う」
安定「他にヒントないの?」
後藤「うーん、わかんねぇ」
項垂れる後藤の服についていた星形の模様を見た加州は、ある花の名を思い出した。
加州「Astrantia(アストランティア)は? 花言葉が愛の渇きとか、知性とか、星に願いをとか3つあるんだけど」
後藤「なんか妙に信濃っぽいな…………よし!」
Astrantiaとキーボードを打ち、Enterキーを押すと見事ログインに成功した。
加州「お、いいじゃんいいじゃん!」
後藤「これで、エレベーターのシステムを復旧……あった、Restartボタン!」
安定「あ、エレベーターランプが点いた、今なら使える! で、どっち行く? 上? 下?」
加州「……上行ってもロシアンソルジャーと鉢合わせするだけかもしれないし、”最下層のプラットフォームから避難しろ”ってアナウンス流れてたし、下に行くしかないかな。そこにもいたら、とりあえず暴れる」
安定「よし!」
エレベーターに乗り込み、地下13階のZエリアへと降り立った一同は、エレベーター前で倒れている乱たちを介抱した。
安定「みんな、こんなところまで先に来てたんだ!」
後藤「乱、厚、しっかりしろ!」
加州「堀川、起きて」
安定「和泉守、起きろーっ!」
3人に揺り起こされ、目を覚ました乱たちはキョロキョロと辺りを見回し「あれ、なんでこんなところに?」と呟いた。
加州「覚えてないの?」
乱「うん、あんまり……何かと戦っていた気がするんだけど」
厚「……いてててて」
安定「急いで、爆破装置が作動したよ!」
堀川「え……急がないと!」
駆けだし、プラットフォームへと急ぐ。
しかし、そこにある筈の脱出用ポッドや潜水艇が破壊されていた。
加州「くっ……まさかあいつらが!」
堀川「あいつら?」
加州「後で話すよ……えっと、どうする?」
アナウンス『Five minutes to explosion. All doors got unlocked.』
厚「なんだ? よく聞き取れなかったぞ」
乱「”爆発まであと5分です。すべてのドアロックが解除されました”だって」
厚「あ、あと5分で爆発!?」
堀川「兼さん!」
和泉守「ああ、脱出艇がないなら仕方ねぇ。ひとまず救命胴衣と酸素ボンベを探すんだ、どこかにある筈だ!」
乱「ボクたち探してくるから、後藤たちはそこにいて」
後藤「あ、ああ」
乱たちが去ってすぐ、加州の背中で気絶していた薬研が意識と取り戻した。
薬研「……う」
加州「あ、気がついた」
後藤「薬研、大丈夫か?」
薬研「……い、今どんな状況だ」
安定「端的に説明すると、信濃はあいつらに拉致られた。それで今僕たちは、あと5分で爆発するこの施設から脱出しようとしているところ」
後藤「今最下層の地下13階のプラットフォームにいるんだ。あいにく、脱出艇やポッドは使い物にならないんだけどな」
薬研「……呼べ」
後藤「え?」
俯く後藤の腕を掴み、薬研は訴えかける。
薬研「その手に持っているのは、信濃のパソコンだろう? それを使って、ナイトレーベンを呼べ」
後藤「!……ああ、そうだったな!」
ふと思い出したように後藤はノートPCを開いた。具体的にどういう風にリモートでコントロールするかは、いつも操縦席の隣で信濃が忙しくPCを操作するのを見ていたおかげで、自然と身についていた。
和泉守「おーい、救命胴衣持ってきたぞ」
厚「酸素ボンベもあったぜ!」
乱たちが戻って来た直後に、脱出用の水槽から潜水艇のナイトレーベンが姿を現した。たまたま付近にいた厚と和泉守が、ナイトレーベンの起こした水飛沫を滝のように浴びる。
堀川「・・・せ、潜水艇!?」
乱「ナイトレーベンだ!」
厚&和泉守「びっくりした」
加州「ほら、早く乗り込んで!」
安定「急がないと、もう3分もないよ!」
全員が乗り込んだところで、即座に操縦席に座った後藤が信濃のPCを助手席に置き、ナイトレーベンを発進させる。
山姥切『堀川、堀川、反応しろ』
堀川「この声はまさか山姥切!?」
歌仙『僕もいるよ』
和泉守「おお、之定!」
長曽祢『おつかれさん、俺も来てるぞ』
加州&安定「長曽祢さん!?」
山姥切『海底にも届くように通信設備を設置した……今どこだ?』
和泉守「今海底から潜水艇で脱出したところだ。今全速力で施設から離れている!」
歌仙『爆発まであと30秒だよ、急いで!』
安定「後藤!」
後藤「ああ、みんな掴まれ!」
水中を猛進し、海上にナイトレーベンが顔を出して飛び立つ瞬間、アルカトラズ研究所が大爆発を起こした。
島を中心に、間欠泉の如く大きな水飛沫をあげるアルカトラズ湾。同時に衝撃波が発生し、湾内にいた水棲生物が湾から投げ出されて吹っ飛ぶ。
既に空に逃げていたナイトレーベンやアメリカ軍は、辛くもその水棲生物の雨と湾の滝を浴びずにすんだ。
厚「はあ、はあ……間一髪だったな」
安定「……た、助かった」
歌仙『緊急の処置が必要なメンバーはいるかい?』
加州「いる、1人出血が酷いんだ」
歌仙『UW Medical Center(ワシントン大学病院)へ向かってくれ。そこで医療チームが待機している。噂に聞くナイトレーベンなら、30分以内に到着できる筈だ』
後藤「ジェットエンジンをフルパワーで飛ばして10分で着かせる!」

JSAG本部の司令官室。
司令官の補佐兼護衛を務めている鯰尾はいつもの通りにお茶と適当な茶菓子を鶴丸に出した。
鯰尾「そんなに根詰めてパソコンの画面見てたら、眼精疲労になりますよ? 一体何をしているんです?」
鶴丸「警察庁長官からのメールの返信に困っててな。あいつら設立されてまだ10年しか経たないJSAGは警察組織の公安部に統合されるべきとか言ってるんだ」
鯰尾「え・・・またですか」
鶴丸「おおかた粟田口チルドレンの人材が欲しいんだろうな」
鯰尾「・・・」
粟田口チルドレン。
それは日本の製薬大企業AWTが開発した生体神器の総称だ。
“神器”と呼ぶのは、アンブレラやトライセルが開発した”生物兵器”と区別するためであり、彼等はバイオテロ対策に生み出されたエージェントだからだ。
AWTは極秘で開発したこの生体神器を、高値と引き換えに各国の政府へ提供しようとしていたが、開発できる粟田口チルドレンには限りがあることを感じ、志半ばで計画は頓挫した。
その後、バイオテロ対策が必至となった時代に乗っかり、それをビジネスとして利用するべきではなかった、と考えを改めたAWTは、粟田口チルドレンの身柄を日本政府に預けたのである。
当時の政府は”粟田口チルドレン”は”生物兵器”と同等で危険だからすぐに排除すべきと批判する反対派と、有効なバイオテロ対策がない状況で、感染の心配がない粟田口チルドレンをバイオテロ対策に登用することの方が有益となる、と訴える賛成派で論争が起こり、結果政府は粟田口チルドレンをバイオテロ対策・鎮圧組織JSAGを築き、そこの人員として登用することに決めた。
テロ対策等を行う公安の管理下に置かれなかったことが、一部の官僚や警察組織の高官からすれば腑に落ちないらしく、当時のJSAG司令官である三日月宗近には嫌がらせに近いメールや書状が毎日届いていた。
昨今のバイオテロで使用されるT/Gウイルスや、その亜種ウイルスに対して完全な抗体を持ち、特殊な施術を受けて高い治癒能力を持ちえた粟田口チルドレンを使うことで、三日月宗近は国内で起きたバイオテロを迅速に解決してきた。
その活躍は海外からも高く評価されており、莫大な資金と引き換えにバイオテロに対しての協力を要請される程で、JSAGは確実に国内外での存在を確立していった。
しかし、それでも未だに不満を呈してこうした嫌がらせをされるという始末に、鶴丸は心底飽き飽きしていた。
鶴丸「2005年にJSAGが国内バイオテロ対策組織として設立されてから、もう何年経ったんだ?」
鯰尾「2017年ですから、12年ですね」
鶴丸「だろう? で、俺が2012年に司令官に着任してもう5年も経つというのに……まだこうした不満を呈すばかりか、粟田口チルドレンを狙う輩がいるっていうのは、どうも解せないな」
茶菓子を摘まみながら、鶴丸は警察組織や官僚の愚痴をこぼす。
鶴丸「おっと……すまないな、こんな愚痴を聞かせちまって」
鯰尾「いえ、いいんです。俺は鶴丸さんの補佐兼護衛役ですから。愚痴聞きもお任せください」
鶴丸「お、そいつは嬉しいね……それにしても、あいつらは無事に任務をこなしているかな」
鯰尾「星鴉ですか? きっと大丈夫ですよ。鶴丸さんが結成させたグループなんですから。それに、俺の兄弟は強いですよ」
鶴丸「はは、その通りだな……あいつらなら心配は要らないだろう。ところで、最近の調子はどうだ?」
鯰尾「すこぶる健康ですよ、俺。一時はどうなるかと思いましたが、鶴丸さんのおかげでこうして仕事に就けてますし」
数年前の話。
2012年にアメリカのトールオークスでバイオハザードが発生した。アメリカ大統領の会見に参席していた首相を護送するため、鯰尾は骨喰と共に首相を護衛していたが、その任務の直後、新種のCウイルスに彼等の身体は蝕まれた。
鯰尾「あの時、俺と骨喰を治療してくれたのは鶴丸さんです」
鶴丸「いやー、思えばあの時は大変だったな。だが、君たちのおかげで粟田口チルドレンは更にパワーアップしたぞ。T・G・Cの3種のウイルスに対して、抗体を持つことができたんだからな」
鯰尾「その代わり、俺と骨喰は……現場から退くこととなってしまいましたが」
鶴丸「療養のためだ……安心してくれ、君も近いうちに現場復帰させる。その時が来たら、俺も一緒に戦場に立とう」
鯰尾「!」
鶴丸「だから一緒にがんばろうな!」」
鯰尾「はい、鶴丸さん!」

ポコポコと泡が出る培養槽の中で、信濃は眠っていた。手足には、手錠や足枷が嵌められており、鎖で培養槽に繋がれている。
伽羅「あそこまで拘束する必要はあるのか? あの培養槽の液体はハルシオンだろ。あれには、強力な鎮静催眠作用がある。自力であの水牢から逃げ出すのは不可能だ」
燭台切「念には念を……だよ。それに、ボスの指示だからね」
信濃「……っ!」
太鼓鐘「お、目が覚めたみたいだぜ」
目を覚ました信濃は驚いた。それもその筈、自分が水中にいるのだ。しかも酸素ボンベなどのマスクもない。
信濃「っ!?(だ、だめだ……息ができない!)」
がぼがぼと泡を出して暴れる信濃を、3人は静かに瞠っていたが、痺れを切らした燭台切が信濃に令波で指示を出し始めた。
燭台切「今の君なら、水中で息をするくらい造作もないことだよ……まずは落ち着いて」
信濃「!?…………」
燭台切「そう、良い子だね。ほら、冷静になればそんなに難しくないでしょ」
信濃「・・・・・・俺をどうする気?」
燭台切「あはは、早速だね。でもね、今は話すつもりはないかな。もう少し従順になったら、話してあげるかもしれないね」
信濃「そんな気ない癖に……ぅ、な、なんだこれ……」
燭台切「効いてきたね……しばらく眠っていてもらうよ。その方がDウイルスの発育に良いからね」
信濃「っ!?」
それを聞いた途端、信濃は再び暴れ出した。腕を引き、水を蹴って培養槽から出ようとする。
燭台切「貞ちゃん」
太鼓鐘「おう!」
後ろにいた太鼓鐘が培養槽を制御する装置のパネルを押すと、信濃の身に電流が流れだした。
信濃「っ!?」
強い電流を流された信濃は、力なく項垂れる。
燭台切「この特殊なハルシオンで満たされた水槽の中で、1分以上起きていられるなんて、やっぱり拘束しておいて正解だったね。残念だけど信濃くん。これでもう身体が痺れて動けない筈だよ」
信濃「しょ、燭台切!」
燭台切「しばらくおやすみ、信濃くん。あの方が、待っているから」
信濃「く・・・うっ!」

後藤『……以上が、今回の星鴉の任務報告です』
鯰尾「……」
鶴丸「……薬研は無事か?」
後藤『はい……予想以上に失血がひどかったので、メンバーの血を輸血して事なきを得ました』
鶴丸「……後藤」
後藤『はい』
鶴丸「……今回の任務、ご苦労だった。血液サンプルも有益だ。合衆国と連携して研究を進めていくこととして、星鴉は薬研が回復次第日本に帰還してくれ」
後藤『!………司令官、お願いです、信濃の捜索に行かせてください!』
鯰尾「後藤!?」
後藤『まだ近くにいるかもしれません!』
鯰尾「後藤!」
後藤『アルカトラズ湾から、一隻の潜水艇が出たとアメリカ海軍が教えてくれました。メキシコの方角へ、行ったそうです』
鶴丸「……」
後藤『お願いです、総司令官』
鶴丸「……後藤、すまないがそれは許可できない」
後藤『ですが……っ!』
鶴丸「後藤、俺は二度は言わないぞ」
後藤『……』
鶴丸「……」
鯰尾「……」
後藤『……分かりました、薬研が回復次第帰還いたします』
鶴丸「ああ、無事の帰還を祈っている」
電話を切り、鶴丸は鯰尾へと向き直った。
鶴丸「……リーダーとしての責務を感じているのと、間近にいた仲間を失って苦しいんだろう。そんなあいつに気の利いた言葉をかけてやれないとはな」
鯰尾「鶴丸さんは、司令官としての当然の指令を下しただけですよ」
鶴丸「……」
鯰尾「……それにしても、どうしてリンクスは信濃を誘拐したんでしょうか」
鶴丸「後藤の話によると、信濃はDウイルスに感染していた……その所為かもしれないな」
鯰尾「……本当にそれだけでしょうか。俺は何か……別の陰謀がある気がします」

ワシントン大学病院。
そこの特別室で、薬研は横たわっていた。彼の周囲に設置されたソファーには、後藤・信濃以外の星鴉と、FBIの2人が座っている。
乱「まさかリンクスが信濃を連れ去っちゃったなんて」
厚「リンクスは以前も信濃を拉致したけれど、何かの兵器にするんじゃないだろうな」
安定「とにかく、リンクスがどこに潜伏しているか調査しないと……僕たちの方からも、ICPO(国際警察)に調査とか情報提供の依頼しておくよ」
厚「ああ、ありがとな」
薬研「で、信濃に咬まれた後藤と俺の身体に、Dウイルスはあったか?」
加州「いや、それらしきものは検出されなかったよ。信濃の血液からは、Dウイルスの死骸が検出されたけれどね。どうやら、Dウイルスは循環血液の中にいないと死滅しちゃうみたい」
薬研「俺も後藤も信濃に咬まれたというのに、感染しなかったのか?……一体どういうことだ?」
安定「思ってたより、感染する確率が低いとか?」
堀川「うーん、ひとまず情報収集する為には、Dウイルス感染者の生体サンプルがないとダメってことかな」
後藤「鶴丸総司令官に報告してきた」
乱「あ、おかえり後藤」
後藤「帰還指令が下された……薬研、明日には大丈夫そうか?」
薬研「いや、もう十分だ……指令が下されたなら、すぐに帰る」
安定「そっか。もう帰らなくちゃいけないんだね」
堀川「もう少し休んでいっても……」
薬研「いや、いろいろと調べたいことがあるしな……」
加州「そっか……」

暗転。
新撰組に見送る中、ナイトレーベンに乗り込む星鴉組。
最後に乗ろうとした薬研に、加州が紙切れを渡した。
薬研「?……これは?」
加州「アドレス……信濃とかリンクスに関して何か分かったらそのアドレスから教えるよ。星鴉で共有しておいて……まあ、本当はこういうことはダメなんだって分かってはいるんだけど」
薬研「……いや、助かる。本当にありがとな」
加州「Let’s get through this together!(困難に一緒に立ち向かおう!)」
薬研「Yeah.I hope to see you again.(また会おう)」
飛び立つナイトレーベン。
新撰組に見送られながら、星鴉組は日本へと帰国していった。
後藤「2時間ほどで司令部に到着の予定だ。それまで休んでいてくれ」
厚「操縦手伝うぜ」
後藤「いや、大丈夫だ」
厚「結構根詰めてるだろ?」
乱「よしなよ厚。操縦席に座っていないと落ち着かないんだよ……それに、助手席は信濃が座るところだから……今日くらいはそっとしておいた方がいいよ」
厚「……そうだな、わかった」

『信濃……信濃』
信濃「(また……だ、また聞こえてくる)」
灼色の海に、膝まで浸かっている信濃。そんな彼に、語りかけてくる聲。
『信濃、目覚めよ。神の従僕となりて、目覚めよ』
信濃「(ああ、やだな……この声。耳を貸すつもりなんてないのに、脳に麻薬のように響いてくる。心地いい声だ…………だ、だめだ、しっかりしろ俺!)」
『……どんなに抵抗してもムダだ、信濃。お前は逆らうことができない』
赤黒い影が、信濃の背後に迫る。その影はそっと信濃を捕らえるように茨のような触手を出し、彼を抱きしめる。
信濃「っ!(く、なんだこれ……に、にげられない!)」
『ここまで覚醒しているのなら、神の言葉がわかるだろう? 神より与えられた使命を果たせ、メサイアよ』
信濃「!?」
キィイインと高音が鳴って脳を刺激した。
それを受けた信濃は、先程までの抵抗が嘘であったかのように、その影に身を委ねてしまった。
『そう、それでいい……』
茨が更に絡みつき、信濃を束縛して海の深みへと誘う。それに呼応するように、信濃は夕闇色の海へと身を投じていった。

JSAG司令部。
帰国して報告の終わった星鴉組は、鶴丸より1週間の休暇を言い渡された。
しかし、攫われた信濃が気がかりな4人はそんなリフレッシュをすることができなかった。
後藤は気持ちを落ち着かせるためにひたすらナイトレーベンの改造と整備。
厚はいつ出動命令が出てもいいように、食糧の確保と武器の手入れ。
乱は爆弾の新しい調合や、JSAGに届いていた外国語文書の翻訳。
薬研は加州からもらったDウイルス感染者(信濃)の血液検査。
各々が自分にできることを必死に尽くしていた。
そんな状況のまま、1週間の休日を過ごした星鴉は、信濃不在のまま別の任務に赴いた。

リンクスのアジト。
その最深部に安置されている培養槽。
燭台切が見守る中、ゆっくりと1週間の眠りから目を覚ました信濃がいた。
彼の眼は何かに支配されたように赤く染まり、光を失っている。その様子を見て燭台切は「おはよう、僕らの救世主(メサイア)」と笑いかけた。
まだ寝起きで意識がはっきりしていないのか、信濃は目を閉じる。
燭台切「ああ、寝ちゃだめだよ」
太鼓鐘「あのハルシオン入りの培養液に浸かっているから、眠りが深いのかな」
燭台切「信濃くん、起きて」
信濃「……ミカエル、さま?」
再び目を開けた信濃が起き抜けに発すると、燭台切は頷いた。
燭台切「うん、そうだよ。さあ、起きて……そろそろお腹が空く筈だよ」
信濃「おなか……」
燭台切「うん、ほら……」
眼前で燭台切は自分の手首を切り、見せつけるように血を床に滴らせた。
その血に反応して、信濃は培養槽にドンと手をついて目を瞠る。
燭台切「伽羅ちゃん」
伽羅「ああ」
燭台切の背後で、伽羅が培養槽のロックを解除すると、培養液が一気に抜かれて、あっという間に中は空になった。続けて、僅かな蒸気を出して培養槽の前面が横にスライドして開く。
すると、信濃は手首と足首に繋がれた鎖を引き千切り、燭台切の腕を強引に掴んだ。その瞬間、燭台切は「そんな乱暴に扱っちゃだめだよ……めっ!」と注意すると、信濃は開きかけた口を閉じて硬直した。しかし、その眼光は未だに手首から流れ出る血を見つめている。
伽羅「光忠、焦らしてやるな……飲ませてやれ」
燭台切「それはだめだよ、伽羅ちゃん。僕はボスからこの子の教育係になるよう指示を受けてるんだから」
伽羅「だからと言って、覚醒して間もないDウイルス適合者を虐めるな……教育係というよりは、鬼教官だ」
太鼓鐘「あはは、伽羅言い過ぎだぜ……まあ、でも……確かにソレは結構キツイぜ、みっちゃん」
燭台切「うーん、僕はボスの言う通りにしてるんだけどな」
太鼓鐘「ひえ~、てことは、ボスは”お気に入り”には結構ドSなんだなー、こわいこわい」
伽羅「(ボスがそう指示しているなら、仕方ないか)・・・で、いつまでおあずけするつもりだ?」
信濃「~~っ!」
それまで黙っていた信濃が、耐えきれない表情で燭台切の腕を掴んだまま燭台切を凝視する。その切羽詰まった眼差しに観念した燭台切は、彼の口元に手首を持っていき「飲んでいいよ」と告げた。
それを合図に、信濃はゆっくりと味わうように燭台切の手首の傷を舐め、傷口に牙を埋め込んだ。
燭台切「……」
太鼓鐘「……
伽羅「……」
信濃がひたすら吸血をする様を、3人は観察する。
しばしの沈黙の中、信濃が血液を時間をかけて少しずつゴク、ゴクと嚥下する音だけが部屋に鳴り響いた。
信濃「……」
ひと通り堪能して満足したのか、信濃は燭台切の腕を放した。
燭台切「あーあ、起き抜けに1Lも一気飲みされちゃったよ。500ccでも多い方なのに……ちょっとクラっとしちゃうなぁ。貞ちゃん、後で少し血をもらってもいいかな」
伽羅「この前も貞からもらっていただろ。冷蔵庫にあるラファエルの血で我慢しろ」
燭台切「あー、そうだね。あんまり貞ちゃんからもらうと貞ちゃん貧血で倒れちゃうもんね。たまには伽羅ちゃんがくれればいいのに」
伽羅「馴れ合うつもりはない。そういうことは貞とやってくれ」
燭台切「あれ? さっきと言っていることが違う気が・・・」
伽羅「貞の血を”今は吸うな”って言ってるんだ。お前分かってて聞いているだろ」
話している2人を余所に、満腹を得て微睡み始めた信濃を、太鼓鐘がソファーに横たわらせる。
太鼓鐘「みっちゃん、これからどうする? 信濃また寝ちゃったぜ」
燭台切「いいよ、しばらく眠らせてあげて。目が覚めたら、いっぱいやってもらうことがあるから」

翌朝、FBIの国家保安部の応接室にて。
副部長「あれだけの人員と費用をかけたというのに、収集した新型ウイルスの……えっと、Dウイルスだったかね? あれの情報がDウイルス感染者の血液1つと、君の部下たちによる報告書のみってのはどういうことだい?」
蜂須賀「……申し訳ありません」
副部長「おまけにJSAGから派遣されてきた星鴉の1人が拉致られただって? あのね、今回ウチから要請してわざわざおいでなすったんだよ、日本のエージェントさんが。それを阻止すらできないなんて……FBIとして情けないとは思わないのかい」
蜂須賀「……」
副部長「やれやれ……ハイドレンジア(加州&安定)はホント使えないね。前にも言っただろうけれど、あの2人は処分した方がいいんじゃないのかい?」
蜂須賀「いえ、それは……」
副部長「まあいいさ、それは私じゃなく上が決めることだからね……ああ、もう行っていいよ」
応接室を出て歩く蜂須賀。
そんな彼とすれ違った女性職員2人が、通路の隅でひそひそと話し始めた。
職員A「ああ、私の癒しのイケメンさんが、あんな暗い顔を~! また嫌味よ、ほんと副部長っていや」
職員B「先輩、どうして副部長は蜂須賀さんたちを責めるんですか? 加州くんと安定くんだってがんばっているのに」
職員A「副部長が根に持っているのよ、蜂須賀さんが出世話を断っただけなのに」
職員B「出世話!?」
職員A「なんでも、副部長さんが”ハイドレンジアの管理はやめて、私の補佐にならないか?”って誘ったそうよ。給料も3倍になるぞ、とか言って」
職員B「ええええええ、2倍ってすごいわね。でも、そうだとしても私は嫌だわ」
職員A「でしょ? それを蜂須賀さんは断ったのよ。ハイドレンジアの管理ができるのが蜂須賀さんしかいなかったし、空席となるハイドレンジアの管理者は誰が務めるんですか?って蜂須賀さんが聞いたら、あの副部長が”化物の管理なんてバカバカしい、処分でいいだろ?”って言い放ったそうよ」
職員B「ええええええっ、ひどい!?」
職員A「でしょ? それを聞いた蜂須賀さんね、珍しく激昂して”ひとの命をなんだと思ってるんだ!”って言い返したそうよ」
職員B「さすが蜂須賀さん、かっこいい!」
職員A「で、その時の出来事を根に持っていて、ハイドレンジアのことで何かある度に応接室に呼び出して嫌味たっぷりに説教しまくるのよ」
職員B「うわあ、サイテーだ」
職員A「……ね、最悪よね。あんなイケメン虐めるとかホント地獄に落ちればいいのに」
職員B「先輩、顔がマジですよ」
職員A「あ、つい本性が……ああ、この件はハイドレンジアの2人には内緒にしてね」
職員B「イエッサー、先輩!」
加州「ねぇ、安定知らない?」
職員B「ふぁあ!? 加州くん!? ああ、彼なら談話室の方に行ったわよ」
加州「ありがと~」
職員B「ひゃあああ~っ!」
倒れそうになるBをAが支えるのを背に、加州は談話室へと向かった。
安定「あ、清光」
加州「ほら、スターボックスのダークカフェモカクリスターノ買って来たよ」
安定「わーい、ありがとう」
加州「それと蜂須賀さんが2時間後に話があるって言ってたよ」
安定「うわー、説教かな。今回、僕等……それなりにがんばったんだけれども」
加州「大した成果はあげられなかったからね……まさか血液中のウイルスがたった4、5時間で死滅するなんて思わないじゃん」
愚痴りながら互いに片側の肩をくっつけて溜息をつく。
ぼんやりと時計を眺めていると、急にアナウンスが鳴った。
アナウンス『Ooops, FBI’s important files are encrypted for Nanoish.』
加州「FBIの重要なデータが暗号化された!?」
アナウンス『your system has been taken over by Nanoish.』
安定「Nanoish(ナノイッシュ?)……によって、FBI(僕等)のシステムが乗っ取られた!?」
職員C「おい、俺のパソコンがブラックアウトしたぞ!」
職員D「システムが乗っ取られた所為でカードキーが効かないぞ!」
本部長「システム管理者を呼べ、今すぐにだ!」
騒然とするオフィス。その最中、2人は蜂須賀のもとへと向かった。
安定「蜂須賀さん!」
加州「なんかシステムが乗っ取られたって!?」
蜂須賀「……ああ、最悪だ。お前たちのPCはどうだ?」
デスクにある自分たちのPCを開くが、パソコンはブラックアウトしていた。
安定「だめだ、何を押しても反応しない」
加州「再起動しても直んないんだけどこれ」
蜂須賀「ここだけじゃない、電話によると、各支局のPC機器やシステムが乗っ取られたらしい。組織のサイバー捜査官が復旧作業をしているが、今のところ回復の目途は立っていない」
副部長「蜂須賀くん、ちょっと来たまえ」
蜂須賀「!……はい。お前たち……今日はもう帰っていいぞ」
加州「え」
安定「ちょ、こんな緊急事態なのに!?」
副部長「お前たちが残ったところで邪魔なだけだ、蜂須賀の言う通り、さっさと帰りたまえ」
安定「なんだって!」
加州「安定……いいよ、帰ろう」

帰り道の途中、スターボックスカフェにて。
安定「あ~、ほんとあいつムカつくぅ!」
加州「ひどいんだよ、俺たちの苦労なんて知ったこっちゃないって感じでさ」
堀川「まあまあ、2人とも」
和泉守「おいおい、急に呼び出されて何かと思いきや、FBIの愚痴かよ」
安定「だって本当に腹が立つんだもん! そりゃ、僕等はシステムのことなんてさっぱりだよ」
加州「俺も簡単なものくらいしか分かんないかな」
和泉守「そういうことを齧ってんのは国広くらいじゃないのか?」
堀川「さすがに、僕も専門的なことは分からないよ、兼さん。少しインフラ構築ができる程度だからね」
和泉守「とにかくアレだな……俺もそうだが、今からお前たちが勉強したところで、そういったシステム問題を解決できるわけがない」
安定「えー、じゃあ指を咥えて見てろって言うの?」
和泉守「そうじゃねー。別にお前らがダメとは言ってねーだろうが。そういった人材を見つけて、お前らの部下にすればいいんだよ」
堀川「兼さんの言う通り、ITに聡いひとをハイドレンジアに入れればいいんじゃないかな」
安定「でも、ITに強いなんて、どうやってレベルを図ればいいのか分からないよ」
和泉守「そうだな……なんか良い案件があればいいんだが・・・」
TV『緊急速報です、アメリカ全土で銀行の勘定系システムがダウンしております。これにより、銀行の窓口業務・インターネットバンキング・ATMなど、銀行の対顧客サービスや決済システムが使用できず、世界は大混乱に陥っております』
堀川「ええええ、大変だよ兼さん!」
和泉守「……勘定系システムがダウンってことは」
安定「システム復旧しないと、僕たちお給料もらえないじゃん」
和泉守「それだけじゃねぇ。Awazonとかで買い物したり、例えばここのスターボックスの決済をカードとか電子マネーでできねぇってことだ」
堀川「・・・どうしよう兼さん」
和泉守「どうした、国広?」
堀川「僕、カードと小切手しか持ってない」
和泉守「おいおい、まだ大統領の子息だった頃のカードしか持ちません症候群直ってねーのかよ!?」
堀川「そういう兼さんも、現金持ち歩いていないよね?」
安定「え、持ってないの?」
堀川「うん、兼さんはいつも電子マネーだよ。ほら、ワッフル社のワッフルパイ」
安定「えー、それしか持ってないの?」
和泉守「・・・なんだよおかしいかよ」
加州「とにかく良い案件を見つけた、行こう安定! これを機に優秀なITエンジニアを捕まえる!」
安定「ラジャーっ!」
ダダダダダーっと店を出ていくハイドレンジアの背中を眺める2人。
和泉守「なんだあいつら……たく、呼び出しておいて」
堀川「いつものこうだね、兼さん……ところで」
和泉守「ん?」
堀川「ここのお題……どうしよっか」
和泉守「・・・(゚Д゚;)!?」
↑電子マネーしかもってないひと。
堀川「・・・(;^_^A」
↑クレジットカードしかもっていないひと。
和泉守「あいつら~っ! ち、仕方ねぇ!」

📞~📞~📞

歌仙『はい、もしもし?』
和泉守「之定、今どこだ?」
歌仙『ニューヨーク支部で仕事しているよ。ほら、さっきのニュースがあっただろう? それの調査に協力中でね』
和泉守「・・・」
歌仙『どうしたんだい?』
和泉守「なんでもねぇ、間違い電話だ」
それだけ言うと電話を切り、デスクにあったコーヒーを飲み干して項垂れる。
和泉守「之定はダメだった」
堀川「大丈夫だよ、兼さん! 今兄弟を呼んでるから!」

📞~📞~📞

山姥切『なんだ?』
堀川「あ、兄弟? ちょっとお願いがあるんだけど……今どこにいる?」
山姥切『お前たちの後ろだ』
堀川「・・・え」
和泉守「は?」
山姥切「(電話を切りながら)ここにいるぞ」
2人「うわあ!?」
和泉守「お前いつからそこに!?」
山姥切「お前たちが来る前からだ」
和泉守「……サングラスの所為で分からなかった。なんでそんなもんかけてんだよ」
山姥切「DSOのエージェントがお忍びでスターボックスに来ているんだ。これくらい当然だろう」
堀川「ああ、兄弟ありがとう! お願い、10$貸して~っ!」

燭台切「……すごいね、君の構築したNanoishは。その名の通り、小人のように穴を抜けて見事FBIのシステムを乗っ取ったし、一国の金融機関のシステムをダウンさせた」
信濃「……」
燭台切「まだ君のサイバーテクニックを見ていたいけれど、そろそろ狩りの時間だよ。イタズラはその辺でやめにしようか」
信濃の肩に手を置き、燭台切は次のステップへと促す。
信濃「・・・狩り?」
燭台切「うん、さあ……日本へ行こうか」

JSAG司令部。
鶴丸「はあ、とんだ難題をフラれちまったな」
鯰尾「鶴丸さん?……一体どうしたんですか?」
鶴丸「警視庁の副総監から、”何もない日は暇だろ? 夜間の見回りくらい手伝え”とか言われた・・・たく、JSAGのことを便利な警備会社だとでも思っているのかあいつらは」
鯰尾「……ほんと、こんな時に何を考えているんでしょうかね」
鶴丸「バカバカしい話だがいつも無碍にしているからな……3ヵ月に1回くらいはやってやるか」
鯰尾「俺は構いませんよ、鶴丸さんの面子もありますし」
鶴丸「はは、助かる。だが残念ながら君は俺の補佐官だからな、夜間警備には出られない」
鯰尾「えー・・・ま、まあ、そうですよねー」
鶴丸「鳴狐たちにメールは送っておいた。なーに、ぼーっと突っ立て時間が過ぎるのを待つ仕事だ」
鯰尾「……鶴丸さん、それはもう仕事じゃないです」
この時、鯰尾は思いもしらなかった。兄弟たちの身に降りかかる危険を・・・。

JSAG司令部。
鶴丸「はあ、とんだ難題をフラれちまったな」
鯰尾「鶴丸さん?……一体どうしたんですか?」
鶴丸「警視庁の副総監から、”最近国内は何もなくて暇だろう? 夜間の見回りくらい手伝ってくれないか?”とか言われた・・・たく、JSAGのことを便利な警備会社だとでも思っているのかあいつらは」
鯰尾「……ほんと、こんな時に何を考えているんでしょうかね」
鶴丸「バカバカしい話だがいつも無碍にしているからな……3ヵ月に1回くらいはやってやるか」
鯰尾「俺は構いませんよ、鶴丸さんの面子もありますし」
鶴丸「はは、助かる。だが残念ながら君は俺の補佐官だからな、夜間警備には出られない」
鯰尾「えー・・・ま、まあ、そうですよねー」
鶴丸「鳴狐たちにメールは送っておいた。なーに、ぼーっと突っ立って時間が過ぎるのを待つだけの仕事だ」
鯰尾「……鶴丸さん、それはもう仕事じゃないです」
この時、鯰尾は思いもよらなかった。兄弟たちの身に降りかかる危険を・・・。

その夜、鶴丸の指令を受けた粟田口チルドレンは2人1組となって都内の見回りをしていた。
鳴狐「……」
お供の狐「時刻は23時。さあて、いよいよ楽しい夜の警備ですな~」
五虎退「久しぶりに東京に来ましたけど、本当に広いですね」
お供の狐「いつもは常陸国の北部におりますからねー」
五虎退「こんな時間でも明るいですね」
鳴狐「不夜城」
お供の狐「賑やかなところです。さてさて、こういった賑やかなところよりも、人目につかないところを警備しようということで、司令官より警備する場所の指定を受けております。今回我々が警備するのは代々木公園です」
鳴狐「もう少しで着く」
公園に着くと、何をするでもなく散歩するかのように2人と1匹はテクテクと歩いていく。
五虎退「虎くんも連れて行きたかったなぁ」
お供の狐「ははは、仕方ないです。小さいとはいえ、虎ですから。私はマフラーとして誤魔化せますが、虎5匹は難しいでしょう」
鳴狐「また今度」
五虎退「はい、また今ー」
ずきゅん!と銃声がした。
その瞬間、鳴狐の肩から血が噴き出る。
お供の狐「銃!?」
鳴狐「っ!……敵!?」
五虎退「危ない!」
鳴狐の背後に回った黒装束に身を包んだ敵が、追い打ちをかけるように間近で銃を撃った。その重い鉛玉は鳴狐だけでなく、五虎退にまで貫通した。
お供の狐「な、なななななっ!? まさか鳴狐と五虎退が先手を取られるなんて!?……鳴狐、五虎退、しっかり!」
五虎退「か、身体が、痺れて……っ」
鳴狐「ま、麻痺……くっ」
お供の狐「鳴狐、しっかりしなさい、目を覚ましなさーー!?」
ドゴ!
2人と1匹を鎮めると、黒装束に身を包んだ敵は2人の足を引きずり、人気のない茂みへと入っていった。

24時頃、井の頭公園にて。
秋田「久々に、茨城以外のお空を見れると思ったのに、なんか曇ってて空がよく見えない」
博多「都会ば空気が少し澱んどるたい、仕方なか。そんにしても幸運たい。ここに博多とんこつの拉麺屋が~、帰りに食べにいかんね?」
秋田「寄り道して、一兄や鶴丸さんに怒られないかな?」
博多「よかよか~、土産でも買っていけばええ……お、あの木の下になんかあるばい」
秋田「なんか?……っ!?」
博多「!・・・鳴狐、五虎退!」
驚愕する2人の視線の先に、血まみれの2人が横たわっていた。
秋田「鳴狐さん、五虎退!……しっかり!」
博多「い、一体誰がこんなことを!?」
急いで駆け寄り、安否を確かめる秋田と、周辺を見渡して不審者がいないか確認する博多。
秋田「頸動脈を掻っ切られてて、ひどく出血してる……早く助けを呼ばないと」
博多「ちょっと待つばい。今、電話するけんね……っ!?」
そう言って電話を取り出したところで、博多が消えた……否、木の上に潜んでいた何者かによって上へと消えたのだ。
たまたま博多に背を向けていた秋田は、急に襲ってきた静けさに顔を青くしながら振り向くが、そこには誰もいない。しかし、その代わりに頭上から鮮血の雨が降り注いだ。
秋田「!?……博多!?」
博多が大きな幹に吊り下げられており、そして幹の上には赤い眼をした暗影がいた。
秋田「ひっ!?」
とっさに後ずさるが、仲間を見捨てるわけにはいかないと敢然と立ち向かう秋田。そんな彼を嘲笑うかのように、地面にしかけられていた蔓が彼を逆さにして幹に吊り上げた。
秋田「っ!?・・・(しまった、これは罠!?)」
反動をつけて足首の蔓を切って抜け出そうとするが、それは敵わなかった。暗影に持っていたナイフを蹴り飛ばされたからだ。
秋田「っ!?」
それでもなお罠から抜け出そうとする秋田だったが、影に頚椎を咬みつかれた瞬間、何もできなくなった。

深夜零時頃、六義園にて。
前田「ここは、昔ながらの日本庭園のようで、なかなか赴きを感じますね」
平野「そうなんです。東京に赴くと、いつも鶯丸様がここの近くにあるお茶屋に連れて行ってくださいました」
前田「僕も出張がある度に、大典太さんとよく甘味処に行きます……でも、最近別件でお忙しいようで、なかなか時間が取れないようですが」
平野「前田のところもですか。実は僕のところも、最近あまりご一緒することができなくて……ん?……あそこの木に何かついてますね。大きな寝袋でしょうか?」
前田「寝袋?」
木に吊り下げられた2つの寝袋を、2人で切り落とした。
前田「不審物……ですかね? 何が入っているんでしょう?」
平野「秋田!?……前田、秋田が中に!? それも血だらけです!」
前田「こっちには博多が!」
??「やあ、待ってたよ」
驚愕している2人の背中に瞬時に回り、それぞれの首を片手で絞める黒い影。右手には力を込めて、左手は抑えるだけに留めた。
平野「……っ!」
前田「平野!?……あぐっ!?」
強く締め付けられて酸欠を起こした平野の意識がガクッと落ちるのを確認すると、捕縛者は嗤って秋田と博多と同様に転がせる。
前田「っ!?」
そして、抵抗を続ける前田の首筋に牙を埋め込んだ。

丑三つ時、お台場海浜公園にて。
包丁「あー、もう帰ってお菓子が食べたいよ~!」
毛利「ふぎゃ~、駄々をこねるウチの子かわいい~っ!……じゃなくて、あと4時間ですから、我慢しましょう?」
包丁「渋谷においしいクレープ屋さんがあるって聞いたぞ。帰りにクレープ買って帰ろう!」
毛利「残念ながら、この時間にクレープ屋さんは営業しておりません」
包丁「が~~~ん!? じゃあ、俺たちなんのためにここに来たの!?」
毛利「別にクレープを食べに来たわけじゃないですよー、夜間の警備業務として巡回しているだけだから」
包丁「なんだよそれ、俺たちアコムみたいじゃん!
毛利「いえ、セコムです! アコムはローン! ちなみに僕はアルソック派です!」
包丁「アトムはローン? うわ~、怖い。正義の味方が最強の取り立て屋に!?」
毛利「アトムじゃないですよ~って、そんなかわいいボケをかますウチの子かわいい・・・!っ包丁、危ない!」
包丁「ん?」
毛利に突き飛ばされ、階段から足を踏み外した包丁は砂浜の方へと落ちた。
包丁「いてて、いきなりなにすん……っ!?」
衣服の砂埃を払いながら見上げると、そこには何者かに羽交い締めにされて首筋を咬まれている毛利がいた。
毛利「あ……っぐっ!?」
咬まれた瞬間に麻酔でも入ったのか、筋肉が弛緩して毛利は抵抗ができない。捕縛者が手を放すと重力に引かれてその場に崩れ落ちた。
毛利「ほうちょ、う……に、にげ……」
包丁「毛利!?」
兄弟の身を案じて必死に逃げるよう言い残し、最後の力を振り絞って煙幕玉を投げて気絶する毛利。一瞬怯んだ包丁は彼の意に従い、背を向けて必死に駆けだした。
包丁「はあ、はあ、一兄に報せなきゃ!」
走りながら通信機を取り、一期一振に電話をかける。

📞~📞~📞

一兄「包丁? どうしたんだい?」
包丁『一兄、たすけて!』
切羽詰まった弟の叫びに、一期一振は席を立ちながら「今どこだ!?」と居場所を聞くが、返ってくるのは銃声と通話が切れた音だけだった。

📞~📞~📞

包丁「あ……ああっ!?」
的確な狙撃だった。手に持っていた通信機を一撃で破壊した銃の腕。そして、走っている間に熱くなって脱ぎ捨てたのか、自分のよく知っている兄弟がそこにはいた。
包丁「し、信濃兄!?」
信濃「……」
包丁「(な、なんだあの赤い眼!?)……ま、まさか操られてるの!?」
信濃「……」
冷笑を浮かべて銃をしまう信濃に、包丁は冷や汗をかいて固唾を飲み込んだ。
戦慄する……自分の兄はこんなにも冷めた顔をした怖い人物ではなかった筈だと、そして、そんな兄を変えてしまったのは報告にあったDウイルスに間違いないと。
包丁「お、俺が信濃兄の正気を取り戻さないと!」
より戦闘に特化されてつくられた挙げ句、日々実戦を積んできた兄に勝てるとは思ってはいなかった。ただ、少しでも可能性があるならば、と背水の陣に立たされた包丁は奮起して持っていた手刀を構える。
すると、2人の様子を観察していた燭台切が称賛と揶揄を込めた拍手を彼に送りながら現れた。
燭台切「はははは、勇敢だね……今宵の最後の獲物にしては骨がなさそうだなって思ったけれども、思ったよりも逞しくて感心しちゃったよ」
包丁「だ、誰だお前!?」
信濃「餌の癖にミカエルさまに馴れ馴れしく口を開くな!」
包丁「っ!?……っ、なにが”ミカエルさま”だよ!? しっかりしてよ、信濃兄!」
ずっと黙っていた信濃に威嚇され、包丁は慄いたが、負け時と声を荒げた。
燭台切「ムダだよ、包丁くん。ああ、そうそう……信濃くん、この子の血を吸うのを忘れているよ」
太鼓鐘「おらよ」
信濃の足下に、太鼓鐘が引き摺りながら持ってきた毛利を投げる。
包丁「毛利!?」
太鼓鐘「ほら、信濃……遠慮なく食べていいぞ」
信濃「はい、ガブリエルさま……頂戴します」
深く一礼してから、信濃は毛利の腕を掴んで引き込むとがぶりと咬みついた。酔いしれるように兄弟の血を吸う信濃の様子に、包丁は凍りついたまま目を瞠る。
信濃「……っはぁ、ごちそうさま」
ひと通り吸い終わって毛利を隅の方へ投げ捨てると、”次はお前だ”と言わんばかりに、信濃は包丁に向き直り、ゆっくりと歩み寄る。
近づいてくる信濃を見ていた包丁だったが、置かれた自身の状況に気づき、必死に地面を蹴って逃げた。
太鼓鐘「あーあ、逃げちゃったぜ?」
燭台切「心配いらないよ……逃げられるわけがないからね」
包丁「はあ、はあ……っ!(早くこのことを伝えないと)」
全速力で逃げる包丁。
小さくなっていく背中を眺め、嗤う3人。
包丁「あぐっ!?」
角を曲がった先で、包丁は誰かにぶつかった。
そこにいたのは、彼がこの事態を真っ先に伝えたい人物の一人だった。
鶴丸「包丁?……驚いたぜ、いきなり飛び出してきてどうした」
包丁「司令官!? た、たすけて、信濃兄が!」
鶴丸「落ち着け、一体どうしたんだ」
喚き騒ぐ包丁に、冷静になるよう促す鶴丸。
包丁「司令官、海浜に信濃兄と、変な奴らが!」
そう言って鶴丸の手を引き、包丁は鶴丸を信濃たちのいる海浜へと導く。信濃の姿を目に留めた鶴丸は「お、信濃?」と軽く反応する程度で、特段驚きはしなかった。
包丁「司令官、あいつらが信濃兄を操って毛利をっ!」
鶴丸「……てことは、お前は”まだ信濃に血を吸われていない”ってことか」
包丁からしてみれば、初めて聞く鶴丸司令官の冷めた口調だった。それに違和感を抱いた時には、もう既に遅く、包丁は鶴丸に両腕を背中に回されて拘束されてしまった。
包丁「いたっ!?……司令官!?」
燭台切「ありがとう、鶴さん。そのまま抑えててもらってもいいかな? 信濃くんが吸いやすいように」
鶴丸「おう、いいぜ光忠。さあ、信濃……最後のデザートだぜ? たっぷり味わえよ?」
信濃「はい、ラファエルさま」
包丁「ひっ!? やめて、いやだいやだ! しっかりしてよ信濃兄!」
声が嗄れそうになるほど慟哭をあげるが、彼が歩みを止めることはなかった。
金切り声をあげる弟の首筋に咬みつき、信濃は血を吸う……その様はまるで吸血鬼のようだった。

あの惨状の後、鶴丸のもとへ鯰尾がやってきた。
鯰尾「鶴丸さん!」
鶴丸「鯰尾、無事だったか。……すまない、俺が駆けつけた時には既にこうなっていた。傷は治癒したみたいだが、失血がひどい……JSAG司令部の医療施設にすぐ搬送しなければ」
鯰尾「わかりました、俺が2人を運びます。他の兄弟も襲撃を受けたようで、そちらは一兄と骨喰が対応しておりますので」
鶴丸「ああ、わかった」
JSAG司令部の医療施設に運ばれた8名の粟田口チルドレンは、全員が持ち前の治癒体質で傷は治ったものの、朝になっても意識は回復しなかった。
輸血が必要と判断した鶴丸は、イギリスの要請を受けて出動していた星鴉に帰還の指令を出した。
そして、鶴丸と鯰尾が事件の内容を内閣総理大臣である皆川総理に報告するための資料を作成する中、一期一振は病室で眠っている弟たちを見ながら、思考を張り巡らせていた。
一兄「……(粟田口チルドレンを狙った何者かの犯行とはいえ、こうもタイミングよく別の場所にいた兄弟たちを一夜のうちに手をかけることが、果たして可能なのだろうか。まさか、情報が漏れていた?……いや、でもここの情報セキュリティはとても高い。よほどのハッカーでないと破れないようにと、信濃が構築した筈だ。もちろん、開発者である信濃でさえ、そのセキュリティは鶴丸殿と三日月殿と皆川総理の3名がそれぞれに持つパスコードが必要だ。そう考えると、情報がハッキングによって漏洩するとは考えにくい……だとすると)」
考え抜いた末に、一期一振は情報を流した内通者がいたのでは?と予想した。そして、その内通者を突き止める為動き出した。

その夜。
一期一振は書類をまとめたファイルを手に、司令官室へと訪れた。
鯰尾「皆川総理もいろいろと詳細が気になっているようですが、まだ内容は俺たちも把握しきれてないですよね? ひとまず調査中でいいですか?」
鶴丸「ああ、それで構わない。後は俺の方でうまくまとめておく。皆川総理の後は、顧問2人にも俺から報告する」
コンコン(ノック音)
鯰尾「はい」
鶴丸「入っていいぞ」
一兄「鯰尾、席を外してもらえないかな。鶴丸殿と少々お話ししたいことがある」
鯰尾「え、でも……」
鶴丸「俺は別に構わないぜ、鯰尾。彼の言う通り、席を外していい」
鯰尾「……分かりました。では、俺はドアの前に控えておりますので」
鶴丸「いや、あの様子だと長くなりそうだ。終わったら声をかけるから、これでも飲みながら談話室で待っていてくれ」
鯰尾「分かりました」
鶴丸からカフェラテの缶をもらった鯰尾が出ていくと、一期一振は毅然とした面持ちで鶴丸に向き直った。
鶴丸「お、なかなか凛々しい表情だな……一体どうしたんだ、一期一振」
一兄「鶴丸司令官殿、ひとつ確かめたいことがあります。貴方はいつから”あっち”側なのですか?」
鶴丸「……(。´・ω・)ん?」
一兄「貴方はリンクスの幹部なのではないですか?」
鶴丸「これは驚いた……そう詰問するってことは、なにか証拠があるのか?」
一兄「……まずは、これを見ていただきたい」
鶴丸「ん?」
一兄「あなたのメール履歴を調べさせていただきました」
鶴丸「なかなかの越権行為だなー、一期。よく俺のパソコンのパスワードが分かったな……さては鯰尾に聞いたのか?……いや、鯰尾は優秀だ……いくら兄のお前が頼み込んでも、教えはしないだろう」
一兄「仰る通り、鯰尾は教えてくれませんでしたよ。補佐官としてあなたが抜擢して育成しただけのことはありますね。ですが、メールはメールサーバーというものに残りますからね、あなたのパソコンを直接調べる必要はなかった。メールくらいなら、私の権利で閲覧することが可能でしたし」

鶴丸国永と一期一振が対峙する中、鯰尾は談話室で休んでいた。
鯰尾「……眠い」
時刻はもう23時……もう少しであの事件から1日が経過しようとしていた。昨日から寝ていないものだから疲労困憊だった。
鯰尾「……」
燭台切「君が鶴さんの”お気に入り”かー」
鯰尾「っ!?」
急にかけられた声に、鯰尾がハッと振り向くと、そこには燭台切がいた。
燭台切「ああ、驚かせちゃってごめんね。僕、鶴さんに呼ばれて来たんだ。鶴さんから聞いてない? 僕、燭台切光忠……よろしくね」
鯰尾「あ、お久しぶりです。あれ? 明日来るって聞いていたんですけど……」
燭台切「急いだ方がいいかなって思って、メキシコから駆けつけて来たんだ」
鯰尾「メキシコ!? それはありがとうございます。俺、鶴丸さんの補佐官兼護衛役を務めている鯰尾藤四郎です」
燭台切「うん、鶴さんからよく聞いてるよ。よくやってくれる子だって」
鯰尾「え、そうなんですか……なんか恥ずかしいですね」
燭台切「鶴さんの部屋まで案内してくれないかな?」
鯰尾「ええ、いいですよ」
早速とばかりに飛び起きて快く案内しようとする鯰尾。彼が廊下へ通ずるドアを開けると、そこには信濃がいた。
鯰尾「!……信濃っ!?」
驚くのも無理はない。拉致られていた自分の兄弟が眼前に立っているのだ。信濃は人懐っこい笑みを浮かべながら、兄の胸元へと抱きつく。
信濃「へへ、ずお兄の懐だ~♪」
懐に抱きつかれてよろける鯰尾を、背後にいた燭台切が支える。
鯰尾「!?」
燭台切「鶴さんのお気に入りだから、あんまり乱暴にしないようにね、信濃くん」
信濃「はーい」
たじろぐ鯰尾の手首を咬み、信濃は血を堪能する。その途端他の兄弟たちと同様、遠ざかっていく鯰尾の意識。
鯰尾「し……な、の」
信濃「……はは、おいしいよ鯰尾兄さん」
燭台切「この子は疲労がひどいみたいだし、1Lで勘弁してあげようか。足りない分は他で補えるから」
信濃「うん」
指示通り1L飲み干すと、信濃は鯰尾から離れた。燭台切は信濃をソファーへ寝かせると、彼の口元に錠剤を入れる。
信濃「なにしてるの?」
燭台切「増血剤を服用させてるんだ……失血死したら大変だからね。さあ、次へ行こうか」

鶴丸「で? 俺のメールを盗み見て、一体何がわかったんだ?」
一兄「いいえ、詳細は分かりませんが、あなたがサーバーに保存されていたメールを幾つか削除したログを取りました。いずれも日付はまばらですが、そもそもメールを削除する行為そのものが規律違反です。何らかの不正を隠蔽したに違いないでしょう。間違えて消した、または悪戯メールだったと言い訳はさせませんよ。自分のPCに受信されたメールだけならともかく、サーバーに残ったメールまで削除する必要がありませんから」
鶴丸「……」
一兄「それだけではありません。今回私の弟たちが襲撃された場所ですが、皆貴方の指定した場所で被害に遭っている。これが明確な証拠です。今回警察長官殿から送られてきたメールは私も拝見しております。しかし、そこには詳細な場所の指定などなかった……貴方が設定した日時の場所に警備に向かった弟たちは、何者かに襲われた」
鶴丸「すごい偶然だな」
一兄「偶然ではありません……これは貴方が画策した必然です」
鶴丸「……ははは、さすがだなぁ、一期。でも、まだまだ詰めが甘いぜ?」
一兄「!」
銃を構える音が響き、一期一振は背後を一瞥した。そこには信濃がおり、自分の背中にハンドガンを向けていた。
一兄「し、信濃……っ」
鶴丸「まだ撃つなよ、信濃」
信濃「はい、ラファエル様」
一兄「後藤と薬研の報告通り、目が赤い……私の弟に一体何を」
鶴丸「ははは、良い顔だな一期。悪いが、それを教えることはできないんだ……ボスに怒られちまうからな」
一兄「なぜです、なぜあなたが!? みんなあなたを慕っておりました。そんな貴方がどうしてリンクスなんかにっ!?」
鶴丸「なぜ、ね。それを聞いてどうするんだ君は。正当な理由があれば許してくれるとでも言うのかい?……違うだろう?」
一兄「……」
鶴丸「ああ、それと今夜君に詰問されるのは安易に予想できた。君のことだから、俺の真意を問い質そうとするだろう……俺をまだ信用していたいって気持ちがあるはずだ……まあ5年も一緒にやった仲だからな。まだ誰にもこのことを話していないんだろう?……君は詰めが甘いからな」
一兄「!?……今私があなたを問いただしているこの状況も、貴方が仕組んだことだと?!」
鶴丸「……ああ、そうだ。現にタイミングよく来たじゃないか。昨夜君の弟たちを傷つけたハンターが」
一兄「!?……信濃にそんな残酷なことを!?」
鶴丸「……いいじゃないか、殺したわけじゃないんだし。それに信濃からすれば、ただの食事なんだよ」
一兄「!?」
背後から急に撃たれ、一期一振は崩れ落ちる。
鶴丸「おいおい、まだ撃っていいとはいってないだろう?
信濃「血、まだ足りない……」
鶴丸「そうかそうか……鯰尾の分が足りなかったからな」
一兄「!……まさか鯰尾はもう?」
鶴丸「安心しろ、命に別状はない筈だ」
一兄「くっ……」
鶴丸「まだまだ話すことがあったとは思うが、まだ目が覚めたばかりの同胞には大量の血が必要でな。悪いが、ここまでにしてもらおうか……信濃、もういいぞ」
信濃「へへ、やった♪」
一兄「っ!?……し、信濃!……く、う」
首筋に咬みついて血を貪る信濃の姿を眺めながら、鶴丸はパソコンのキーボードを滑らかに打っていく。
一兄「し、信濃……くっ、やめなさい」
鶴丸「驚いたな、まだ意識を保っていられるのか。でもムダだ、君の声は信濃には届かない」
一兄「信濃、信濃、信濃っ!(ムダだと誰が決めつけたのか。私は自分の意識がある限りお前を呼び続ける)」
信濃「……」
一兄「くっ……う」
信濃「一兄……血、おいしい」
大量の血を啜り、嗤う信濃。
歯止めの効かなくなった彼が吸血する音だけが、部屋に響く。
信濃「・・・ごちそうさま」
満足そうな笑みを浮かべて、一期一振から離れる信濃。
鶴丸「よし、じゃあ行くか……」
信濃「はい、ラファエル様」
鶴丸に銃を向けて連行する信濃。鶴丸が部屋を出ると、信濃はカメラを一発で撃ち壊した。
鶴丸「よーし、ご苦労。さぁてと」
一度部屋に戻ってパソコンを取る鶴丸。その後ろで、信濃は倒れている兄を眺めていた。
信濃「(……あれ、どうして一兄、倒れてるの?)」
うっすらと赤く霞んでいた視界が少しずつ晴れていき、信濃は兄を手にかけたことに気づいた。
信濃「(い、一兄!? まさか俺がっ!?)」
後ずさり、鶴丸にぶつかる信濃。
鶴丸「おっと……どうした?」
信濃「っあ……ああ」
鶴丸「……?」
信濃「……ど、どうして俺はこんなことをっ!」
鶴丸「驚いたな……まだそんな意識が残っていたとは」
信濃「う……うう、どうして俺を操ってこんなことを」
鶴丸「ははは、責任転嫁はよくないぜ? おなかが空いて自分で兄を手にかけたというのに……それと君、誰に向かって銃を向けているんだ?」
信濃「……っ!」
銃を向ける信濃を嘲笑い、鶴丸は銃を下ろせと指示すると、信濃の手は鶴丸の意志通りに動いた。
信濃「く……っなんで」
鶴丸「さあ、燭台切が外で待っているんだろう? 案内してくれ……これは命令だ」
信濃「っ!」
とてもつない大きな意志に呑み込まれ、信濃の意識が再び赤い水底へと落ちていく。そして、彼の指示通りに歩き出した。
信濃「こちらです、ラファエル様」
鶴丸「ああ、頼む」
外で待っていた燭台切が後部のドアを開け、鶴丸を招き入れる。そばにいた信濃はその間に助手席へと座り、燭台切は運転席へと戻った。
燭台切「おかえり、鶴さん」
鶴丸「おう、ただいまだな、光坊。2007年に俺がJSAGへ密偵として入り込んでからもう2017年か。丁度10年くらいになるな……相も変わらずかっこいい姿のままだな」
燭台切「鶴さんもね」
鶴丸「10年ぶりの里帰りだ。伽羅坊や貞坊、ボスに会うのが楽しみだぜ」
燭台切「帰ったら歓迎会をしないとね……鶴さんの好きな料理を振舞うよ」
3人が乗った車が出て、1分後入れ違うように黒い車が止まった。
骨喰「三日月、早く!」
三日月「待て骨喰……今ロックを解除する」
施設の扉を開けると、骨喰は一目散に兄弟を探しに奔走した。治療室で寝ている数人の兄弟たちの姿を目に留めて一時は安堵するも、今度は休む間もなく鯰尾と一期一振の捜索に向かった。
休憩室で横たわっている鯰尾を見つけ、骨喰はすぐに駆け寄り状態を診た。少し出血をしているが命に別状はないことが分かり、ほっと胸を撫でおろす。
一方、三日月は司令官室で倒れている一期一振を見つけていた。飛び散った血をよけてそっと彼を運び出した。
骨喰「一兄!?」
三日月「おお、丁度いいところに来たな骨喰。傷は治癒しているんだが、失血がひどかったようだ……治療室に運んでおいてくれないか。俺はその間に管制室で監視カメラを調べてみる。それと、この事を星鴉に知らせてくれ」
骨喰「分かった」
一期一振を骨喰に任せ、三日月は管制室のカメラを確認する。殆どのカメラが壊されて映像が白黒となっていたが、1台のカメラの映像は15分前まで撮影を続けていたらしく、三日月はそのカメラの映像をモニタに出した。
一期一振を撃つ信濃と、その信濃に銃を向けられ、連行されていく鶴丸国永。
戻ってきた骨喰がモニタの映像を見て愕然とした。
骨喰「……そんな、信濃がっ」
三日月「ああ、そうだな(如何にも……信濃がやったように見えるな)」
その後、監視カメラの映像から、信濃が兄弟たちを襲撃し、更には司令官まで拉致したということで内閣は騒然となった。
警察長官が総司令官の不在と、意識不明となっている副司令官の状態を機にJSAGの掌握を狙ったが、それは三日月に阻まれた。しかし、信濃と同じメンバーである星鴉の詰問を行うという防衛省の要請にはさすがに手出しができず、帰国した星鴉は防衛省のもとで一時的に管理されることとなった。

粟田短刀年長組で、唐突なバイオハザードパロディ

粟田口薬研
政府直属暗躍部隊JSAG傘下にある密偵衆エストレイヴェンスのサブリーダーで参謀役。科学にも精通しており、1年前から急増し始めたB・О・W(生物兵器)に使われる「サクリア」を調査している。射撃、近距離戦など、能力のバランスはメンバーで一番良い。

粟田口信濃
エストレイヴェンスの一員で、射撃の天才であり、狙撃手。2年前の任務でメンバーを逃がすために敵に捕まり、生物兵器の被験体とされた。その後遺症で現場から退き、PC等の電子機器を利用したテクニカルオペレーターとして、メンバーをサポートしている。時折聞こえてくる未知の声に悩まされている。

粟田口後藤
5人1組のチームである、エストレイヴェンスのメンバーを統括している。射撃、近距離戦など、能力のバランスは薬研に次いで二番目に良く、バズーカ砲を使っても反動を受けない。

粟田口乱
エストレイヴェンスの一員で、身軽さと跳弾を利用した射撃と、爆弾を駆使したトリッキーな戦い方をする。

粟田口厚
エストレイヴェンスの一員で、近距離戦においての技術・能力は一番高い。先陣をきって薬研と奇襲する特攻役。

<専門用語>
JSAG(Japan Secret Agent Guardian)
政府直属暗躍部隊で、存在は秘匿されている。主にジェイサグと言われている。警察上層部でも存在を知っているのは、警視総監か副総監、警察長官のみ。

サクリア
寄生生命体で、単独では生命を維持できず、短時間で衰弱死してしまう。概ね支配種レクトルと隷属種サヴァンの2種に分けられるが、稀少種レヴェンというものがある。また、サヴァンが、何らかの過程を得てレクトルやレヴェンに進化することもあり、サクリアの階級は必ずしもサヴァンということではない。

サクリファイス
寄生生命体サクリアに寄生された人間の総称で、理性はない。寄生時による肉体強化の影響で身体能力が格段に上がっている。支配種レクトルに寄生された者をレクター、隷属種サヴァンに寄生された者をサーヴァント、稀少種レヴェンに寄生された者をレヴェナントと呼ぶ。上手くサクリアと適合した者は寄生されても理性を失うことはない。

◆サクリアの階級について◆
サクリアには、下記のような階級で分けられるが、現在この情報は、リンクスの幹部以上だけが知っている。

ディバイン(神):鬼丸国綱
メサイア(救世主):信濃藤四郎
ファルシュター(天使)
ミカエル:燭台切光忠
ラファエル:鶴丸国永
ガブリエル:太鼓鐘貞宗
ウリエル:大倶利伽羅
アポストロス(使徒):アルカトラズ島支部所長
ファナティカー(狂信者)=サーヴァント(隷属種)

エンジェルスの燭台切たちは、ディバインから一部の支配権を譲渡してもらっているため、メサイアである信濃の心身に干渉することができる。
鬼丸国綱からすれば、自分の傘下であるサクリアに感染した者は全てサーヴァントであり、その気になれば簡単に心を操ることができ、信濃の中にあるメサイアに呼び掛けていた。
ファルシュターまでをつくったのはディバインであるが、アポストロスとファナティカーをつくったのはファルシュターである燭台切たちである。

信濃「前田からもらった指令を出すよ」
薬研「次の指令はなんだ?」
信濃「本国要人の護送ヘリの護衛だって。後藤、飛ばして」
後藤「わかった。今護送ヘリはどのあたりだ?」
信濃「上海に向かってる。そこからジェット機で逃げるってさ」
乱「ヘリでジェット機に追いつける?」
後藤「問題ない。このナイトレーベン(ヘリ)はフォルムチェンジでジェット機になれる優れものだからな。今切り替える。内装はあんまり変わらねぇけど、スピードは格段に変わるぜ」
信濃「後藤は運転したままでいいから、みんな聞いて。新たな情報だよ」
平野『お兄様方、おつかれさまです。アメリカのサンフランシスコ州でのアルカトラズ島でバイオハザードが起きたそうです。本来であれば、JSAGの管轄ではないのですが、1年前に開発された新型ウイルスである『サクリア』が使わている可能性があることと、アメリカ政府は自国のテロ対策に人員を費やしている為、残りの人員と協力してサクリアのデータを手に入れて欲しいとのことです』
薬研「サクリアか・・・まだ何の解析も進んでいない未知のウイルスだったな」
厚「ひえ~、香港の次は日本経由してのアメリカかー」
乱「僕休みたいよ~」
平野『護送任務終了した後、1週間ほど休暇をとっております。無事帰国したら良い休暇をお過ごしください。あと、後藤兄さんと薬研兄さんはご報告を。信濃兄さんは検診を受けてくださいね』
信濃「えー、またぁ? 3日前も受けたよ?」
薬研「仕方ないだろ。お前この前敵に捕まって本当に酷い状態だったんだから。ちゃんと現場復帰をしたかったら、おとなしく受けるんだな」
後藤「まあ、ほぼ現場復帰しているようなものだけどな」
信濃「ずっとヘリだけどねー。俺もたまには地上戦に出たいよ」
乱「でも助かってるよ、信濃のオペレーションとITスキルは」
後藤「そうだぜ。今回はそのおかげで助かったしな」
厚「聞いたぜ、相手のヘリをハッキングして敵陣に突っ込ませたんだってな・・・こえ~。お、見えて来たぜ、上海だ!」
後藤「ちょうどプライベートジェットで離陸するところだな。このまま追尾するぞ」
4人「了解」
一同の警備のもと、ジェット機は無事に日本に帰国した。
ヘリを降りた5人を、JSAG司令本部の総司令官である鶴丸国永と、副司令官の一期一振が迎える。
一兄「おつとめご苦労様、5人とも」
乱「えへへ、今回もがんばったよ~!」
鶴丸「おう、星鴉組はなかなかの活躍だったじゃないか。アメリカとイギリスの外交官から、早速お礼の便りが来たぜ。で、帰ってきたところで悪いが、後藤と薬研は報告に来てくれ」
後藤「ああ、わかった」
鶴丸「そんでもって、信濃は検診だぞ」
一兄「これで問題がなければ、次回からの地上での任務が認可される」
信濃「やった。待っててねみんな。認可状ゲットして戻ってくるから」
厚「おう、じゃあ俺と乱はいつもの場所で待機してるから~」
乱「いってらっしゃーい♪」

??「君はサイバネティックスの麒麟児にして、狙撃の天才と言われている粟田口信濃くんじゃないか」
一人、JSAG本部の地下に設けられた医療施設で検査を受ける信濃。そんな彼に意気揚々と話しかけてきたのは、警察長官のSPをしている青年だ。
信濃「あ……どうも」
SP「聞いたよ。敵ヘリのシステムを乗っ取って、盾替わりにした挙げ句、敵陣で爆発させたんだって? すごいじゃないか。それもテロリストの指揮官をいとも簡単に撃ち殺したとか言うじゃないか」
彼はマシンガンのように言葉を発して、信濃の功績とその知識を褒める。信濃は、その誉め言葉の裏側にある何かを感じ取ってか、このSPが苦手だった。
信濃「ありがとうございます。日々頑張っていた甲斐がありました」
SP「今度警察庁の方で銃の実践訓練をしてくれると助かるんだが、どうかな?」
信濃「え、そういうのは」
SP「頼むよ、信濃くん」
後藤「さわるな!」
SP「!」
覇気を含んだ声が、信濃の肩に手を伸ばそうとしていたSPの動きを制止させた。振り返ったSPの青年は、ただならぬ殺気を放つ後藤の眼差しに圧倒されて後ずさるが、すぐ背後に立っていた薬研にぶつかり悲鳴をあげた。
SP「ひ!?」
薬研「悪いな、警察長官のSPさん。アンタも知っての通り、俺たちは忙しくてな。講習をする時間はあいにくとれない。それと信濃は今検診中だ・・・そっとしてもらえねーか?」
SP「あ・・・ああ、悪かった」
薬研の言葉など、SPには入らなかった。後藤の射るような眼差しに完全に威圧されて、聞く余裕がなかったのだ。そそくさと足早に逃げ去っていくSPを一瞥しつつ、薬研は信濃の隣に座った。
信濃「2人とも、報告終わったんだ」
薬研「ああ。それにしても後藤、今のはちょっと大人げないぜ?」
後藤「……わかってる」
信濃「でも、おかげで助かったよ」
後藤「信濃ももっと強く断ればいいのによ」
信濃「同じ日本国内の組織なんだし、あまりぶっきらぼうな態度はできないかな」
青江「やあ、星鴉の三羽烏さん、検診結果が出たよ~」
信濃「!・・・け、結果は!?」
青江「良好良好。次から本格的に任務に復帰していいよ」
信濃「やった~♪」
後藤「やったな!」
薬研「早く2人にも知らせてやらないとな」
その日、JSAGの星鴉組は信濃の快気祝いということで、久々に戦場の世界とはかけ離れた都会に出かけた。
クールで知的、快活で爽やか、明媚で可愛らしい、ワイルドな野生児、かっこよく愛らしい、のとんとん拍子が揃った美少年たちが通る様を見て、その姿を目に留めた街行く人が一瞬立ち止まる。
そんな彼等の視線を気にせず、5人は久々の外界の街を楽しむ。
後藤「お、The House of the dead4があるぞ。信濃、勝負しないか? 協力プレイになっちまうけれど、スコアが高い方が価値ってことで」
信濃「いいよー、その代わり勝った方は負けた方の言う事なんでも聞くこと~♪」
後藤「!・・・絶対負けねぇからな!」
10分後。
信濃「はい、俺の勝ち~♪」
後藤「くっ・・・あと500ポイントだったのに」
厚「次は俺、俺やりたい! 薬研、一緒にやろうぜ」
薬研「ああ、いいぜ」
10分後。
薬研「どうだ~?」
厚「あと10ポイントだぜおい・・・悔しい」
信濃「はい、というわけで、負けた後藤はローソンのアイスミルクティー買ってきて、あ、シロップ1つとマドラー忘れないでね」
薬研「ちょうどいいや、厚はファミリーマートのアイスカフェラテな。あ、ココアシュガー入りで頼む」
乱「その後スタバに寄ってダークカフェモカフラペチーノ買ってきてね。トッピングはなしでいいから~」
薬研「遅かった方は罰ゲームな」
厚「はあ!?」
後藤「え、なんだよそれ!?」
薬研「東西にファミマとローソンがあり、距離は同じ100メートルだ。それにスタバはここから北に50メートル・・・なかなか面白いレースだろ? 幸いこの時間はコンビニは混まない」
信濃「がんばってね~、位置についてよーいドン!」
後藤&厚「おおおおおっ!」
走り出す2人を余所に、3人は罰ゲームの内容について話し始めた。
乱「罰ゲームってどうするの?」
薬研「全員の荷物を持つ」
乱「それ、ただのいじめじゃない?」
信濃「モノマネとか?」
乱「あー、無難だけれどそれでいいか」
10分後。
厚「はあ、はあ、全速力で買って来たぜ」
薬研「おー、サンキューって、俺っちのアイスカフェラテかなり偏ってるんだが?」
厚「安心しろ、こぼれてねぇから」
乱「ボクのダークカフェモカフラペチーノも少し偏ってるけれど、まあ中身は無事だし別にいいか」
厚「ふぅ・・・後藤がいないってことは、俺の勝ちか」
信濃「早く来ないかなー、後藤」
3分後。
アイスカフェラテとフラペチーノを飲んでいる2人を背に、待ち遠しそうに信濃が北を見ていると、後藤が見知らぬ子供を背負ってやってきた。
後藤「はあはあ、悪い遅くなった」
信濃「遅かったね・・・って、どうしたの、その男の子」
後藤「スタバ付近にいた迷子なんだ。そこの交番に連れて行く」
そういって飲み物を渡すと、後藤は交番に向かっていった。離れる間際に男の子が手を振り返すと、つられて信濃も笑顔で手を振る。
信濃「こういうことなら、仕方ないよね」
薬研「ああ、罰ゲームはなしだな・・・後藤が戻ってきたらステーキでも食べに行こうぜ」

夕食後、星鴉組は各々に割り当てられたプライベートホテルの部屋で休んでいた。
後藤「信濃、入るぞ」
信濃「どうぞー」
ホテルのルームサービスで頼んだお菓子をつまみながら、ベッドに座って銃の分解と改造作業を続ける信濃のもとに後藤が訪れる。
信濃「どうしたの?」
後藤「さっき情報が入ったんだけど・・・アルカトラズ島にリンクスが関与しているらしい」
信濃「……」
それを聞いて、銃を弄っていた手を止めて視線を上げる信濃。
リンクスは、2年前信濃を捉えて拷問の限りを尽くし、新型ウイルスの実験をした組織だ。TウイルスやらGウイルスやらCウイルスを打たれた信濃だったが、幼少の頃から身体の中に埋め込まれていたナノマシンのおかげで、変異することなく人間としての生をとどめることができたのだ。
救出された時には、体力が衰弱しきっていたこともあり、変異しかけていたがなんとか一命をとりとめた。あの時の兄弟たちの表情を思い出す度に、二度とあんな目に遭わないようにしなければと思う。
信濃「それはいいことを聞いたね。今度こそ、あいつらを殲滅してやろうよ」
決意を表明するかのように、信濃はアサルトライフルを構えてみせる。
後藤「信濃、ひとつ聞いておきたいんだが」
信濃「?」
後藤「敵の顔はまだ思い出せないか?」
信濃「・・・ごめん、思い出せない」
後藤「そうか」
信濃「あいつら、記憶を消去させる術でも持っているのかな。あの組織のこと、なんにも思い出せないんだよね」
後藤「まあ、ひとまず任務は1週間後だ。それまで自己研鑽に励めよ。あと何か悩みがあったら遠慮なく聞いてくれな?」
信濃「うん、後藤ありがとう」

その夜、アメリカのサンフランシスコ州アルカトラズ島にて。
燭台切「伽羅ちゃん、貞ちゃん、聞いた? アメリカ政府が日本のJSAGに救援要請したらしいよ」
伽羅「ああ、ボスからメールが届いていたな」
太鼓鐘「どちらにせよ、来たらやっつけるだけだろ?」
燭台切「まあ、そうだけれど……覚えているかな、エストレイヴェンスのこと。日本では星鴉組とか言われているみたいだけれど」
太鼓鐘「あー、2年前奇襲を受けたところだっけ。みっちゃんの機転で逆にやり返したけどさ」
伽羅「その際に1人捕縛したな、あの捕虜はどうなったんだ?」
燭台切「1年半前に逃げられちゃったみたいだよ」
タブレットを見ながら説明する燭台切。そんな彼は右のポケットからタバコのようなものを取り出した。それに気づいた太鼓鐘がライターを取り出して近づける。
燭台切「あ、貞ちゃん大丈夫だよ、これタバコじゃないから」
太鼓鐘「え、違うのか?」
燭台切「うん、これビタシグっていって、天然成分とビタミンを含む蒸気を吸う電子タバコだよ。まあ、厳密に言うと『タバコ』ではないんだけれどね」
太鼓鐘「ピクシブ?」
燭台切「ビタシグだよ、ビタシグ」
太鼓鐘「へぇ、そんなもんあるんだ」
燭台切「タバコは身体に毒だからね、僕は吸わないよ」
太鼓鐘「俺も欲しいな」
燭台切「うん、今度あげるね」
加羅「光忠、早く話せ」
ずっと黙って2人のやりとりを聞いていた大倶利伽羅が、痺れを切らして催促する。
燭台切「あ、ごめんね伽羅ちゃん。それでねー」

『目覚めよ、我が同胞よ』
夜明け前、脳裏に響く声。
その声を聞いた信濃は、突然原因不明の飢渇感に苛まれた。
部屋の冷蔵庫の中に入っていた2Lのペットボトルを取り出し、ひたすら飲み干す。
信濃「……はぁ、はぁ」
6本空けたところで、ようやく渇きがおさまり、信濃はそのまま冷蔵庫にもたれて座り込んだ。
信濃「(今日が出発の日だから、何かしら変調があるとは思っていたけれど、そんなに緊張しているのかな、俺)」
そばにあったハンドタオルで顔や額の汗を拭きながら、信濃はそう思案する。
信濃「(でも、今日はあの時の雪辱を必ず返す!)」

一期一振と弟たちが見送る中、ナイトレーベンに乗り込む星鴉組。
乱「一兄、行ってくるね!」
一兄「後藤、薬研、乱、厚、信濃、気をつけて!」
博多「無事に帰ってきてな~っ!」
薬研「おう、土産にニューヨークにある『勝利の女神』を買ってきてやるぜ!」
前田「薬研兄さん、勝利ではなく、『自由の女神』です」
信濃「いってきまーす!」
飛び立つナイトレーベン。兄と弟たちの心配と激励の視線を受けながら、星鴉組はアメリカへと向かった。

兄弟たちが見送る中、ナイトレーベンに乗り込む星鴉組。
乱「一兄、行ってくるね!」
一兄「後藤、薬研、乱、厚、信濃、気をつけて!」
博多「無事に帰ってきてな~っ!」
薬研「おう、土産にニューヨークにある『勝利の女神』を買ってきてやるぜ!」
前田「薬研兄さん、それは勝利ではなく、『自由の女神』です」
信濃「いってきまーす!」
飛び立つナイトレーベン。兄と弟たちの心配と激励の視線を受けながら、星鴉組はアメリカへと向かった。
離陸して1時間後、後藤の通信機に連絡が入った。
後藤「アメリカ政府のCIAからだ。カリフォルニア空港で合流して作戦会議をする」
厚「作戦会議かー」

 

カリフォルニア空港に設置されたバイオハザード特別捜査本部。
堀川「今回は遠方からようこそお越しくださいました。CIA捜査官の堀川国広です」
和泉守「同じく、和泉守兼定だ」
安定「僕、FBI捜査官の大和守安定。よろしくね」
加州「同じく、FBIの加州清光だよ、よろしく。あ、このFBIとCIAの混合チームのリーダーは、あいにく重傷で不在なんだ」
乱「ま、まさかの日本人!?」
安定「えへへ、驚いた? 元々僕たちは日本人で、みんな日本に住んでたんだよ。もちろん今は日系アメリカ人っていう位置づけだけどね」
厚「CIAとFBI捜査官がみんな元日本人かー、すげぇ偶然だな」
堀川「僕たちは、日本の捜査官との連携のために編成された日系アメリカ人の特別編成チームなんです」
和泉守「その名も『Shinsengumi(新撰組)』だ」
薬研「幕末に、京都において反幕府勢力を取り締まる警察活動に従事したのち、旧幕府軍の一員として戊辰戦争を戦った武装組織の名前か」
安定「結構気に入ってるよー、このチーム名」
後藤「じゃあ、今度は俺たちだな。俺たちはJSAG傘下にある星鴉組だ。外国じゃ、エストレイヴェンスって名乗ってる。俺はリーダーの粟田口後藤だ」
薬研「苗字は同じなんでな、俺からは省かせてもらうぜ。俺は参謀兼サブリーダーの薬研だ」
乱「僕は乱、よろしくね。チーム内では主にオールマイティなサポート役だよ」
厚「俺は厚。特攻役として、いつも薬研と先陣についてるぜ。奇襲作戦の時は任せてくれよな」
信濃「俺、信濃。射撃とITを活かしたオペレーションに自信があるんだ、よろしくね」
加州&安定「うん、よろしくね」
和泉守「さて、早速だが座ってくれ」
一同が長テーブルに座ったところで、堀川がスクリーンに画像を映し出す。
堀川「それじゃ、早速作戦会議を始めるね。まずは、簡単な状況説明だけど、10日前にサンフランシスコ湾のアルカトラズ島周辺10キロでCウィルスを使ったバイオハザードが発生。2、3日ほどでカリフォルニア州全域の住民は避難し、4日目には他の州との境界線に隔離障壁が設置されたんだ」
加州「で、今は既にCウィルスに感染したアンデットと、生物兵器がアルカトラズ島を中心にはびこってる状態。そのCウィルスですら厄介なのに、今回は新型ウイルスと言われているサクリアを使った生物兵器がアルカトラズ島にいるんだってさ」
堀川「続いて、サクリアに関して分かっている情報を開示するね。サクリアは寄生生命体であるプラーガとCウイルスに改良を重ねてつくられたウイルスで、これに感染すると、クリーチャーに変異する」
加州「で、このサクリアには種類があって、支配種レクトルと隷属種サヴァンってのがあるんだ」
堀川「僕たちは隷属種サヴァンに感染した者をサーヴァント、支配種レクトルに感染したものをレクターって呼んでる」
加州「俺たちが思うに、テロリストの中にレクターがいて、そいつが隷属種サヴァンに感染したサーヴァントや下位ウイルスであるCウイルスのB・O・Wを操っているんじゃないかって思うんだ」
厚「なんか、結構ややこしいな。まあ、俺たちもサクリアについては調査してたけど。プラーガとの違いがよくわかんないよな」
乱「確かに、なんかサクリアとプラーガって似ているよね? 薬研、プラーガとサクリアって何が違うの?」
薬研「プラーガは寄生生物だが、サクリアはウイルスだ・・・この時点で徹底的に違うな」
厚「えっとさ、そもそもウイルスと寄生生命体とか細菌の違いって・・・なんだ?」
安定「・・・わかんない」
加州「俺も生物学的なことはさっぱりだよ」
全員「・・・(全員、薬研を見る)」

薬研科学者の説明コーナー
ホワイトボードに描かれた絵を背に、内番服の白衣を着た薬研が、指さし棒を使って説明を始める。
薬研「さて、まずはウイルスからいこうか。ウイルスは自らの遺伝子を相手の細胞の中にある遺伝子に組み込んで、相手の細胞自体をウイルス製造機に改造してしまうんだ。細胞の中には核という部分があり、そのなかに細胞の設計図にあたる遺伝子が入っていて、細胞は自分の複製を作るためにその遺伝子を元にしている。ウイルスはその設計図自体をウイルスを作る設計図に変えてしまうんだ。設計図を変えられた細胞はそれ以降、ウイルスを大量生産する工場になってしまう」
乱「え、なにそれウイルスこわ!? よく効くインフルエンザとかのウイルスって、そんなやつだったの?!」
薬研「(-_-;)・・・知らなかったのか」
安定「うん、知らなかった」
堀川「さすがにこんなに詳しくはねー」
薬研「(FBIとCIAがこんなんで大丈夫か?)・・・ウイルス以外の菌類や寄生生物は、寄生者の養分で育つが、寄生した生物の細胞の遺伝子を変えることはしないんだ」

薬研「以上が、ウイルスと寄生生物の違いだ」
全員「おー(拍手する)」
薬研「・・・(こんなんで、この合同チーム大丈夫だろうか)」

薬研「以上が、ウイルスと寄生生物の違いだ」
全員「おー(拍手する)」
薬研「(こんなんで、この合同チーム大丈夫だろうか)・・・ひとまず、Dウイルスに関しての情報が少ない以上、この話はここまでだな」
堀川「的確な説明ありがとう。それじゃ、作戦について説明するね。これはCIAが手に入れたアルカトラズ島地下研究所の立体地図だよ」
スクリーンに映し出された地図を、一同が眺める。
加州「この研究施設に、Dウイルスに関する情報があるんだ」
後藤「侵入はどうするんだ?」
堀川「陽動目的で第一陣が空からの侵入を試みます。その次に、第二陣が潜水艦を使って海中から侵入します。空を攻めるのはアメリカ空軍で、海からの侵攻は僕たちです。潜水艦は2隻あるから、研究施設に着いた後は2手に分かれて行動することになっています。今回のテロの首謀組織であるネオアンブレラに呼応して、複数の反政府組織がアルカトラズに集結しているっていう情報もあるから、B・O・Wだけじゃなく、テロ兵にも十分気をつけてください」
加州「作戦開始は今から12時間後の22時。それまで、俺たちはゴールデンゲートブリッジ下の水底で待機する」
後藤「あー、潜水艦だっけ? それ1隻で十分だぜ。俺たちのナイトレーベンは、陸空海運航可能だ。フォルムチェンジをすれば、潜水艇になる」
和泉守「そいつはすげーな、さすがは日本の科学力だ。さ、さっさと潜水艇に移動して待機するぞ。準備は早い方がいいからな」

昼過ぎの14時。サンフランシスコ湾ゴールデンゲートブリッジ下の水底。
そこの潜水艇で、星鴉組は交代で仮眠をとっていた。
信濃「……」
乱「どうしたの?」
仮眠をする時間だというのに、横にならずにアサルトライフルのスコープの手入れをしている信濃が気にかかり、乱は声をかけた。
信濃「いや、なんか眠れなくて」
乱「緊張してる?・・・それとも、怖い? リンクスが関与しているって聞いたから」
信濃「……うーん、そうだね。記憶がないとはいえ、いろいろされたみたいだから、身体がこわばっているのかも。それでも、俺は戦うよ……あの時みたいな失敗は、もう味わいたくないからね」
乱「うん。ボクもしっかりサポートするよ。一緒にがんばろうね」
信濃「うん」
乱「さ、そろそろ寝よう……寝ないと今夜やってられないよ」
信濃「そうだね」

23時50分
アルカトラズ刑務所のネオアンブレラ研究施設にて。
ゾンビA「がううううううっ!」
ゾンビB「おおおお~んっ!」
乱「はあ、はあ、なんでこんなことに~!」
厚「そんなこと言ってる場合があったら速く走れ、あぶねぇぞ!」
迫りくるゾンビの集団から逃げる乱・厚・堀川・和泉守の4人。
研究施設に侵入した際は9人全員が一緒だったが、とあるトラブルで2手に分断されたのだ。

数刻前、研究施設のある一室。
和泉守「よし、みんな揃ってるな(バズーカ砲を携える)」
後藤「侵入は難なく成功したけどよ、本当に大変なのはここからだな」
全員が警戒する中、信濃が部屋に置かれた幾つかのノートPCをいじりだす。
信濃「……」
乱「どう?」
信濃「起動はできたけど、早速パスワードを聞いてきたよ。いちいち破るのめんどくさいから、こいつを利用するね」
タブレットを片手に、ノートPCをいじる信濃。
安定「なにするの?」
信濃「このPCを経由して、施設のドメインネットワークに入って、情報を探ってみる。照明が落ちていないし、まだネットワークは生きていると思うんだ」
ドメインネットワークに入り、施設の図面を手に入れた信濃が、全員の端末に情報を送信する。更にプロジェクターを使い、白壁に投影した。
信濃「俺たちが今いるのが地下3階のGエリア。ここは、地下13階まであるみたいだよ」
加州「なんか、図面だけで見ると鍵みたいな場所だね」
信濃「最重要機密は、やっぱりサーバーにはないね」
安定「じゃあ、Zエリアの所長室までいかないとだめかな」
加州「まあ、そう楽な仕事じゃないとは思ってはいたけどさ。エレベーターとかないの?」
信濃「無理だね……エレベーターのシステムは完全にダウンしてる。それと各フロアの隔離用シェルターが閉まっているから、まずはそれを開けないとダメかな」
加州「それにしても信濃くん、腕いいね。よかったらFBIに来ない?」
堀川「CIAに来ませんか?」
信濃「え、そう?……俺高いよ~?」
後藤「おいそこ、勝手にスカウトすんな、信濃はやらねーぞ!」
信濃の両脇にいる堀川と加州を、後藤が威嚇する。その途端、急に施設内にアナウンスが鳴った。
アナウンス『Our system was successfully restored now.Open all quarantine shelters.』
堀川「な、なんだって!?」
厚「英語そんなに聴き慣れてねーんだけど、今隔離シェルターを開いたとか言わなかったか?」
和泉守「ああ、その通りだ、『施設内のシステムが回復したから、全ての隔離シェルターを開きます』とか言ってやがる」
乱「……ってことは、この施設にいる生物兵器が解き放たれたってこと?」
薬研「ああ、つまりはー」
急な機械音が聞こえ、全員がゆっくりと振り返る。実はこの部屋にもシェルターがあり、彼等の背後でそれはゆっくりと上がっていった。そして、この時を待っていたとばかりに、この施設のひと……だったものたちが群れを成して襲い掛かる。
パソコンを片付ける信濃を背に、一同がH&K MP5を二丁ずつ持って連射する。
和泉守「ついてねーな、よりにもよって入った部屋にシェルターがあるとはよ!」
乱「か、数が多すぎるよ!」
後藤「総員、近くのドアから脱出!」
全員「了解!」
堀川の号令に従い、後藤・薬研・信濃・加州・安定が北側のドアへ。
乱、厚、堀川、和泉守が南側のドアへと駆け込み、脱出する。
乱「あれ、なんで!? さっきここの廊下繋がってたのに!?」
北南どちらのドアからも、同じ廊下へ出られる筈なのだが、通路を隔てるシャッターが降りており、彼等のチームは二分されてしまった。
薬研「後で合流しよう、今は逃げるのが先決だ!」
ドアと窓を破って押し寄せてくる群衆に背を向けて、全員が一目さんに走るのだった。

乱「さっきアナウンスで『全部の隔離用シェルターを開ける』って言ってたのに、なんであそこだけ!?」
和泉守「知るか~っ!?」
堀川「兼さん、シャッターが!」
20メートル先で、降り始めるシャッター。あれが閉まれば、退路が断たれる。
乱「厚!」
厚「任せろ、突撃だぁ!」
廊下の端に乱雑に置かれていた台車を拾い上げると、鉄パイプを持った乱を上に乗せて、厚が突進する。
和泉守&堀川「!?」
彼等の狙いに気づいた2人は、端に寄って中央の道を空けた。
厚「いっけーっ!」
押し出された台車の上で、乱は鉄パイプを縦にしてヘッドスライディングし、鉄パイプをつっかえ棒としてシャッターの下に潜り込ませた。
和泉守「さすがは星鴉、見せてくれるぜ! 俺らも負けてらんねーよな!」
堀川「そうだね、兼さん!」
走りながらショットガンを携えた堀川が、迫りくる群衆に鉛の雨を降らせる。更に追い撃ちをかけるように、和泉守のバズーカ砲が火を吹いた。
吹っ飛ぶ屍たちを一瞥して、厚がスライディングでシェルターの下をくぐる。
厚「急げ!」
和泉守「よっしゃーっ!」
堀川「はい!」
乱「お・わ・か・れ!」
そして、堀川と和泉守がシェルターの下を通り越した瞬間、乱が鉄パイプを撃ち抜いてシェルターを閉じた。
厚「ふぅ、たすかった~」
和泉守「危うくあいつらの餌になるところだったな」

後藤「はあ、はあ、なんとか逃げ切ったな。ここはどこだ?……なんか気持ち悪い培養槽だらけだな」
信濃「ここはFエリアだよ……多分、乱たちはHエリアだと思う」
安定「なんか通信機の調子悪くて、雑音しか聞こえないんだけど」
薬研「恐らく、この隔離用シェルターの所為だろうな」
信濃「……うん、多分それだ。一度開いて、また閉じるなんて……(自然的な誤作動か? それとも、人為的なものか?)」
考えを張り巡らせながら、ノートPCを閉じてショルダーバッグにしまう信濃の横で、加州がシェルターに耳を寄せる。
加州「Tウイルス感染者のうめき声が聞こえる……やれやれ、助かったけど、君のおかげで二分されちゃったよ」
安定「はいはい、シェルターと仲良くなってないで……さて、どうしようか」
薬研「作戦は続行だろう?」
加州「無論だね」
後藤「じゃあ、ひとまず先へ進もう。乱たちも、きっとそうする筈だ」
後藤の提案に頷いた一同は、廊下を走り始めた。
ノートPCからスマホへと端末を切り替えて、信濃はマップを確認する。
信濃「この先を500mほどいったところに、エレベーターがあるよ。エレベーターのシステムは問題なく動作しているみたい。エレベーターがあるのは両端のエリアだけだから、少なくともGエリアにいるTウイルス感染者がこっちに来ることはないよ」
加州「それはよかった。そのエレベーターで、何階までいけそう?」
信濃「地下4階」
後藤「ここ地下3階だったよな、たったの1階しか下にいけないのかよ」
信濃「建物の構造上仕方ないよ。更に下に行くには、地下4階にあるJエリアに行かないと」
安定「それじゃ一足先にJエリアに着いて、堀川たちが来るのを待ってみようか」

敵に遭遇することなくエレベーターに乗り、地下4階のIエリアへ向かう後藤、薬研、信濃、加州、安定の5人。
そんな彼等の姿を管制室のモニタ越しに見て、不敵な笑いを浮かべる燭台切。
太鼓鐘「みっちゃん、来た?」
燭台切「うん、来たよ……因縁のある星鴉が」
?「君たちの目的はそいつらなのかね?」
燭台切光忠「うん、そうだよ……厳密に言えば『彼』だけが目的だけどね」
曖昧に目線だけで標的を示すと、それをテーブルを挟んだ向かい側で聞いていた中年の男性は、訝しげに顔を顰めた。彼はこのアルカトラズ島の研究所を牛耳っている所長である。
所長「よく分からんが、皆若いな……アメリア政府は人材不足のようだ」
太鼓鐘「腕は立つ連中だぜ? 少数精鋭ってやつだよ、所長さん」
所長「さて、商談に入ろうではないか燭台切。地下6階から8階の区画を君たちが持ってきたB・O・Wの実験場にする代わりに、Dウイルスのサンプルを貰う約束だ」
燭台切「そうですね……伽羅ちゃん」
伽羅「ああ」
テーブルにアタッシュケースを置き、中を開いてみせる。そこには、所長の望みの品が入っていた
両端のみ黒い、クリアアクリル製の円筒。
そこに、不気味な雰囲気を漂わせる赤い液体が螺旋状となって保存されている。
所長「おお、これがDウイルスか」
燭台切「そう……出来損ないのアンデッドを生み出すTウイルスとは違いますよ」
所長「Dウイルスには過去に発見されたプラーガのように、支配種があるとは本当かね?」
燭台切「ええ、そうですよ。そしてこれは支配種のDウイルスです。これを使って感染者を増やせば、あなたの手足となって動く駒を増やすことができます」
それを聞いて気分を良くした所長は、筒の端を自らの左腕に押しつけて、Dウイルスを接種した。
所長「……ぐっ!」
全身に痛みが走り、所長はソファーに身を預けて必死に耐える。その様子を、燭台切と太鼓鐘は注視していた。
大倶利伽羅は彼のことなど全く関心がないようで、モニタを眺めている。
1分ほどして、ようやく所長の呻き声が小さくなった。
太鼓鐘「お、うまくいったか? 見た目は眼が赤くなった以外は特に目立たないけれど」
燭台切「瞳の色以外の容姿的な変化は、わかりづらいのがDウイルスだからね」
所長「力がみなぎる……これがDウイルスの力か。はははは、これはいい。早速『下僕』という名の感染者を増やさなくてはな。このウイルスの感染方法はなんだね?」
太鼓鐘「”そのDウイルス”の場合は接触・飛沫・経口による感染さ。この施設って防災の備えありなんだろ? スプリンクラーでDウイルス撒いちゃえば?」
所長「ほう、それはいい。数日前情報を嗅ぎ付けてやって来たロシアの兵隊共が地下9階にいた。彼等を我が駒にしてやろう」
太鼓鐘「じゃあ、所長の血をスプリンクラーの貯水槽に混ぜるか」
燭台切光忠「はい、200mlくらいあれば大丈夫だよ」
待ってましたとばかりに太鼓鐘がナイフを所長の腕に添わせ、手際よく燭台切がビンを腕の下に備える。
所長「ちょ、待てお前たち、そんなナイフで切ったら痛いだろう」
太鼓鐘「痛い?……あははははは!」
所長「何がおかしい!」
急に大口を開けて笑い出した太鼓鐘に、気を悪くした所長は怒号をあげた。
太鼓鐘「だってさ、所長さん……アンタ、もう人間じゃないんだぜ? Dウイルスの影響で瞬間治癒されるし、これくらいの痛みは造作もなくなるって」
太鼓鐘に掻っ切られた腕から、大量の血が溢れ出す。しかし傷口はみるみるうちに治癒していき、傷跡も残らない。
所長「ほう……これは何とも便利なものだ。私自身が知能あるB・O・Wになってしまうとはな。Dウイルスとはなんと素晴らしい代物だ」
燭台切「伽羅ちゃん、コレよろしくね」
伽羅「ああ」
投げ渡された血液入りのビンを受け取ると、大倶利伽羅は部屋を出て行った。
所長「さて、他にもこの力のことが知りたいな、情報を提供していただけるとありがたいんだが?」
燭台切「所長さん、そのようなことをしなくても、今にわかりますよ?」
ピタシグを咥えて、燭台切は笑う。そんな彼の背後に、太鼓鐘の持つナイフを奪った所長が瞬時に回る。
太鼓鐘「みっちゃん!?」
所長「Thank you for the nice gift.Here’s little something for you. Thank you for giving me D-virus. (素敵なプレゼントをありがとう。これはDウイルスをくれたお礼だよ)」
燭台切「……What’s your game?(これは一体どういうつもりかな?)」
所長「That’s Neo Umbrella’s intention.(ネオアンブレラの意向だよ)……ははは、流暢な英語を喋るじゃないか」
燭台切「……いえいえ、あなたも相変わらず日本語が上手いですね」
所長「ありがとう……さて、君はもう用済みだ」
太鼓鐘「みっちゃん!」
燭台切「大丈夫だよ、貞ちゃん。もう必要ないから」
所長「さらばだ!……っ!? な、なぜだ、なぜ腕が動かない!?」
太鼓鐘「……アンタそれでも所長? 結構バカなんだな」
先ほどまでの焦燥しきっていた太鼓鐘の顔色が一転して、彼を威嚇し、蔑むような表情に変わっている。射殺すような眼差しを向けられ、男性の額に汗が走る。
所長「……っ」
太鼓鐘「自分だけが特別な力を扱えるとでも?」
所長「ぐ……ということは、お前たちもDウイルスの適合者だというのか? 先ほど言っていた目が赤くなるという特徴が全くないというのに」
燭台切「一緒にしないで欲しいね。能力を使わなければ、目の色は赤くならないんだよ。それと、僕たちは選ばれしファルシュター(天使)なんだ。君はそんな僕等の下に位置するアポストロス(使徒)に過ぎない」
太鼓鐘「たかが使徒が、天使に盾突くなんてできるわけないだろ?」
語り始めた2人の双眸が、真っ赤な血に染まった。
所長「アポストロス、ファルシュター? 使徒? 天使? な、なにをわけの分からないことを!?」
伽羅「なんだ、もう化けの皮が剥がれていたのか」
燭台切「おかえり、伽羅ちゃん」
所長「ぐ……うう」
太鼓鐘「所長さん、Dウイルスには絶対的なヒエラルキーが存在するんだぜ」
所長「ヒエラルキーだと?」
太鼓鐘「そう……簡単に言うと所長さんは支配種ではあるけれど、中間管理職に過ぎないんだよ」
燭台切「説明するより、実践した方が早いね。はい、土下座して」
所長「な……ぐ、身体が、勝手にっ!?」
床に手をつき、深く頭を垂れる体勢を強制的にさせられ、プライドの高い所長は「貴様、許さぬぞ!」と力なく吠える。
燭台切「あーあ、知能が残ったままだから、僕はあんまりアポストロスって好きじゃないんだよね。コレだったら、従順なファナティカーの方にすればよかったかな」
伽羅「光忠、それではアポストロスの実験にならないぞ」
燭台切「ああ、そうだったね」
所長「ファナティカー……狂信者だと?……あぐっ!?」
矢継ぎ早に繰り出される単語の意味を汲み取ろうとした所長の頭を、燭台切が踏みつけた。
燭台切「ネオアンブレラの一施設の長とはいえ、こうなってしまえばただの家畜に過ぎないね。さて、仕事をしてもらおうかな……僕等の手足となる狂信者を増やすためにね」
太鼓鐘「みっちゃん、ロシアン・ファナティカーの準備ができたってさ」
燭台切「じゃあ、早速放とうか……彼等のところに」

地下4階Jエリアのエレベーター前。
そこにいち早く着いた後藤たちは、乱・厚・和泉守・堀川が来るのを待っていた。
安定「おっそーい」
加州「結構手間取ってるんじゃないの?」
信濃「こっちも手間取ってるけどね」
見張りをする加州・安定の背後で、信濃がノートPCのキーボードをひたすら打ち込む。彼は停止しているエレベーターのシステムを復旧しているところだ。
後藤「あとどれくらいかかりそうだ?」
信濃「今指紋認証登録してるところだから待ってて。ここのエレベーターシステム、指紋認証しないと通れないみたいだから……よし、登録完了。後はエレベーターシステムの再起動をして復旧をー」
加州「あれ、復旧終わったんじゃないの? エレベーターのランプ動いてるよ」
信濃「え?(あれ、いつの間に復旧が完了してる?)」
後藤「早いな、信濃」
信濃「いや、俺は……」
エレベーターが着き、ドアが開いた途端中にいた兵隊が信濃を突き飛ばした。後方の壁にぶつかる寸前で身を翻してノートPCをバッグに入れる。
加州「!・・・ロシアンソルジャーじゃん、なんでこんなところに?」
安定「こいつらTウイルスの感染者じゃないね。今度はCウイルスかもしれない。まあ、どちらにせよ今は倒さないと……おらおらおらおらぁ!」
薬研「援護するぞ!」
鮮血を宿す眼光のロシア兵に向かってショットガンを放つ安定。それに合わせて後方から加州が閃光手榴弾を4つほど投げた。
加州「ナイス、薬研!」
サングラスをかけて刀を携えた加州が、まばゆい光で怯んだロシア兵を次々と斬り捨てる。
しかし、腕を切断されたロシア兵の身体は超速で再生された。威力のある鉛弾を浴びて切られても再生する厄介な敵に、加州と安定は舌打ちをした。
加州「ち、さすがはCウイルス。出来損ないを生み出すTウイルスとはわけが違うね」
安定「こいつらきっとジュアヴォだよ。東欧の紛争地域にて3年前に確認された、新種のB.O.W.だ。人間にCウィルスを投与することで生み出されるやつでしょ? 高度な知能や多少の自我は維持されるから本当厄介なんだよね」
信濃「じゃあ、ロシア兵の姿をしているけれど、ネオアンブレラのテロ兵かも」
薬研「だが、変異型を除いたジュアヴォには複眼になるという特徴がある筈なんだが、やつらの眼は赤いことを除けば普通だぞ」
安定「ジュアヴォなら話すこともできるんでしょ、聞いてみる?」
加州「奴さんが質問に答えてくれるとは限らないけどね」
ロシア兵「ううううううっ!」
ロシア兵「があああっ!」
安定「げ、ロケラン!?」
後続でエレベーターから出てきたロシア兵がマシンガンを放つ。たまらず先頭に立っていた加州と安定の柱を盾にした。薬研と後藤、信濃も隣の柱に隠れて弾丸の雨から逃れる。
ロシア兵「Огонь!Огонь!」
ロシア兵「Огонь!Огонь!」
安定「何言ってんのあいつら、僕日本語と英語しか理解できないんだけど?」
加州「それでもFBI? 『撃て撃て~!』って言ってるんだよ。まあ、俺もごく簡単なものしか理解できないけどね」
後藤「俺も日本語と英語程度だな。こんな時に100個の言語を話せる乱がいてくれればな」
加州「へぇ、乱ちゃんすごいね」
ロシア兵「Давай!Давай!」
安定「清光……あれはなんて言ってんの?」
加州「Давай!って確か『行け行け~!』とか『やれやれ~!』とか『早く来い』って意味だったかな』
後藤「そうだな……恐らく前者の意味合いが強いんだろうけど」
加州「どうする? 今出たら蜂の巣にされるよ」
安定「こういう時の作戦を考えるの、僕苦手」」
加州「お前衝動で戦うタイプだもんね。さあ、参考までに聞こうかな薬研」
薬研「?」
加州「君、星鴉の参謀なんでしょ?」
横殴りの弾雨が降りしきる中、薬研は思案する。
薬研「……厚たちの救援は見込めないし、今は逃げるのが先決だ。だがほぼ一本道で盾になりそうな壁や柱が少ないIエリアに戻るのも、道が空いているかすら分からないKエリアに逃げ込むのも危険だ。ここは応戦しつつ、強行突破でエレベーターを奪取してLエリアに侵入する」
安定「え、あいつら下の階から来たよね? Lエリアはジュアヴォ祭かもよ?」
後藤「逆に血祭りに変えてやるぜ」
安定「上の階に行けるじゃん。Gエリアに逃げ込むのはダメなの?」
加州「なに安定、もう忘れたの? GエリアはTウイルス感染者とそのB・O・Wの巣窟だよ」
薬研「その通り、だから下に行くしかない。それにエレベーターに乗ると言っても、Lエリアに着いたらドアだけ信濃に遠隔操作で開けてもらって、俺たちは天井裏から状況を確認する。信濃、俺たちがエレベーターに入ったらエレベーターのシステムをロックしてくれ」
信濃「わかった。俺たち以外の指紋では動作しないようにロックするね」
加州「堀川たちの指紋はどうする?」
信濃「乱たちのは持っているから大丈夫として、堀川さんと和泉守さんの指紋はCIAのシステムに侵入して盗むよ。」
安定「うわあ、ほんとこわ」
加州「……信濃さ、真面目にウチに来ない~? うちのボスなら給料3倍出してくれると思うよ?」
後藤「加州さん、なんなら俺が”撃ち”に来てやるぜ?」
加州「わあ、それは勘弁……っと、どんだけ弾を連発する気だよ、あいつら。ずーっと撃ってるじゃん」
薬研「やられっぱなしは性に合わねぇ。そろそろ反撃するぞ」
安定「うん……おらおらおらおらぁ!」
銃弾の嵐の中を突き進む安定。その手には先ほど加州が敵に斬り込んだ際に奪った防弾盾。それで弾を防ぎながら進み、部隊の後方へ炸裂手榴弾を投げ入れた。爆発して周囲に飛ばされたロシア兵達の首を、安定に続いて加州が斬り飛ばす。
部隊が混乱する中、薬研と後藤、信濃がエレベーター前のロシア兵をアサルトライフルで一掃し、道を空けた。
薬研「加州、大和守、こっちだ!」
加州「OK!」
ロシア兵「ぐあああっ!」
頭部を再生させながら飛び掛かってくるロシア兵の腹部をショットガンで吹っ飛ばし、加州と大和守はエレベーターへと飛び込んだ。
ロシア兵「стоять!」
信濃「っ!?」
エレベーターのドアが閉まる寸前、一発の鉛玉が信濃の肩を撃ち抜き、後に続いてきたがっちりとした体躯をしたロシア兵がドアの間にめり込み、近くにいた信濃の胸倉を掴んで持ち上げる。
ロシア兵「 Благослави тебя бог!」
信濃「!」
後藤&薬研「信濃!」
信濃「だ、大丈夫……弾は貫通しただけだし、じきに治癒するよ」
安定「このデカブツ! ドアから離れろ!」
加州「ちょっと安定、ショットガン撃たないでよ、信濃にも当たっちゃう」
ロシア兵「Боже, спаситель храни!」
安定「なんて言ってんの」
加州「どうせ『逃がさない』とかじゃないの? とにかく、こいつを撃退しよう。幸い、巨体が邪魔して他のロシア兵は何もできずにいるし」
信濃「ぐ……!」
デザートイーグルを構え、その赤い眼差しを目掛けて撃つ。それに合わせて薬研たちもハンドガンを連射した。
ロシア兵「っ!?・・・Давай!Давай!Давай!」
何発撃たれてもロシア兵の身は超速で再生されていくため、きりがない。
後藤「く、だめか……」
ロシア兵「Давай!」

Давай!

繰り返し放たれる、知らないロシア語。
それを聞く度に頭の中である言葉が反芻した。

『早く、こっちに来い!』

信濃「(こっちに・・・来い?)く、放せぇええええっ!」
ロシア兵「!」
信濃「うわっ!」
叫んだ途端急に解放され、信濃は床に叩きつけられた。薬研と加州が飛び蹴りを腹部にくらせて巨体の兵を後退させるとドアが閉まり、エレベーターが下がっていく。
後藤「信濃、大丈夫か? 治癒体質だとはいえ、痛みがないわけじゃないだろ」
安定「え、JSAGってみんなそうなの?」
薬研「いや、こういった施術を受けたのは一部だけだ。俺たち星鴉はみんなそうだが」
信濃「少し痛いけど、大丈夫、動けるよ」
タオルで傷口を押さえながら、信濃は答える。
安定「清光、ここの壁見て」
加州「ん?……ああ、Lエリアに保健室があるみたい。そこで手当てしよう」
幸いLエリアのエレベーター前にはロシア兵はおらず、一同は無事に保健室へとたどり着いた。
加州と安定がドアの前にバリケードを築く間、奥の部屋で信濃は後藤に支えられながら服を脱いでいた。その隣で薬研が包帯や消毒液などの医療道具を取り出す。
後藤「傷口、だいぶ塞がってきてるぜ」
薬研「軽傷で済みそうだな、よかった。それじゃ、消毒するぞ」
信濃「うん……っ」
消毒液のついた綿を傷口に当てられ、信濃は歯を食いしばる。
薬研は手早くガーゼを当てて包帯を巻き、処置を終えた。
後藤「おつかれさん」
薬研「傷口からして、500㏄ほど失血している。信濃、少し横になっていた方がいい」
信濃「う、うん……わかった」
薬研「後藤、ここ任せていいか? 俺もバリケードをつくってくる」
後藤「ああ、任せた」
薬研が退室し、部屋には後藤と信濃の2人が残った。
信濃「ごめんね、俺復帰したばかりなのに」
後藤「いや、いいさ。それより、少し眠った方がいい」
信濃「ははは、敵地で眠るとか……ありえないよ」
後藤「休息は大事だろ」
信濃「……う、うん」
先ほど薬研に鎮痛剤を打たれた所為だろうか、瞳を閉じればすぐに眠りに誘われる。その睡魔に抗うことなく、彼は眠りに着いた。

『目覚めよ、我が同胞よ』

『こっちに来い』

そんな言葉が響き渡る。
濡鴉一色に染まり切った世界に、信濃は立っていた。
周囲を見渡したが、特に何もなく、気になることと言えば、自分の膝から下が水に浸かっていることだ。
信濃「ここ、どこ?……うっ!?」
言霊が反響して、手で塞いでいても遮音がしきれず耳を劈き、脳を刺激する。

『目覚めよ、我が同胞よ』

信濃「なんだ、この声!? う、痛い、頭が、あたまが痛いっ!?」
次の瞬間、今朝も襲ってきた飢渇感が再び巻き起こった。それと同時に眼前の世界が真紅に彩られていく。

『Давай(こっちに来い)』

信濃「う……ぐっ!」
なぜかその言葉が、あの時の兵の赤眼が、目に焼き付いて離れない。その意味を理解しようと思考を張り巡らせたところで分かるはずもない。
気づけば、そんな彼を嘲笑うかのように真下で緋色に染まる影が笑みを浮かべていた。
信濃「っ!?……だ、だれだ」
問い質したところで、影は何も語らない。揺蕩う水面に映る自分にずっと見つめられるというのは、何とも奇怪な光景で、信濃は嫌悪感を露わにして銃を撃った。しかし、放たれた銃弾は空しくも水面を悪戯に揺らすだけで何も起こらない。
そして、そうしている間もまたあの声が聞こえてくる。

『Давай(こっちに来い)』

信濃「やめろ、やめろ、やめろよ!」
声を拒絶して慟哭をあげる信濃を、別の言霊が襲い掛かった。

『渇イテイルンジャナイカイ?』

信濃「!?」
それを聞いて後頭部を殴打されたような感覚が信濃を襲った。痛みはない、ただただ衝撃が走ったのだ。

『渇キヲ癒サナイト』

信濃「渇き?」

ドクンと心臓が高鳴り、紅黒に包まれていた視界がそっと晴れていった。
そして、心配そうな顔で見下ろしていた後藤と目が合う。
信濃「ご・・・ごとう?」
後藤「信濃、大丈夫か? うなされていたぞ。酷い寝汗だな……今タオルと水を用意するから」
背を向けてバッグを漁る後藤。
そんな彼の首筋を、信濃は瞠った。血管が透き通って赤く見え、信濃はそれに誘われるように後藤に抱きついて顔を肩口に寄せる。
後藤「信濃?……どうかしたか?」
信濃「……」
彼は答えない。
後藤「怖い夢でも見たのか? ちょっと待ってろ、先に水分を補給しーっ!?」
首筋に一瞬鋭い痛みが走り、その後すぐに別の感覚が後藤を襲った。
性的なものというよりは、激痛を一瞬にして快楽に変えるような、或いは麻薬を打たれた時のような、落ちるような快感が彼を支配した。
後藤「(なんだ、これは……思考が停止する? 考えることを、拒む?……抗えない力が、体内を蹂躙する)」
脱力した後藤の手を引いてベッドに組み敷いた信濃は、再び後藤の首筋に舌を這わせて咬みついた。
後藤「っ!……し、しなの」
ゴクリと音を立てて、信濃は血を吸う。
『ハジメテノ・・・血ノ味ハ、オイシイ?』
信濃「(オイシイ?……うん、おいしい)」
『モウ戻レナイ。気ガツカナカッタ頃ニハ戻レナイ』
信濃「……」
『オカエリ、僕タチノ、カワイイ秘蔵っ子』
恍惚とした表情で、血に溺れていく信濃。枷が外れたように血を欲する本能が彼を支配していた。
後藤「・・・っ!」
これ以上吸われるまずいと本能に訴えられ、朦朧としていた後藤の意識が帰ってきた。この機を逃すわけにはいかないと、後藤は信濃の肩を掴んで名前を呼ぶ。
後藤「信濃、信濃、信濃!」
弱々しい声だ。
それでも、彼から発せられる自分の名前を聞く度に、信濃の沈んでいた理性が引き戻される。
信濃「!・・・ご、後藤!?」
意識が鮮明になり、状況を理解した信濃は絶句した。
信濃「お、俺は、なにを・・・っ!?」
唇に残る血と、後藤の首筋にある治りかけの咬み跡を見て、信濃は震える。
目の前で怯える信濃を見ていてもたってもいられなくなった後藤は、上体をゆっくり起こして信濃の肩を抱き寄せた。
後藤「よかった、もどったか」
信濃「後藤、俺……俺!?」
後藤「落ち着け信濃、大丈夫、俺は大丈夫だ」
何を根拠に言ってるんだと、後藤は自分でも思った。それでも、信濃を安心させたい一心で「大丈夫、大丈夫」とまじないのように繰り返した。
信濃「後藤・・・俺、俺、変だよ。もしかしたらCウイルスに感染したかもしれない」
後藤「それはない。俺たちはTウイルス、Gウイルス、Cウイルスの抗体を持っていた。それに、今まで見たウイルスにひとの血を欲するようなウイルスはなかっただろ?」
安心させるためのその言葉が、逆にひとつの不安を思い起こす可能性があることを分かっていて、後藤はわざとそれを続けた。
後藤「大丈夫、お前は大丈夫だ」
背中に腕を回し優しいたたきながら、子供をあやすように甘い言葉を囁く。空いた片手は脇のバッグに入れて、緑の薬液が入った注射器をそっと取り出した。
信濃「後藤……ぅぅ、俺は、俺は」
胸に顔を埋めてなく信濃。
TウイルスでもGウイルスでもCウイルスでもなければ・・・じゃあ、俺の身体に何が起きてるの?と彼は訴えることができなかった。
後藤が出さずにいてくれる一抹の不安を、”新型ウイルス”に感染したかもしれないことを、信濃は自ら肯定することをしたくなかったのだ。
JSAGにはこんな規律がある。
バイオテロの任務に準ずる際、生物兵器に指定されているウイルス・寄生生物に罹患した者は、たとえ仲間であっても隔離・排除しなければならない。
後藤「……」
信濃「……」
後藤「……このことは誰にも言うな」
信濃「え」
後藤「いいか? 絶対言うな」
信濃「で、でも・・・うっ!?」
やっぱりこんなことしちゃいけない、と紡ぐ筈の言葉は声にならなかった。
後藤が信濃の腕に薬液を注入したからだ。
薬液の正体は即効性の麻酔で、一度打たれれば象も10秒ともたず眠りに落ちる。
信濃「ご、ごと……う」
後藤「ごめんな……信濃」
薄れゆく意識の中、苦痛の色を浮かべる後藤に見下ろされながら、信濃は深い眠りに堕ちていった。

薬研「おーい、そっちの部屋で面白い資料見つけたぜーって・・・おいおい、何してんだ? こんなところでイチャついてんのか?」
カーテン越しに見える重なった2人の影が、仲睦まじい恋人のように見えて、薬研は笑った。
後藤「誤解すんなよ、寝汗かいてたから拭いてただけだ」
手早く注射器を自分のバッグに戻して信濃を寝かせながら後藤は答えた。
薬研「……眠ってどれくらい経つんだ?」
後藤「15分くらいかな? もう少し寝かせておこうぜ」
薬研「……」
眠る信濃を見下ろした途端、薬研はかすかに目を細めた。開いたカーテンを更に広げて後藤を一瞥し、また視線を信濃へ戻す。
薬研「……おい、なにをした」
察しのいい薬研のことだ、気づかない筈はなかった。でも、できれば気づいて欲しくなかったと後藤は思っていた。
でも、気づかれてしまったのなら仕方ない、と後藤は腹を括って語り始めた。
信濃に首を咬まれたこと。
そして彼の眼が、先ほど交戦したロシア兵のように赤くなっていたこと。
薬研「……リーダーが聞いて呆れるな」
後藤「返す言葉もない。本当にすまなかった」
薬研「だが、気持ちは分かる。新型ウイルスかは分からないが、信濃が何かに感染したのは間違いないだろうな……そして、咬まれたお前も、その危険性がある。JSAGの規律に則るなら、お前も信濃も隔離対象だな」
後藤「……」
薬研「……だが、信濃はまだヒトだったんだろ?」
後藤「ああ、ちゃんと自我があった」
薬研「……」
腕を組んで薬研は思案する。
新型ウイルスが発症したかもしれない信濃と、発症まではしていないがウイルスが入った可能性のある後藤。どちらも自我があるとはいえ、危険な存在であり、隔離・抹殺の対象となった。隔離するにしても、敵地での任務中で、しかも中断して帰れるような状況ではない。
薬研「この新型ウイルスを発症したとして、まだ情報が少ない。せめてヒトでいられる間は仲間として一緒に行動しよう」
後藤「でも、そしたらチーム全体が感染しちまう」
薬研「落ち着け、さっき資料見つけたって言っただろ? まあ、とりあえず読んでみろ」

◆新型ウイルスの入手告知◆
近頃、裏社会で新手の生物兵器が開発されたとの情報が入った。開発源は不明だが、その生物兵器に感染すると目が赤くなるという特徴がある。感染してからの発症時間は急速で、30秒ほどで発症する。発症すれば最後自我を失い、感染者以外を襲うということしか分かっていない。
近々、所長がこの生物兵器をある組織との取引で入手する予定。各担当の研究員は、新型ウイルスの研究に必要な設備や資料を整えておくこと。

後藤「こ、これは!?」
薬研「まだ油断はできねーが、発症しているとして、自我が保てているようなら経過観察といったところだな」
後藤「じゃあ、ひとまずこのまま任務続行で」
安定「なに言ってんの?」
薬研&後藤「!」
ドアの前に、加州と安定が聳えていた。彼らはハンドガンを向けたまま、視線だけで「手を上げろ」と指示を出す。それに応じて、薬研と後藤は両手を頭の上に乗せた。
加州「いくら仲間とはいえ、新型ウイルスに感染したかもしれない信濃も後藤もさ……俺たちからすれば生体サンプルとしての捕獲か、抹殺の対象なんだけど?」
安定「まあ、この状況じゃ、捕獲は難易度高すぎるから・・・抹殺かな」
薬研「ま、待て、話を聴いてくれ」
加州「薬研はそこどきなよ、感染してないんでしょ?」
安定「発症している信濃は射殺で、後藤はどうしようか……まだ目は赤くなっていないし、首輪でもつけておく? 発症して自我を喪失した瞬間に僕が爆発のスイッチ押してあげようか」
薬研「待て、発症しているとしたらもう既に目が赤くなっている筈だ」
加州「君は黙ってて……そんな資料だけで判断するのは甘いでしょ? 世の中には”例外”ってものがあるんだからさ。今は発症していなくても、自我がたとえ残っていたとしても、”危険”なことには変わりないんだよ?」
薬研「っ!」
後藤「頼む、撃たないでくれ! 信濃は、まだ人間なんだ!」
加州「今はそうでも、信濃も君も”化物”になる可能性がある……あのロシア兵たちみたいに」
薬研「今回の任務の最優先事項は”新型ウイルスに関する情報を手に入れること”だった筈だ」
安定「分かってないね、情報を手に入れて本部に持ち帰るのに一番大事なのは、部隊の壊滅を防ぐことだよ」
加州「感染者の血液サンプルだけ頂いて、後は帰れば何の問題もないよ」
安定「身体を運ぶより、ずっと楽だしね」
薬研&後藤「っ!?」
信濃「・・・う」
なんてタイミングの悪い目覚めだろう、と薬研と後藤は思った。
安定「おはよう信濃。突然だけど、血液採取するね。清光、信濃の血液を」
加州「了解」
安定「おらおら、お前らは背を向けてそこの壁に手をつけ!」
薬研「くっ!」
後藤「やめろ、信濃に何をする気だ!」
銃を向けられたままで抵抗ができず、薬研と後藤は言われた通りに壁に手をついた。
信濃「後藤、薬研!」
上体を起こそうとした信濃を制止し、加州は組み敷いた。
加州「おっと、動かないでね。おとなしく血液採取を受けないと……2人とも蜂の巣になっちゃうよ?」
信濃「……っ」
横たわった信濃に注射器の針を刺して血を抜き取る間、加州は信濃の目の色を確認していたが、赤くはなかった。
加州「……はい、血液採取完了。じゃあ、もう用済みかな」
信濃「!」
薬研「な!」
後藤「やめろ!」
安定「はいはい、壁を見てて……ね!」
後ろを向こうとしたした薬研と後藤の頭を、安定が銃口で小突いて戻した。
安定「日本の秘密警察って甘いんだね? JSAGが聞いて呆れるよ」
後藤「ぐ……甘いと言われようと構わない。でも、まだ信濃は人間なんだ。信濃が信濃でいるうちは、切り捨てることなんてしたくない!」
安定「甘ったれたこと言ってんじゃねーよ! 血液も手に入れたし、僕たちとしてはもう用済みなんだよ」
薬研「さすが、お偉いFBI様は”仲間”を簡単に切り捨てるよう育成されたんだな。組織の一員としては立派だよ、それに正しい。でも、俺はアンタたちのようにはなりたくないな」
加州「もう少し賢いと思っていたけれど、結構情に厚いんだね、星鴉って。でも、その気持ちがチームを壊滅させる要因になりえるんだよ。さあ……お別れだよ、信濃」
薬研「やめろ!」
後藤「頼む、待ってくれ!」
信濃「・・・いいよ、2人とも」
後藤「なにが”いい”だ! 全然よくねーよ!」
信濃「……だって、仕方ないじゃないか! 俺は新型ウイルスに感染して、現に発症して後藤に襲いかかった……また自我を失って、いつ襲うか分からない。そんな俺は、チームにいちゃダメなんだっ!」
薬研「詳細な情報を掴めていない! まだ治す術が残されているかもしれないだろ!」
後藤「諦めるな信濃! あの時のリンクスから受けた雪辱を果たすんだろ!」
安定「……情報が確実に手に入るか分からない状況で、何を言ってるの?」
加州「そんな雲を掴むような話、俺たちが乗ると思う?」
後藤「可能性はあるんだ。推測が確信に変わるまでは何もしないでくれ!」
加州「……はあ、ほんと君たちって甘いよね。やんなっちゃうよ」
信濃「もうやめて2人とも!……加州さん、俺を撃って!」
薬研&後藤「やめろ信濃!」
安定「仲間思いだねー、でも、そんなの任務においては邪魔な感情だよ…………って、僕等以外のFBI捜査官なら言ってたかもね」
信濃「・・・え」
薬研&後藤「は?」
銃を下ろして笑顔で言う安定に、呆気からんとする3人。
加州「ごめんね、ちょっと試させてもらったよ。不謹慎なのは分かっていたけれど、俺たちに内密にしようとしたから”おあいこ”ってことで許してくれない?」
薬研「おいおい、冗談にしては悪ノリし過ぎじゃねーのか?」
後藤「ま、マジで怖かったぞ」
加州「はいはい、だから”おあいこ”だって言ってるでしょ?」
振り返った2人と、上体を起こした信濃に、安定と加州は手を差し出す。
安定「自我はあるみたいだし、今は目が赤くない、僅かながら可能性が残っているのなら、みんなで頑張って探そうよ」
加州「例え有力な情報が手に入らなくとも、君が君でいるうちは・・・いや、君が君でいなくなっても、もとに戻す術があるのであれば、一緒に探そう? 俺たち協力するよ……もう仲間なんだからさ」
信濃「か、加州さん、大和守さん」
加州「君たちさ、1998年に起きたラクーンシティの事件を知ってる?」
薬研「バイオハザードが起きてアンブレラに滅菌されたラクーンシティのことか!?」
安定「僕たち、事件の被害者としてラクーンシティにいたんだ」
加州と安定は静かに語り始めた。

加州と安定はアメリカに移住してすぐ、不慮の事故で双方とも両親を早くに亡くした。2人は孤児院で出会い、その後養子としてある夫婦に2人一緒に迎え入れられ、平和に暮らしていたが数年後、その事故は起きた。
2人の両親はアンブレラの社員で、Gウイルスの開発に成功した。しかし、これを巡って本社と対立したため、アンブレラ上層部から送り込まれた特殊部隊に瀕死の重傷を負わされ、父は自らにGウイルスを投与してクリーチャー「G」と化し、特殊部隊を皆殺しにした。その際、Tウイルスが下水へ流出したことでバイオハザードが発生した。
ラクーンシティが混迷を窮める数時間前、母の電話による指示でいち早くR.P.D.(ラクーンシティ・ポリス・デパートメント)という警察組織に避難したが、彼等が到着した頃には、R.P.D.は暴走した署長の凶行により、警察署としての機能は完全に潰えていた。
電話による母からの指示で身を隠す場所を探している最中、R.P.D.に避難してきた長曽祢虎徹という警官に保護され、危険地帯と化したR.P.D.およびラクーンシティから共に脱出するように説得を受け、それに応じる。
しかし、その脱出の中で長曽祢と離れ離れになってしまい、気を失っている隙にG生物化した父により胚を体内に植えつけられた。2人は程なく意識を取り戻すが徐々に衰弱の様相を呈していった。
母親からワクチンの精製方法を聞き出し、それを精製した加州がワクチンを精製し、これを投与することで事なきを得た2人は無事にラクーンシティから脱出し、アメリカ政府へ保護されることとなった。
しかし、実状はアンブレラ研究員を両親に持ち、埋め込まれた『G』の存在を監視下に置くと言う名目のもと、軟禁状態となっていた。
2人は合衆国エージェントになることを条件に、15年の時を経て軟禁状態を解かれ、ある程度の自由を得るに至ったのだ。

保健室のテーブルを囲んで座っていた5人。
話が終わり、少しの沈黙が過ぎたところでようやく薬研が口を開いた。
薬研「……そんなことが」
加州「ここまで来るのに長かったよ」
安定「いろいろ大変だったけれど、清光がいたからやってこれた」
加州「だから俺たち決めてるんだ……何があろうと仲間を見捨てないって。FBIの上層部連中には『お前たちは甘い』って叱責を受けるけどね」
安定「それでも、可能性があるならとことん追究するべきだよね。だから、一緒にがんばろう」
信濃「加州さん、大和守さん……ううう」
涙が止まらない。状況は違えど、信濃にとって2人は類似した立場にいて、その2人が諦めるずに、一緒に打開策を探そうとしてくれたのが、とても心強くて、嬉しかった。
薬研「……今回のチームが、アンタたちで良かったぜ」
安定「僕も、君たちとチームを組めて嬉しかったよ」
加州「はい、じゃあ……お互いの秘密を共有したところで、そろそろ次に進もうか。新型ウイルスの正体を暴いて、信濃を治療しないとね」
後藤「おう、よろしく頼むぜ、加州、大和守!」
5人は持っていた葡萄酒入りのグラスを当て合い、一気に飲み干した。
時刻は午前1時。彼等の夜戦は、まだ始まったばかりだ。

地下4階のKエリアからJエリアへの連絡通路から、望遠鏡でJエリアのエレベーター前を様子見る一同。
和泉守「なんでこんなところにロシア兵がいるんだよ」
堀川「目が赤いね……もしかして、新型ウイルスかな」
和泉守「その可能性はあるだろうな。ジュアヴォと違って複眼じゃねーし」
乱「銃撃戦の跡があるね……ん?」
エレベーター付近の柱に、白い紙が貼ってある。それは銃撃戦の最中、後から来るであろう乱たちの為にと信濃が書き残したものだった。
厚「えっと、なになに……”ロシア兵とは戦うな。バラバラにしても再生する上に、対戦車用のライフル装備あり。なるべく戦闘を避けてエレベーターを突破せよ”……だってさ。」
堀川「なるほど……厄介だね」
乱「よーし、こんな時のための、ボクと後藤が開発した新兵器の出番だね!」
3人「新兵器?」
乱「じゃじゃじゃじゃーん!」
厚「って、それ手榴弾じゃん・・・見た目はどう見てもピンクのボム兵だけど」
乱「後藤に造ってもらったロボットだよー。この子たちを使って、敵をIエリアの方へ誘導するよ」
和泉守「その隙に、俺たちはエレベーターに乗るってことか」
乱「その通り~♪ さあ、いっくよ~、ピンキーちゃん!」
ピンクのボム兵ロボット部隊が、トコトコとJエリアの方へ歩いていく。
和泉守「・・・遅くねーか?」
乱「大丈夫、後で速くなるから!」
ロシア兵の目に留まった瞬間、ピンキーたちの導火線に火が点いた。そして、今までのノロさが嘘だったかのように一目散に列を組んでIエリアの方へと駆けていく。
ロシア兵「Давай, поймай плохого парня!」
ロシア兵「Огонь! Огонь!」
乱「ふふ、その調子。”あいつを捕まえろ、撃て撃て~!”って言ってる。よーし、今のうちだよ、みんな!」
厚「よし!」
一斉に飛び出してエレベーター前へと移動し、パネルを押すとエレベーターの扉が開いた。全員が入ったことを確認した堀川が扉を閉めると同時に、乱がリモコンのスイッチを押す。すると、先程まで走り回っていたピンキーたちが次々と爆発してロシア兵を吹っ飛ばした。
動き出したエレベーター越しにロシア兵の悲鳴と爆発音が上がり、和泉守が顔を綻ばせる。
和泉守「お前やるじゃねーか」
乱「う、ううう……」
和泉守「ん?・・・どうした?」
乱「ピンキーちゃんたちかわいそう」
愛着のあったボム兵が木端微塵になったことを憐れみ、目元に涙を潤ませる乱。
和泉守「じゃあ、なんであのデザインにしたんだよ!?」
乱「えー、だって持ち歩くには、やっぱり”かわいい”のがいいかなって。ほら、手榴弾もみんなピンキーちゃんだよ?」
厚「ちなみに、俺も色違いのボム兵型手榴弾だぜ。ほら、黄色のボム兵」
和泉守「見せなくていい!」
乱「ちなみに薬研はブルーで、信濃はレッド、後藤はグリーンだよ」
厚「爆発戦隊ボムソルジャー!」
堀川「わあ、楽しそうだね。じゃあ僕はシルバーがいいかな」
和泉守「あのなぁ、国広」
堀川「兼さんはゴールドだよね! かっこいいよ、兼さん!」
和泉守「・・・ご、ゴールドか。わ、悪くねーな、うん」
堀川「大和守さんと堀川さんは何が似合うかな」
乱「加州さんはダークレッド! 大和守さんはスカイブルー!」
厚「それだと信濃と薬研と被らないか?」
乱「大丈夫、信濃はローズレッド! 薬研はオーシャンブルー! どこも被ってないよ!」
和泉守「思いっきり色被ってんだろ! 9人で並んだ時に明らかにおかしいだろ!」
堀川「ははは、兼さん楽しそう」
和泉守「お前なー」
乱「9人揃って~、爆発戦隊ボンバー9!・・・届け、この爆発!」
厚「(結構かっこいい感じに言ってるけど、要は自爆してんだよな)」
堀川「ところで兼さん、何階に行く?」
和泉守「まだ押してなかったのかよ!? 普通に行けるところまで行けばいいだろ?」
堀川「なんかランプ点いてるのが地下6階のNエリアだけなんだけど」
和泉守「そこにしか行けねーなら、行くしかねーだろ」
厚「それにしても、このエレベーターなんかあったのかもな……血痕あるし、ドアはなんか少しへこんでるし」
堀川「エレベーターの前に結構銃撃戦の痕跡があったから、きっと加州さんたちがロシア兵と交戦したんだろうね」
乱「大丈夫かな、後藤たち。怪我してないといいんだけれど」
堀川「着いたよ」
厚「よし……」
ドアが開くと同時に、全員が銃口を外へと向ける。敵がいないことを確認して、エレベーターから出る。
堀川「図面によると、MエリアかOエリアの方に、地下7階に下りれるエレベーターがあるみたいだよ」
厚「一気に最下層のエリアにいけねーのが痛いな」
乱「セキュリティが高いってことだね。何かあった時はどこから逃げるつもりなんだろ」
堀川「非常用の潜水艇がないし、有事の際は、きっと何もかも道連れにしてバイバイってことじゃないかな」
厚「うわぁ、怖いな」
和泉守「大和守たちは先に行ったかな」
堀川「他のパネル押しても動かなかったから、多分そうだと思うよ。でも、問題はどっちに行ったか分からないことだね」
乱「ひとまずMエリアに行ってみない? どうせ目指している場所は同じだし、地下8階のTエリアで会えるよ」

Mエリアへ向かう4人をモニタ越しに見ながら、ノートPCのキーボードを片手間に打つ燭台切。
太鼓鐘「すげーな、みっちゃん。あいつらみっちゃんの導きの通りに動いているぜ!」
燭台切「ははは、なんかゲームのキャラクターを動かしているような気分だよ。彼等は他のファナティカーで対応するとして・・・僕等の目的は今Lエリアにいるからね」
Lエリアのモニタを見ながら、燭台切は告げる。
燭台切「さて、そろそろ行こうか。ああ、所長さん……Aエリアから米軍の増援部隊がやってきたから、彼等の排除よろしくね」
所長「……ふん、私に拒否権などないだろう」
燭台切「うーん・・・本当にアポストロスって可愛げがないね」
所長「悪かったな、可愛げがなくて!」
伽羅「早く行け」
所長「く……分かった」
足早に退室していく所長を一瞥し、燭台切はビタシグを吸う。ほのかに香る抗えない匂いに誘われ、太鼓鐘は目の色を赤くして、燭台切に寄り掛かる。
太鼓鐘「み、みっちゃん。ちょっと、それは・・・ううう~」
燭台切「あれ、貞ちゃん……もう酔っちゃった?」
伽羅「……おい、光忠。ラファエルの血じゃないのか、それは」
燭台切「うん、そうだよ」
伽羅「そんなものまでビタシグにするな……貞が酔うだろ」
太鼓鐘「あはは、少し気分がいいかも」
燭台切「伽羅ちゃんもどう?」
伽羅「やめろ……馴れ合うつもりはない」
差し出されたビタシグを言葉と視線だけで突っぱねると、伽羅はポケットからケースを取り出し、中に入っている赤透明のカプセルを3粒口に放り込んだ。
伽羅「俺はこれで十分だ」
燭台切「もう、伽羅ちゃん強がりなんだから……」
言いながら、燭台切は太鼓鐘の腰を片手で抱き寄せる。太鼓鐘は一瞬腰を引いたが意図を察して、燭台切に身を委ねた。
燭台切「僕はやっぱり本物の……それも仲間の血が一番かな」
無抵抗の太鼓鐘の首筋に舌を這わせ、伽羅に見せつけるように牙を穿った。
太鼓鐘「……っ」
伽羅「……」
甘い香りが部屋に漂い、燭台切と伽羅の目が深紅に染まる。Dウイルスの影響で血を欲す身となった彼等にとって、この空間に籠った血の匂いは、最早獣と化した自分たちの本能を目覚めさせるには十分だった。
太鼓鐘「……みっちゃん、俺おかしくなりそう」
燭台切「大丈夫、後で伽羅ちゃんの血をあげるから。あ、伽羅ちゃんには僕の血をあげるね」
伽羅「搾取し合ってどうする……3人して血が減る一方だろ」
指摘しながら、伽羅は片腕を巻くって吸血されている太鼓鐘に差し出す。
伽羅「貞、飲め……俺はカプセルで十分だからな」
燭台切「伽羅ちゃん、我慢は身体に毒だよ?」
伽羅「うるさい。お前自身が貞にとっての毒だ」

Aエリア。
歌仙『今回の任務は米日の合同チームの援護と、通信環境の確保だよ。オペレーションをいつも通りにしていく予定だけど、地下に行けば行くほど、通信機器が効かなくなると思うけど……大丈夫かな?』
山姥切「構わない。できるところまで頼む。
通信機越しに会話をする山姥切と歌仙。彼等は2011年に大統領よって設立された合衆国大統領直轄の危機管理組織DSO(Division of Security Operations) のエージェントだ。
山姥切「歌仙」
歌仙『なんだい?』
山姥切「今回の任務にCIAのエージェントがいると聞いたが・・・堀川はいるのか?」
歌仙『相変わらず僕に聞くんだね。以前CIAにいたとはいえ、彼等は』
山姥切「以前オペレーションをしていた仲だろ」
歌仙『えっとね、何度も言うけれど彼等はもうDSOじゃないんだよ。言ったじゃないか、堀川は和泉守を追ってCIAになったって。君だって当時堀川とはトールオークスの事件依頼タッグを組んでたんだから知ってるだろう?』
山姥切「ああ、だが堀川もとい和泉守からよくオペレーションしてくれと依頼が飛んで来るんだろう?」
歌仙『組織の垣根を越えてね……全く、褒められたものではないよ。堀川と言うより、和泉守が僕のオペレーションじゃないと嫌だとか雅じゃない言い訳してるからー』
山姥切「悪い、敵が現れたから後にしてくれ」
歌仙『ひとに話を振っておいてそれなのかい!?』
所長「鼠が現れたと聞いて来てみれば……アメリカ政府は余程忙しいと見える。エージェントがたった一人とはな」
山姥切「お前はネオアンブレラの者か」
所長「如何にも……私はここの施設の長だ」
山姥切「ネオアンブレラも多忙なのか……いきなりボスがしゃしゃり出るのか」
所長「Dウイルスを手に入れるために、構成員の殆どを被検体として差し出す取引をしたのでな」
歌仙『酷いことをするね』
山姥切「ああ、全くだ。それでなんだ、お前も結局Dウイルスの虜囚というやつか」
所長『ああ、そうだ。私の読みが甘かった故にな……見ろ、この赤い眼を!」
山姥切「その目……気に入らないな。それがDウイルス感染者の特徴か」
所長「くく、この眼はな、血のようだろう? まさに血眼というやつだ。こうしている今も、ただただ渇望するのだ……私の身体が血を欲している!』
山姥切「まるで吸血鬼だな」
所長「くくく、変化したのは目の色だけとは思うなよ」
背後に回りながら所長が笑う。山姥切はとっさに横に飛んで、彼の爪による引っ掻き攻撃を防いだ。
山姥切「爪が自在に伸びるのか」
歌仙『山姥切、大丈夫かい?』
山姥切「ああ」
所長「くくく、まだまだぁ!」
山姥切「斬る!」
俊敏な速さで迫りくる所長の爪攻撃を、銃身で防ぎつつ、空いた片手で帯刀していた刀を抜刀し、居合切りを決めた。
所長「ぐああああああああ・・・なんてな」
山姥切「!」
斬り落とした腕の細胞が一気に活性化して増大し、切断された肩にくっついた。
山姥切「再生力は、Cウイルスのクリーチャー並みか、それ以上だな」
所長「くくく、Cウイルス? あんなもの比較対象にもならん! う、うううううううああああああああっ!」
慟哭をあげる男の筋肉が増大し、身に纏っていた白衣を破った。鱗が全身を覆い、牙と爪が伸びて、尻尾まで生える。巨大化する身体は天井を喰い破って、地上と地下を繋げた。
落ちてくる岩を跳び乗り、崩落するAエリアから脱出する山姥切。
歌仙『山姥切? 一体何が起こったんだい?』
山姥切「いきなりドラゴンになった」
歌仙『ドラゴン?』
山姥切「ああ、大きくなり過ぎて天井を崩した。恐らく地上部隊のヘリの動画から見れる」
歌仙『な、なんだいこれは……突然変異かい?』
山姥切「ああ、恐らくな」
歌仙『突然変異にしたって、普通の人間がこんな5mもあるドラゴンになるのかい?』
山姥切「Cウイルスの亜種みたいなものだ」
歌仙『いや、それにしたって5mは普通じゃないよ』
怒号のような唸り声をあげて、火炎を吐く竜。
歌仙『……僕は御伽噺でも見ているのだろうか』
山姥切「御伽噺の竜なら、仲直りできるんだが……あれはそうはいかないだろうな」
歌仙『空軍のミサイル攻撃に任せるかい?』
山姥切「そうだな、あのデカブツの相手は無理そうだ。俺はこのまま地下に潜って通信電波機の設置作業に入る」
歌仙『うん、頼むよ』

地下7階のQエリアにて。
加州「このエレベーターで地下9階まで行ける筈でしょ? 安定、もう一回押してよ」
安定「何度押しても、反応しないんだけど」
信濃「……うーん、これまずいなぁ。誘導されてるっぽい」
薬研「でも、ここで降りるしかないなら、仕方ねーんじゃねーか?」
加州「まあ、そう簡単に最下層には行かせませーんってことかな。
信濃「う、うん……」
後藤「見たところ、敵はいないみたいだ……通路が続いてる」
培養槽が陳列する通路を歩く一同。
安定「うえ……気持ち悪いなぁ、もう」
加州「ほんと気味が悪いよね」
通路を歩いて、先へ進むと研究室に出た。実験機器や様々な薬剤などの香りがする。それに混じって、かすかに血臭を感じとった信濃が、その根源の先にあるドアを見つめる。
信濃「あそこから、血の匂いがする」
薬研「血臭か……俺たちは感じないが、信濃が言うならそうなんだろうな」
安定「おらおらおらおらぁ!」
銃を構えながら安定が蹴破り、部屋に侵入する。彼等が今いるのは、B・O・Wの威力を観察する広間だ。そして、広間の中央に燭台切と太鼓鐘が立っていた。
燭台切「やあ、待っていたよ星鴉にFBI」
加州「へぇ、随分手がご無沙汰みたいだけれど、丸腰で待ち伏せなんて正気の沙汰じゃないね」
信濃「誰だ!」
燭台切「おや……忘れちゃったのかい、信濃くん。もうそろそろ思い出してもいいんじゃないかと思っていたんだけれど」
信濃「え?……うっ!」
燭台切と目が合った途端、信濃の中で霞んでいた記憶が鮮明になっていった。

2年前。
国連の要請を受けて東欧の研究所を襲撃した時だった。大混戦の末に、再開発されたCウイルス亜種が空気中に漏れて瞬く間に感染し、敵味方全体に蔓延した。
崩壊した国連の大連隊は撤退を余儀なくされ、烏合の衆のように逃げ惑った。国連の部隊は付近に設置されたいた非常用の大型シェルターの中に逃げることとなり、その作戦の中枢を星鴉が担っていた。
シェルターの近くにある制御室から、信濃がシステムを弄ってシェルターを開けるまで、国連部隊は列を成して鉛の雨を降らせた。持てる限りの弾丸を撃ち、日が落ちるまで続けた。
部隊が待ち望む中、信濃はようやくセキュリティシールドを破って、シェルターを1mほど開けた。
一緒に残っていたのは後藤と薬研で、彼等は先導して他の部隊にシェルターを潜るよう呼び掛け、乱と厚は先に潜ってシェルターの隙間から機関銃で応戦していた。
国連部隊全員の撤退を確認した後藤が薬研と共にシェルターを潜り、信濃に手を伸ばしながら「お前で最後だ、早く来い」と言った。
信濃はそれに応じようと手を伸ばしたが、背後から銃声が鳴り、彼の膝を撃ち抜いた。バランスを崩して倒れた信濃に、追ってきたケルベロスが群がった。
ハンターに覆われて見えなくなる寸前、信濃が赤いボム兵を取り出したのを見ていた薬研は、彼の決死の覚悟を汲み取った。
そして薬研は断腸の思いで、シェルターを潜ろうとする後藤を力の限り引き止めた。
信濃「ごめん……!」
それだけ告げて、信濃はスマホでシェルターを閉じたのを確認すると、信濃は目を瞑った。しかし、上がったのは爆発音ではなく、ケルベロスの悲鳴だった。
目を見開くと、いつの間にケルベロスを殴る2人の男性がいて、1人は自分と同じ歳くらいだった。
手に持っていたボム兵の導火線は、もう一人の男性に手で引き千切られたらしい。
太鼓鐘「あちゃー、逃げられちゃった」
伽羅「……完全にしてやられたな。光忠のシェルターシステムを逆に利用されるとは」
信濃「(な、なんだあのスピードは)」
目にも留まらぬ速さでケルベロスたちを蹴散らした2人に、信濃は驚愕を隠せないでいた。
太鼓鐘が「おらぁ、静まれ!」と咆哮すると、ケルベロスたちは叱られた子犬のように身を伏せた。
太鼓鐘「指示に従ってくれるのは嬉しいけれど、簡単な命令しか聞けないみたいだな。もう少しで標的を殺すところだったぜ」
ケルベロス「くーん」
太鼓鐘に群がるケルベロス。まるで主人に許しを請っているようだ。
信濃「(なんだ、あの少年。ケルベロスをペットみたいに)……ぐっ!?(し、しまった……油断した!?)」
背後に回っていた伽羅に羽交い締めにされ、信濃は苦痛に呻く。抜け出うと身を捩るが、それをさせまいと伽羅に腕を強く背中に回された。
信濃「ぐぁっ!?」
太鼓鐘「伽羅、そいつが信濃?」
伽羅「ああ、間違いない。光忠、捕まえたぞ」
燭台切「2人ともおつかれさま。やあ、君が僕のシステムを破った勇者くんかな?」
信濃「く……勇者ではないけれど……まあ、そうだよ」
怪しい笑みを浮かべながら、燭台切は信濃を値踏みするかのように見下ろし、近づいて膝蹴りを食らわせた。
信濃「っ!?」
無防備の状態で腹部に膝蹴りを受け、信濃はボム兵を落として吐血した。
燭台切「やってくれたね……ここの施設のシステムを作ったのは僕なんだけれど、まさかこんなにITに富んだ人材が国連に、それも日本にいるとは思わなかったよ」
信濃「あ……うう」
伽羅「光忠、その辺にしておけ……」
燭台切「ああ、ごめんね。ちょっと大人げなかったかな。かっこ悪い姿を見せちゃってごめんね」
太鼓鐘「いいっていいって。みっちゃん、今回のシステム構築結構頑張ってたもんな。それを破られたら、さすがに機嫌も悪くなるって」
ケルベロス「クーン、クーン」
燭台切「ははは。貞ちゃん、ありがとう。さて……どうしようか。ひとまずボスのもとへ連行かな」
そして信濃は3人によって別の研究施設へと連行され、Dウイルスの被検体として様々な実験を施された。
信濃「はあ、はあ、はあ……お前、あ、あの時の!」
燭台切「ようやく思い出したかい、信濃くん。捕まったのに、たったの半年で脱獄出来てよかったね」
後藤「誰だお前は!」
信濃「リンクスの燭台切光忠!」
薬研「なに、こいつらがリンクスの!?」
燭台切「そう、僕等はリンクスの幹部だよ」
加州「幹部が待ち伏せな上に丸腰とはね……随分舐めた真似をしてくれるね」
信濃「気をつけて、こいつら強いよ」
燭台切「そう。丸腰でも君たちに勝てるくらいにね」
信濃「俺をわざと逃がしたの?」
燭台切「いや、たまたま俺たちが留守中のところにタイミングよくJSAGが来て、君は無事に救出されただけだよ」
信濃「……」
燭台切「でも、僕等としては君が命を落としていないなら、どこにいようがどうでもよかったんだけれどね」
薬研「ほう、それで1年半も放って置いたのか」
燭台切「うん……でもね、機は熟したし、そろそろこっちに戻ってもらうよ?」
信濃「俺が従うと思う?」
燭台切「うん……だって君は僕たちには逆らえないからね」
そう言って燭台切が信濃に手を翳すと、信濃の心臓が共鳴するかのように高鳴った。
信濃「うっ!?」
後藤「信濃!」
崩れ落ちる信濃を支え、後藤が銃を放つ。しかし、放たれた弾丸は燭台切に届く前に太鼓鐘が横からキャッチして握りつぶした。
後藤「な!?」
燭台切「貞ちゃん、いつものようによろしくね」
太鼓鐘「へっへ、派手にやればいいってことだな?」
信濃「あ……ぐぅ、痛い、痛い!」
頭を抱えて苦痛を訴える信濃の目が赤く染まっていく。
後藤「お、おい、信濃しっかりしろ!?」
薬研「目が赤いぞ、こんな時に新型が発症したのか!?」
燭台切「それは違うよ薬研くん。その子はね、2年前からこの新型ウイルスに感染していたのさ」
言いながら、燭台切がクリアアクリル製の円筒を見せた。
中には、不気味な雰囲気を漂わせる赤い液体が螺旋状となって保存されている。
安定「それが新型のウイルスか」
燭台切「そう、その通り。これが新型のウイルス”Dウイルス”だよ」
加州「Dウイルス?」
燭台切「ここまで来れた冥土の土産に……いや、ここまで信濃くんを護送してくれたお礼として、Dウイルスの能力を教えてあげるよ」
信濃「あ、ぐぅうううう」
燭台切「Dウイルスはね、プラーガみたいに独自のヒエラルキーを持っているんだ」
薬研「なに、ウイルスがだと!?」
燭台切「そう。そして、それは支配種プラーガと同じように、他の感染者を操ることができる」
信濃「ぐぅ、あああああっっ!」
後藤「信濃、しっかりしろ!」
信濃「うああああっ!」
気がつけば勝手に身体が動き、後藤を突き飛ばしていた。
後藤「っ……信濃?」
信濃「あ、ぐ……」
薬研「信濃!……く、あいつが信濃を苦しめてるのか」
安定「首落ちて死ね!」
ロケットランチャーをぶっ放すが、太鼓鐘によって防がれた。
安定「な!?」
太鼓鐘「ただの人間だろうが、手は抜かないぜ!」
それならばと加州がマシンガンを取り出して連射したが、彼は舞うように銃弾の嵐を掻い潜り、加州の懐に入ると「派手にきめるぜ!」と悪戯な笑みを浮かべて掌底打ちをかました。
加州「ぐっ!?」
安定「うっ!?」
後藤「かはっ!」
太鼓鐘「このあふれんばかりのパワー! 光って見えるだろ?」
勢いよく吹っ飛んだ加州は、そばにいた安定と、少し離れたところで立ち上がろうとした後藤を巻き込んで壁にぶつかった。
薬研「は、速い!」
太鼓鐘「あらよっとっ!……どうだい? 決まったろ?」
加州「ぐっ!?」
安定「う、うごけない!」
後藤「このっ!」
壁のパネルを引き剥がして、3人の動きを封じると、太鼓鐘はサバイバルナイフを持って薬研に飛び掛かった。
薬研「くっ!」
バク転して回避し、青いボム兵を投げる。それは閃光手榴弾で、太鼓鐘の視界を眩ませた。
太鼓鐘「!……眩しいなぁ、でも血の匂いでどこにいるかなんて手に取るように分かるぜっ!」
気にも留めず突進してきた太鼓鐘の両腕を抑えようとするが、勢いを殺しきれず上体が崩れて仰向けに倒れこんだ。
太鼓鐘「……これで終わりだ!」
信濃「やめろっ!」
燭台切「君の相手はこっちだよ、信濃くん!」
信濃「くっ!(か、身体が動かない!)……薬研!」
後藤「薬研!」
薬研「やられるかっ!」
振り下ろされたサバイバルナイフを横に動いて回避し、足を勢いよくあげて太鼓鐘の顎を蹴り上げる。
太鼓鐘「っ!」
燭台切「貞ちゃん!」
太鼓鐘「……あっちゃー。みっとみない姿を見せちまったなぁ……へへっ。あんたもなかなかやるじゃないか。今のは少しキたぜ」
薬研「……思ったより、大して効いてねぇくせによく言うな」
太鼓鐘「その通り、効いてねーよ!」
華麗な旋風蹴りで打ち上げられ、薬研が天井に激突する。
薬研「っ!?(く、か・・・格が違いすぎる!?)」
太鼓鐘「おうおう、どうしたんだよ! その程度じゃ俺は倒せないぜ!」
信濃「薬研!……く、動け、動けっ、動けえええええええっ!」
燭台切「!?」
ナイフを自分の腕に刺し、信濃はアサルトライフルを太鼓鐘に向けて放った。
太鼓鐘「あいたぁ!……まじかよ、回避するところを予測されて撃たれた!?」
右手にアサルトライフル。左手にハンドガン。ライフルの衝撃による手ブレも計算されて撃たれたもので、二弾重ねによる発砲だった。
燭台切「へぇ、まだ逆らうんだね」
信濃「く……お前たちの、言いなりになってたまるかっ」
燭台切「……」
信濃「あっ!……ぐっ!?」
再び手を翳され、信濃は苦痛に呻く。燭台切はその様子を見て「せっかくの晴れ舞台だ。格好良く行こう」と言って信濃の背中に掌を置いた。
信濃「うっ……くっ!? な、なにをっ!?」
燭台切「僕はファルシュター・クラスのDウイルス適合者でね。特殊な電波を発してDウイルス感染者の場所を把握したり、さっきみたいに指示を出すことができるんだ。僕たちはこの電波を””令波”(レイハ)って呼んでるんだけど、令波をこんな風に直接浴びせたことはないから、君で実験しようかと思ってね」
信濃「やめっ!?」
全身に耐えがたい命令信号を浴びせられ、信濃の身体は悲鳴をあげた。
信濃「ぐああああああっ!」
太鼓鐘「うわあ、よく耐えるなぁ」
薬研「貫かせてもらうぜ!」
太鼓鐘「っ!?……おっと」
薬研「くっ!?」
渾身の突撃を身を低くして回避され、薬研は舌打ちする。太鼓鐘は「残念だったな!」と地面を蹴って身を翻しながら薬研を蹴り上げた。
薬研「く、やべぇっ!?」
加州「薬研!」
太鼓鐘「終わらせてやるぜっ!」
安定「薬研!」
後藤「薬研!」
薬研「っ!?」
重力で落ちる薬研の真下から、太鼓鐘が銃を撃ち上げた。鮮血が飛び散り、一同は驚愕する。
薬研「!?……し、信濃っ!?」
薬研の間に入った信濃が撃たれた。
燭台切「(僕の令波を大量に浴びたというのに、あそこまで逆らうとはね。しかも、あのスピードと跳躍力は紛れもなく、僕たちと同じ力だ。まずいね、力の使い方を覚えてしまう前に捕獲しないと)」
信濃「かはっ!?」
薬研「信濃っ!」
床に顔面から落ちそうになる信濃を、なんとか抱きとめて受け身をとる薬研。
薬研「信濃、信濃っ!」
信濃「う……く、だ、大丈夫?」
薬研「バカ野郎、自分の心配をしろ」
信濃「かはっ……くぅうう、大丈夫だよ、俺たち、治癒する身体だろ? これくらい、なんてこと……うぐっ!」
言った通り傷口は治癒したが、別のものが信濃を襲った。
燭台切「なんてことない筈ないんだよ、信濃くん。Dウイルスは血を欲するんだ……そんなに出血したら、抑えきれなくなっちゃうよ?」
信濃「あ……ぐっ!?」
薬研「信濃、信濃!?……ぐあっ!?」
信濃「薬研!?」
燭台切「ショータイムといこうか……ね、貞ちゃん」
太鼓鐘「!・・・おうっ!」
信濃を心配する薬研を捕まえた燭台切は、太鼓鐘に視線だけで指示する。その意図を汲んだ太鼓鐘はナイフを携え、愉快そうに笑う。
安定「な、何をする気だ!?」
加州「何をするにしても、嫌な予感しかしないっ!」
信濃の目の前で、薬研の首筋にナイフが突き立てられた。太鼓鐘はなぞるように切り傷を少しずつつけていく。
信濃「……あ」
流れていく血を見て、Dウイルスに侵された身体は血を欲した。
燭台切「ほら、信濃くん……餌の時間だよ?」
薬研「う!?……く、は、放せっ!」
信濃「あ……や、やだ」
燭台切「素直じゃないね……もう少し血を流そうか?」
太鼓鐘「……派手にやっちゃう?」
言いながら、太鼓鐘は頸動脈にナイフを翳した。
信濃「!……や、やめろ!」
燭台切「何を恐れているんだい? 君たち星鴉は治癒体質なんだよね? これくらいじゃ、死なないよ・・・貞ちゃん」
太鼓鐘「おうよっ!」
薬研「がっ!?」
後藤「薬研!」
加州&安定「薬研!?」
掻っ切られた頸動脈から血が噴き出て、信濃にかかった。燭台切の言葉の通り、傷は治癒していき、流血は治まったが、信濃の中で暴れ出したDウイルスとしての本能はもう治まらなかった。
信濃「っ!」
薬研に飛びつき、首筋に容赦なく牙を突き立てる。
後藤「信濃っ!?」
薬研「あ……っな、なんだ……この感覚は、身体の力が、抜け……」
咬まれた以上は、もう抗えまいと、燭台切は嗤う。
口にすればするほど、その味は麻薬のように脳を刺激して、更に求めた。
信濃「・・・オイシイ」
薬研「し、信濃っ!」
信濃「うごくな」
真紅の眼差しに射止められ、薬研は身動きができない。そのまま燭台切に拘束されたまま吸血され続け、薬研の視界は霞んでいった。
信濃「オイシイ……血、モットホシイ」
喉をゴクリと鳴らして一通り薬研の血液を飲み干した信濃は、ペロリと首筋に舌を這わせた。
薬研「く……ぅ、し、しなの」
燭台切「もう要らないかな」
項垂れる薬研を燭台切は横に投げ捨てると、信濃にニコリと笑いかける。
燭台切「ここまで覚醒しているのであれば、僕の言葉が聞こえるだろう?」
信濃「・・・・・・ハイ、ミカエル様」
燭台切「うん、良い子。さあ、貞ちゃん帰ろうか」
太鼓鐘「こいつらは?」
燭台切「放って置いていいよ。もう用はないからね」
踵を返して去っていく燭台切と太鼓鐘の後を、信濃は付いていく。彼の双眸は光を宿していない虚ろな目と化しており、後藤は正気に戻さねばと叫んだ。
後藤「信濃、だめだ! 行くなっ!」
しかし、彼の絶叫が信濃に届くことはなかった。光を失った信濃の真紅の目が追うのは、燭台切たちの背中で、彼に操られてしまった信濃は振り返ることなく行ってしまった。

地下13階のZエリア、所長室にて。
伽羅「待ちくたびれたぞ」
燭台切「ごめんね、伽羅ちゃん」
伽羅「いくぞ、ボスがお待ちかねだ」
燭台切「そうだね、急いでアジトに戻らないと。ドッキングは済んでるかい?」
伽羅「問題ない、既に水底に隠していた潜水艦と、このZエリアの区画を繋げてある。さっさと潜水艦へ移るぞ」
太鼓鐘「はあ、俺腹減ったなぁ」
信濃「……」
3人の後をついて歩く信濃。薬研の血を摂取したことで、血を求める本能に支配されていた彼の理性が、少しずつだが戻っていたこともあり、彼はふと自分がなぜここにいるのか?と自問自答し始めた。
信濃「(あれ、俺はどうして……ここに?)」
立ち止まって、思考を張り巡らせていくうちに、信濃の目に光りが戻り始めた。その双眸は未だ真紅に染まっているが、自分の意志を取り戻した。
太鼓鐘「ん?・・・どうしたんだ?」
潜水艦への連絡通路で棒立ちしている信濃に気づき、太鼓鐘が声をかける。
信濃「お、俺は、一体何を!……はっ!」
凝視してくる3人と目が合い、信濃はとっさに背中を向けて逃げ出した。
燭台切「伽羅ちゃん、貞ちゃん、捕まえて。僕の令波が切れちゃったみたい」
太鼓鐘「おう!」
伽羅「ちっ!」
全速力で走り、追手から逃れようと駆ける。その先で、反対方向から駆けてくる乱たちの姿があった。
乱&厚「信濃!?」
信濃「乱、厚!? よかった!」
乱「なんか信濃血だらけじゃない?」
厚「返り血とはいえ、あいつらに何かされたのかもしれねーな」
太鼓鐘「なに!? あいつらいつの間に!?」
和泉守「信濃じゃねーか、あいつらに追われてるのか!?」
堀川「兼さん、後ろに敵が2人いるよ!」
伽羅「(どうやってここまで来た? 建物の構造上、こんなこ速くここまで来れる筈が!)貞、信濃を捕らえろ! 俺はあいつらを喰いとめる」
太鼓鐘「おうよ!」
乱「なんだか知らないけれどさせないよ、厚!」
厚「おう!」
2人がピンクと黄色のボム兵を投げた。2人の連携をよく見ていた信濃はその意図を読み取り、躊躇せずに駆け抜ける。ボム兵は彼の後を追おうとする太鼓鐘にくっついた。
太鼓鐘「なっ!?」
乱&厚「イオ!」
2人の呪文に合わせてボム兵が爆発し、太鼓鐘は吹っ飛んだ。爆発の際に強力な接着剤の液体も飛び出て、太鼓鐘を床に貼りつけた。
太鼓鐘「な、なんだこりゃ、う、うごけねぇ!?」
伽羅「貞!」
和泉守「おうおう、余所見している暇はねーぜ!」
和泉守が構えるバズーカ砲から、同じピンクと黄色のボム兵が放たれた。
伽羅「(遅いな、あれくらいのスピードならかわせる)・・・!?」
確かに回避した筈なのに、ボム兵が腰にピッタリとくっついていた。
伽羅「ま、まさか」
乱「気づいちゃった? そう、そのボム兵は磁力でくっついているんだよ?」
厚「強力な磁石だからな、スイッチを押した途端に間近の金属にくっついちまうんだ」
乱「イオ!」
伽羅「ぐっ!?」
太鼓鐘と同様、接着剤によって、身動きを封じられた伽羅。
信濃「はあ、はあ……ありがとう、助かった……ぐっ!?」
安心したのも束の間、今度は2人が放つ令波が信濃を襲った。
少しでも気を許せば、乱たちに銃を向けかねないと危惧し、信濃は焦燥に駆られながら必死に告げる。
信濃「早く、にげて・・・」
乱「え?」
信濃「説明は後でするから! 早くしないとアイツが来る! 早く逃げて!」
直後バランスを崩して倒れこむ信濃を厚が背負い、そそくさと来た道を引き返す。
和泉守「おいおい、どこ行くんだよ!?」
厚「逃げる! 信濃の様子からしてここに留まるのはやばそうだ!」
逃げ始める厚たちの背後で、ドゴンという轟音が鳴り響いた。
背中に生えた白い双翼を羽ばたかせ、炎を纏った伽羅が床を燃やし尽くして飛び上がったのだ。
和泉守「な、なんだ!?」
伽羅「随分舐めた真似してくれたな」
太鼓鐘「へへ、抜け出せたぜ!」
自由になった太鼓鐘も背中から純白の翼を出して飛び、風を巻き起こらせた。
堀川「に、人間じゃない!?」
太鼓鐘「その通り、俺たちは選ばれたファルシュターだからな! さあ、ド派手に暴れようぜ!」
突風が起こり、和泉守以外が奥の壁へと吹っ飛ばされる。なんとか持ちこたえてバズーカ砲を構える和泉守は、伽羅が上空から踵落としを決めて大理石の床へと叩きつけた。
堀川「兼さん!」
和泉守「・・・く」
堀川「兼さん……くっ! こうなったらプラーガの力を」
和泉守「やめろ国広! 身体の負担が大きすぎる!」
堀川「でも、格が違い過ぎるよ兼さん、こういう時のためのプラーガでしょ!?」
和泉守「ダメだ! 絶対に俺が絶対に許さねーぞ!」
這いつくばりながら堀川を諫める和泉守。そんな彼に追い打ちをかけるように太鼓鐘が突風で吹き飛ばし、厚にぶつけた。
厚「ぐはっ!?」
和泉守「すまねぁ」
厚「いや、大丈夫だ」
信濃「……く!」
ハンドガンを構える信濃に、太鼓鐘は呆れながら肩をすくめて、両手の手のひらを上に向ける。
太鼓鐘「そんなもの、俺には効かないぜ」
乱気流を起こして信濃を吹き飛ばしながら、太鼓鐘は宙を舞う。
燭台切「やれやれ、少し遊びが過ぎるんじゃないかい?」
太鼓鐘「みっちゃーん、ごめんごめん」
燭台切「やれやれ、まだこういった能力は秘匿しなければいけなかったんだけど……ね」
彼の手から放り投げられたビタシグがバチッと甲高い音を上げて爆発した。その爆風を受けた乱たちが、一斉に昏倒する。
信濃「な!?」
燭台切「彼等の記憶から、僕等のことは消去しておこうか……さて、おいで信濃くん」
信濃「・・・っな、なんで、なんで俺なんだよ!?」
燭台切「・・・信濃くん、僕は今機嫌が悪い方なんだ。優しく言っているうちについて来た方がいいよ。せめてもの情けで、君の仲間にトドメを刺さずに去ってあげるんだから」
信濃「・・・」
伽羅「早く来い」
太鼓鐘「ほら」
信濃「・・・」
3人が注視する中、信濃は横たわっている乱と厚の手を握り締めた。そして覚悟を決めてゆっくりと立ち上がり、差し出された燭台切の手を取る。その瞬間、燭台切の手から何かが信濃の身に流れ込んだ。
紛れもない、令波だ。
闇夜に紛れて鴉が消えるように、信濃の視界は再び暗黒に閉ざされた。

暴れる竜の上空で、一隻の爆撃機が狙いを定めた。
長曽祢『これで終わりだ!』
彼はDSOに所属するエースパイロット、長曽祢虎徹だ。彼の爆撃機から放たれたミサイルを受け、竜は甲高い金切り声をあげて爆死した。
歌仙『おつかれさま』
山姥切『こちら山姥切だ。通信環境の構築が完了した。聞こえるか?』
長曽祢『おう、ちゃんと聞こえるぜ』
山姥切『堀川たちの様子を探りに行く。歌仙、いつものようにオペレーションを頼む』
歌仙『了解』
長曽祢『俺は救援部隊を呼んでこよう』
歌仙『ああ、頼む……それじゃあ山姥切、ちょっと待っててくれ。通信設備が回復したおかげで、通信機器が遮断される前に堀川から来ていた施設の図面をもとにオペレーションしていくよ』
山姥切『ああ、それじゃ急いで向かう』

伽羅「光忠、あの所長やられたみたいだぞ」
燭台切「やっぱり適合しなかったんだね……ただ暴れるだけの化物になっちゃうなんてさ」
太鼓鐘「今回のアポストロスは失敗かー」
燭台切「やっぱり潜伏期間が長い方が、支配種のDウイルスは宿主と適合しやすいみたいだね。まあ、良い実験データが取れたよ。ボスに報告しないとね」
太鼓鐘「ねぇ、みっちゃん。潜伏期間ってなに?」
燭台切「病原体に感染してから、体に症状が出るまでの期間、あるいは感染性を持つようになるまでの期間のことだよ」
太鼓鐘「Dウイルスの場合は、感染はしても、発症が遅い方がいいんだな」
燭台切「うん。この子も、発症までに2年くらいかかったわけだし」
太鼓鐘「潜伏期間って操作できんの?」
燭台切「うん……それなりの環境を提供してあげればね。さて、この子もまだDウイルスの胚が目覚めたばかりだから、しばらくは僕等の環境で管理しないと」
寝台で眠る信濃を見下ろし、点滴の針を刺す燭台切。
伽羅「こいつの餌はどうするんだ? ボスから”生餌”を与えるようと言われたんだろう?」
燭台切「当分は僕等かラファエルの血を与えるよ。多少目を離せるようになったら、自分で狩りをさせるんだって。ああ、貞ちゃん、そこにあるスイッチ押しておいて」
太鼓鐘「おう」

安定「はあはあ、なんとか抜け出せた」
後藤「おい薬研、しっかりしろ!」
加州「あんまり揺らさない方がいいよ、失血が酷いから。えっと、ひとまず撤退しよう、撤退」
アナウンス「The self destruct sequence has been activated! Repeat, the self destruct sequence has been activated! This sequence may not be aborted! All employees proceed to the emergency car at the bottom platform!」
施設内放送が流れ、3人は顔を青くした。
安定「やばい、爆破装置が作動した!?」
加州「く、何が”停止する事は出来ません”だ。”研究員は最下層のプラットフォームから非常車両で脱出して下さい”とか言ってたけど、そもそもエレベーターが動くかな」
後藤「ひとまず行くしかない!」
加州が薬研を背負い、後藤と安定が先に行ってエレベーターのパネルを押したが、エレベーターは起動しなかった。
後藤「く……やばい、どうすれば」
安定「エレベーターが来ないと上にも下にも行けないよ!?」
あー、やばいよどうしよう、と右往左往する安定。彼の動きに合わせて、ショルダーバッグが揺れる。それを見ていた後藤はハッとして自分の肩にかけていた信濃のバッグに手を突っ込んだ。
加州「どうしたの?」
後藤「あった、信濃のパソコン!」
信濃のモバイルノートPCを開き、ログイン画面で静止する後藤。両脇から覗き込む加州と安定が額に汗を流しながら「分かんないのかよ!」と突っ込んだ。
後藤「えっと、確か『アルファベット9桁の花の名前で、”寂しがりな信濃らしい”パスワードだった』って以前乱が言ってたけど、そんなすぐに9桁の花の名前なんて言ったって出ないよな?」
安定「Hydrangea(ハイドレンジア)」
後藤「はや!?……でも違う」
加州「当たり前でしょ、俺たち英語圏に住んでるんだから、これくらいすぐ出てくるよ、次はAmaryllis(アマリリス)」
後藤「だめだ、違う」
安定「Hypericum(ハイペリカム)?」
加州「弟切草とか絶対違う!……Carnation(カーネーション)?」
後藤「……だめだ、違う」
安定「他にヒントないの?」
後藤「うーん、わかんねぇ」
項垂れる後藤の服についていた星形の模様を見た加州は、ある花の名を思い出した。
加州「Astrantia(アストランティア)は? 花言葉が愛の渇きとか、知性とか、星に願いをとか3つあるんだけど」
後藤「なんか妙に信濃っぽいな…………よし!」
Astrantiaとキーボードを打ち、Enterキーを押すと見事ログインに成功した。
加州「お、いいじゃんいいじゃん!」
後藤「これで、エレベーターのシステムを復旧……あった、Restartボタン!」
安定「あ、エレベーターランプが点いた、今なら使える! で、どっち行く? 上? 下?」
加州「……上行ってもロシアンソルジャーと鉢合わせするだけかもしれないし、”最下層のプラットフォームから避難しろ”ってアナウンス流れてたし、下に行くしかないかな。そこにもいたら、とりあえず暴れる」
安定「よし!」
エレベーターに乗り込み、地下13階のZエリアへと降り立った一同は、エレベーター前で倒れている乱たちを介抱した。
安定「みんな、こんなところまで先に来てたんだ!」
後藤「乱、厚、しっかりしろ!」
加州「堀川、起きて」
安定「和泉守、起きろーっ!」
3人に揺り起こされ、目を覚ました乱たちはキョロキョロと辺りを見回し「あれ、なんでこんなところに?」と呟いた。
加州「覚えてないの?」
乱「うん、あんまり……何かと戦っていた気がするんだけど」
厚「……いてててて」
安定「急いで、爆破装置が作動したよ!」
堀川「え……急がないと!」
駆けだし、プラットフォームへと急ぐ。
しかし、そこにある筈の脱出用ポッドや潜水艇が破壊されていた。
加州「くっ……まさかあいつらが!」
堀川「あいつら?」
加州「後で話すよ……えっと、どうする?」
アナウンス『Five minutes to explosion. All doors got unlocked.』
厚「なんだ? よく聞き取れなかったぞ」
乱「”爆発まであと5分です。すべてのドアロックが解除されました”だって」
厚「あ、あと5分で爆発!?」
堀川「兼さん!」
和泉守「ああ、脱出艇がないなら仕方ねぇ。ひとまず救命胴衣と酸素ボンベを探すんだ、どこかにある筈だ!」
乱「ボクたち探してくるから、後藤たちはそこにいて」
後藤「あ、ああ」
乱たちが去ってすぐ、加州の背中で気絶していた薬研が意識と取り戻した。
薬研「……う」
加州「あ、気がついた」
後藤「薬研、大丈夫か?」
薬研「……い、今どんな状況だ」
安定「端的に説明すると、信濃はあいつらに拉致られた。それで今僕たちは、あと5分で爆発するこの施設から脱出しようとしているところ」
後藤「今最下層の地下13階のプラットフォームにいるんだ。あいにく、脱出艇やポッドは使い物にならないんだけどな」
薬研「……呼べ」
後藤「え?」
俯く後藤の腕を掴み、薬研は訴えかける。
薬研「その手に持っているのは、信濃のパソコンだろう? それを使って、ナイトレーベンを呼べ」
後藤「!……ああ、そうだったな!」
ふと思い出したように後藤はノートPCを開いた。具体的にどういう風にリモートでコントロールするかは、いつも操縦席の隣で信濃が忙しくPCを操作するのを見ていたおかげで、自然と身についていた。
和泉守「おーい、救命胴衣持ってきたぞ」
厚「酸素ボンベもあったぜ!」
乱たちが戻って来た直後に、脱出用の水槽から潜水艇のナイトレーベンが姿を現した。たまたま付近にいた厚と和泉守が、ナイトレーベンの起こした水飛沫を滝のように浴びる。
堀川「・・・せ、潜水艇!?」
乱「ナイトレーベンだ!」
厚&和泉守「びっくりした」
加州「ほら、早く乗り込んで!」
安定「急がないと、もう3分もないよ!」
全員が乗り込んだところで、即座に操縦席に座った後藤が信濃のPCを助手席に置き、ナイトレーベンを発進させる。
山姥切『堀川、堀川、反応しろ』
堀川「この声はまさか山姥切!?」
歌仙『僕もいるよ』
和泉守「おお、之定!」
長曽祢『おつかれさん、俺も来てるぞ』
加州&安定「長曽祢さん!?」
山姥切『海底にも届くように通信設備を設置した……今どこだ?』
和泉守「今海底から潜水艇で脱出したところだ。今全速力で施設から離れている!」
歌仙『爆発まであと30秒だよ、急いで!』
安定「後藤!」
後藤「ああ、みんな掴まれ!」
水中を猛進し、海上にナイトレーベンが顔を出して飛び立つ瞬間、アルカトラズ研究所が大爆発を起こした。
島を中心に、間欠泉の如く大きな水飛沫をあげるアルカトラズ湾。同時に衝撃波が発生し、湾内にいた水棲生物が湾から投げ出されて吹っ飛ぶ。
既に空に逃げていたナイトレーベンやアメリカ軍は、辛くもその水棲生物の雨と湾の滝を浴びずにすんだ。
厚「はあ、はあ……間一髪だったな」
安定「……た、助かった」
歌仙『緊急の処置が必要なメンバーはいるかい?』
加州「いる、1人出血が酷いんだ」
歌仙『UW Medical Center(ワシントン大学病院)へ向かってくれ。そこで医療チームが待機している。噂に聞くナイトレーベンなら、30分以内に到着できる筈だ』
後藤「ジェットエンジンをフルパワーで飛ばして10分で着かせる!」

JSAG本部の司令官室。
司令官の補佐兼護衛を務めている鯰尾はいつもの通りにお茶と適当な茶菓子を鶴丸に出した。
鯰尾「そんなに根詰めてパソコンの画面見てたら、眼精疲労になりますよ? 一体何をしているんです?」
鶴丸「警察庁長官からのメールの返信に困っててな。あいつら設立されてまだ10年しか経たないJSAGは警察組織の公安部に統合されるべきとか言ってるんだ」
鯰尾「え・・・またですか」
鶴丸「おおかた粟田口チルドレンの人材が欲しいんだろうな」
鯰尾「・・・」
粟田口チルドレン。
それは日本の製薬大企業AWTが開発した生体神器の総称だ。
“神器”と呼ぶのは、アンブレラやトライセルが開発した”生物兵器”と区別するためであり、彼等はバイオテロ対策に生み出されたエージェントだからだ。
AWTは極秘で開発したこの生体神器を、高値と引き換えに各国の政府へ提供しようとしていたが、開発できる粟田口チルドレンには限りがあることを感じ、志半ばで計画は頓挫した。
その後、バイオテロ対策が必至となった時代に乗っかり、それをビジネスとして利用するべきではなかった、と考えを改めたAWTは、粟田口チルドレンの身柄を日本政府に預けたのである。
当時の政府は”粟田口チルドレン”は”生物兵器”と同等で危険だからすぐに排除すべきと批判する反対派と、有効なバイオテロ対策がない状況で、感染の心配がない粟田口チルドレンをバイオテロ対策に登用することの方が有益となる、と訴える賛成派で論争が起こり、結果政府は粟田口チルドレンをバイオテロ対策・鎮圧組織JSAGを築き、そこの人員として登用することに決めた。
テロ対策等を行う公安の管理下に置かれなかったことが、一部の官僚や警察組織の高官からすれば腑に落ちないらしく、当時のJSAG司令官である三日月宗近には嫌がらせに近いメールや書状が毎日届いていた。
昨今のバイオテロで使用されるT/Gウイルスや、その亜種ウイルスに対して完全な抗体を持ち、特殊な施術を受けて高い治癒能力を持ちえた粟田口チルドレンを使うことで、三日月宗近は国内で起きたバイオテロを迅速に解決してきた。
その活躍は海外からも高く評価されており、莫大な資金と引き換えにバイオテロに対しての協力を要請される程で、JSAGは確実に国内外での存在を確立していった。
しかし、それでも未だに不満を呈してこうした嫌がらせをされるという始末に、鶴丸は心底飽き飽きしていた。
鶴丸「2005年にJSAGが国内バイオテロ対策組織として設立されてから、もう何年経ったんだ?」
鯰尾「2017年ですから、12年ですね」
鶴丸「だろう? で、俺が2012年に司令官に着任してもう5年も経つというのに……まだこうした不満を呈すばかりか、粟田口チルドレンを狙う輩がいるっていうのは、どうも解せないな」
茶菓子を摘まみながら、鶴丸は警察組織や官僚の愚痴をこぼす。
鶴丸「おっと……すまないな、こんな愚痴を聞かせちまって」
鯰尾「いえ、いいんです。俺は鶴丸さんの補佐兼護衛役ですから。愚痴聞きもお任せください」
鶴丸「お、そいつは嬉しいね……それにしても、あいつらは無事に任務をこなしているかな」
鯰尾「星鴉ですか? きっと大丈夫ですよ。鶴丸さんが結成させたグループなんですから。それに、俺の兄弟は強いですよ」
鶴丸「はは、その通りだな……あいつらなら心配は要らないだろう。ところで、最近の調子はどうだ?」
鯰尾「すこぶる健康ですよ、俺。一時はどうなるかと思いましたが、鶴丸さんのおかげでこうして仕事に就けてますし」
数年前の話。
2012年にアメリカのトールオークスでバイオハザードが発生した。アメリカ大統領の会見に参席していた首相を護送するため、鯰尾は骨喰と共に首相を護衛していたが、その任務の直後、新種のCウイルスに彼等の身体は蝕まれた。
鯰尾「あの時、俺と骨喰を治療してくれたのは鶴丸さんです」
鶴丸「いやー、思えばあの時は大変だったな。だが、君たちのおかげで粟田口チルドレンは更にパワーアップしたぞ。T・G・Cの3種のウイルスに対して、抗体を持つことができたんだからな」
鯰尾「その代わり、俺と骨喰は……現場から退くこととなってしまいましたが」
鶴丸「療養のためだ……安心してくれ、君も近いうちに現場復帰させる。その時が来たら、俺も一緒に戦場に立とう」
鯰尾「!」
鶴丸「だから一緒にがんばろうな!」」
鯰尾「はい、鶴丸さん!」

ポコポコと泡が出る培養槽の中で、信濃は眠っていた。手足には、手錠や足枷が嵌められており、鎖で培養槽に繋がれている。
伽羅「あそこまで拘束する必要はあるのか? あの培養槽の液体はハルシオンだろ。あれには、強力な鎮静催眠作用がある。自力であの水牢から逃げ出すのは不可能だ」
燭台切「念には念を……だよ。それに、ボスの指示だからね」
信濃「……っ!」
太鼓鐘「お、目が覚めたみたいだぜ」
目を覚ました信濃は驚いた。それもその筈、自分が水中にいるのだ。しかも酸素ボンベなどのマスクもない。
信濃「っ!?(だ、だめだ……息ができない!)」
がぼがぼと泡を出して暴れる信濃を、3人は静かに瞠っていたが、痺れを切らした燭台切が信濃に令波で指示を出し始めた。
燭台切「今の君なら、水中で息をするくらい造作もないことだよ……まずは落ち着いて」
信濃「!?…………」
燭台切「そう、良い子だね。ほら、冷静になればそんなに難しくないでしょ」
信濃「・・・・・・俺をどうする気?」
燭台切「あはは、早速だね。でもね、今は話すつもりはないかな。もう少し従順になったら、話してあげるかもしれないね」
信濃「そんな気ない癖に……ぅ、な、なんだこれ……」
燭台切「効いてきたね……しばらく眠っていてもらうよ。その方がDウイルスの発育に良いからね」
信濃「っ!?」
それを聞いた途端、信濃は再び暴れ出した。腕を引き、水を蹴って培養槽から出ようとする。
燭台切「貞ちゃん」
太鼓鐘「おう!」
後ろにいた太鼓鐘が培養槽を制御する装置のパネルを押すと、信濃の身に電流が流れだした。
信濃「っ!?」
強い電流を流された信濃は、力なく項垂れる。
燭台切「この特殊なハルシオンで満たされた水槽の中で、1分以上起きていられるなんて、やっぱり拘束しておいて正解だったね。残念だけど信濃くん。これでもう身体が痺れて動けない筈だよ」
信濃「しょ、燭台切!」
燭台切「しばらくおやすみ、信濃くん。あの方が、待っているから」
信濃「く・・・うっ!」

後藤『……以上が、今回の星鴉の任務報告です』
鯰尾「……」
鶴丸「……薬研は無事か?」
後藤『はい……予想以上に失血がひどかったので、メンバーの血を輸血して事なきを得ました』
鶴丸「……後藤」
後藤『はい』
鶴丸「……今回の任務、ご苦労だった。血液サンプルも有益だ。合衆国と連携して研究を進めていくこととして、星鴉は薬研が回復次第日本に帰還してくれ」
後藤『!………司令官、お願いです、信濃の捜索に行かせてください!』
鯰尾「後藤!?」
後藤『まだ近くにいるかもしれません!』
鯰尾「後藤!」
後藤『アルカトラズ湾から、一隻の潜水艇が出たとアメリカ海軍が教えてくれました。メキシコの方角へ、行ったそうです』
鶴丸「……」
後藤『お願いです、総司令官』
鶴丸「……後藤、すまないがそれは許可できない」
後藤『ですが……っ!』
鶴丸「後藤、俺は二度は言わないぞ」
後藤『……』
鶴丸「……」
鯰尾「……」
後藤『……分かりました、薬研が回復次第帰還いたします』
鶴丸「ああ、無事の帰還を祈っている」
電話を切り、鶴丸は鯰尾へと向き直った。
鶴丸「……リーダーとしての責務を感じているのと、間近にいた仲間を失って苦しいんだろう。そんなあいつに気の利いた言葉をかけてやれないとはな」
鯰尾「鶴丸さんは、司令官としての当然の指令を下しただけですよ」
鶴丸「……」
鯰尾「……それにしても、どうしてリンクスは信濃を誘拐したんでしょうか」
鶴丸「後藤の話によると、信濃はDウイルスに感染していた……その所為かもしれないな」
鯰尾「……本当にそれだけでしょうか。俺は何か……別の陰謀がある気がします」

ワシントン大学病院。
そこの特別室で、薬研は横たわっていた。彼の周囲に設置されたソファーには、後藤・信濃以外の星鴉と、FBIの2人が座っている。
乱「まさかリンクスが信濃を連れ去っちゃったなんて」
厚「リンクスは以前も信濃を拉致したけれど、何かの兵器にするんじゃないだろうな」
安定「とにかく、リンクスがどこに潜伏しているか調査しないと……僕たちの方からも、ICPO(国際警察)に調査とか情報提供の依頼しておくよ」
厚「ああ、ありがとな」
薬研「で、信濃に咬まれた後藤と俺の身体に、Dウイルスはあったか?」
加州「いや、それらしきものは検出されなかったよ。信濃の血液からは、Dウイルスの死骸が検出されたけれどね。どうやら、Dウイルスは循環血液の中にいないと死滅しちゃうみたい」
薬研「俺も後藤も信濃に咬まれたというのに、感染しなかったのか?……一体どういうことだ?」
安定「思ってたより、感染する確率が低いとか?」
堀川「うーん、ひとまず情報収集する為には、Dウイルス感染者の生体サンプルがないとダメってことかな」
後藤「鶴丸総司令官に報告してきた」
乱「あ、おかえり後藤」
後藤「帰還指令が下された……薬研、明日には大丈夫そうか?」
薬研「いや、もう十分だ……指令が下されたなら、すぐに帰る」
安定「そっか。もう帰らなくちゃいけないんだね」
堀川「もう少し休んでいっても……」
薬研「いや、いろいろと調べたいことがあるしな……」
加州「そっか……」

暗転。
新撰組に見送る中、ナイトレーベンに乗り込む星鴉組。
最後に乗ろうとした薬研に、加州が紙切れを渡した。
薬研「?……これは?」
加州「アドレス……信濃とかリンクスに関して何か分かったらそのアドレスから教えるよ。星鴉で共有しておいて……まあ、本当はこういうことはダメなんだって分かってはいるんだけど」
薬研「……いや、助かる。本当にありがとな」
加州「Let’s get through this together!(困難に一緒に立ち向かおう!)」
薬研「Yeah.I hope to see you again.(また会おう)」
飛び立つナイトレーベン。
新撰組に見送られながら、星鴉組は日本へと帰国していった。
後藤「2時間ほどで司令部に到着の予定だ。それまで休んでいてくれ」
厚「操縦手伝うぜ」
後藤「いや、大丈夫だ」
厚「結構根詰めてるだろ?」
乱「よしなよ厚。操縦席に座っていないと落ち着かないんだよ……それに、助手席は信濃が座るところだから……今日くらいはそっとしておいた方がいいよ」
厚「……そうだな、わかった」

『信濃……信濃』
信濃「(また……だ、また聞こえてくる)」
灼色の海に、膝まで浸かっている信濃。そんな彼に、語りかけてくる聲。
『信濃、目覚めよ。神の従僕となりて、目覚めよ』
信濃「(ああ、やだな……この声。耳を貸すつもりなんてないのに、脳に麻薬のように響いてくる。心地いい声だ…………だ、だめだ、しっかりしろ俺!)」
『……どんなに抵抗してもムダだ、信濃。お前は逆らうことができない』
赤黒い影が、信濃の背後に迫る。その影はそっと信濃を捕らえるように茨のような触手を出し、彼を抱きしめる。
信濃「っ!(く、なんだこれ……に、にげられない!)」
『ここまで覚醒しているのなら、神の言葉がわかるだろう? 神より与えられた使命を果たせ、メサイアよ』
信濃「!?」
キィイインと高音が鳴って脳を刺激した。
それを受けた信濃は、先程までの抵抗が嘘であったかのように、その影に身を委ねてしまった。
『そう、それでいい……』
茨が更に絡みつき、信濃を束縛して海の深みへと誘う。それに呼応するように、信濃は夕闇色の海へと身を投じていった。

JSAG司令部。
帰国して報告の終わった星鴉組は、鶴丸より1週間の休暇を言い渡された。
しかし、攫われた信濃が気がかりな4人はそんなリフレッシュをすることができなかった。
後藤は気持ちを落ち着かせるためにひたすらナイトレーベンの改造と整備。
厚はいつ出動命令が出てもいいように、食糧の確保と武器の手入れ。
乱は爆弾の新しい調合や、JSAGに届いていた外国語文書の翻訳。
薬研は加州からもらったDウイルス感染者(信濃)の血液検査。
各々が自分にできることを必死に尽くしていた。
そんな状況のまま、1週間の休日を過ごした星鴉は、信濃不在のまま別の任務に赴いた。

リンクスのアジト。
その最深部に安置されている培養槽。
燭台切が見守る中、ゆっくりと1週間の眠りから目を覚ました信濃がいた。
彼の眼は何かに支配されたように赤く染まり、光を失っている。その様子を見て燭台切は「おはよう、僕らの救世主(メサイア)」と笑いかけた。
まだ寝起きで意識がはっきりしていないのか、信濃は目を閉じる。
燭台切「ああ、寝ちゃだめだよ」
太鼓鐘「あのハルシオン入りの培養液に浸かっているから、眠りが深いのかな」
燭台切「信濃くん、起きて」
信濃「……ミカエル、さま?」
再び目を開けた信濃が起き抜けに発すると、燭台切は頷いた。
燭台切「うん、そうだよ。さあ、起きて……そろそろお腹が空く筈だよ」
信濃「おなか……」
燭台切「うん、ほら……」
眼前で燭台切は自分の手首を切り、見せつけるように血を床に滴らせた。
その血に反応して、信濃は培養槽にドンと手をついて目を瞠る。
燭台切「伽羅ちゃん」
伽羅「ああ」
燭台切の背後で、伽羅が培養槽のロックを解除すると、培養液が一気に抜かれて、あっという間に中は空になった。続けて、僅かな蒸気を出して培養槽の前面が横にスライドして開く。
すると、信濃は手首と足首に繋がれた鎖を引き千切り、燭台切の腕を強引に掴んだ。その瞬間、燭台切は「そんな乱暴に扱っちゃだめだよ……めっ!」と注意すると、信濃は開きかけた口を閉じて硬直した。しかし、その眼光は未だに手首から流れ出る血を見つめている。
伽羅「光忠、焦らしてやるな……飲ませてやれ」
燭台切「それはだめだよ、伽羅ちゃん。僕はボスからこの子の教育係になるよう指示を受けてるんだから」
伽羅「だからと言って、覚醒して間もないDウイルス適合者を虐めるな……教育係というよりは、鬼教官だ」
太鼓鐘「あはは、伽羅言い過ぎだぜ……まあ、でも……確かにソレは結構キツイぜ、みっちゃん」
燭台切「うーん、僕はボスの言う通りにしてるんだけどな」
太鼓鐘「ひえ~、てことは、ボスは”お気に入り”には結構ドSなんだなー、こわいこわい」
伽羅「(ボスがそう指示しているなら、仕方ないか)・・・で、いつまでおあずけするつもりだ?」
信濃「~~っ!」
それまで黙っていた信濃が、耐えきれない表情で燭台切の腕を掴んだまま燭台切を凝視する。その切羽詰まった眼差しに観念した燭台切は、彼の口元に手首を持っていき「飲んでいいよ」と告げた。
それを合図に、信濃はゆっくりと味わうように燭台切の手首の傷を舐め、傷口に牙を埋め込んだ。
燭台切「……」
太鼓鐘「……
伽羅「……」
信濃がひたすら吸血をする様を、3人は観察する。
しばしの沈黙の中、信濃が血液を時間をかけて少しずつゴク、ゴクと嚥下する音だけが部屋に鳴り響いた。
信濃「……」
ひと通り堪能して満足したのか、信濃は燭台切の腕を放した。
燭台切「あーあ、起き抜けに1Lも一気飲みされちゃったよ。500ccでも多い方なのに……ちょっとクラっとしちゃうなぁ。貞ちゃん、後で少し血をもらってもいいかな」
伽羅「この前も貞からもらっていただろ。冷蔵庫にあるラファエルの血で我慢しろ」
燭台切「あー、そうだね。あんまり貞ちゃんからもらうと貞ちゃん貧血で倒れちゃうもんね。たまには伽羅ちゃんがくれればいいのに」
伽羅「馴れ合うつもりはない。そういうことは貞とやってくれ」
燭台切「あれ? さっきと言っていることが違う気が・・・」
伽羅「貞の血を”今は吸うな”って言ってるんだ。お前分かってて聞いているだろ」
話している2人を余所に、満腹を得て微睡み始めた信濃を、太鼓鐘がソファーに横たわらせる。
太鼓鐘「みっちゃん、これからどうする? 信濃また寝ちゃったぜ」
燭台切「いいよ、しばらく眠らせてあげて。目が覚めたら、いっぱいやってもらうことがあるから」

翌朝、FBIの国家保安部の応接室にて。
副部長「あれだけの人員と費用をかけたというのに、収集した新型ウイルスの……えっと、Dウイルスだったかね? あれの情報がDウイルス感染者の血液1つと、君の部下たちによる報告書のみってのはどういうことだい?」
蜂須賀「……申し訳ありません」
副部長「おまけにJSAGから派遣されてきた星鴉の1人が拉致られただって? あのね、今回ウチから要請してわざわざおいでなすったんだよ、日本のエージェントさんが。それを阻止すらできないなんて……FBIとして情けないとは思わないのかい」
蜂須賀「……」
副部長「やれやれ……ハイドレンジア(加州&安定)はホント使えないね。前にも言っただろうけれど、あの2人は処分した方がいいんじゃないのかい?」
蜂須賀「いえ、それは……」
副部長「まあいいさ、それは私じゃなく上が決めることだからね……ああ、もう行っていいよ」
応接室を出て歩く蜂須賀。
そんな彼とすれ違った女性職員2人が、通路の隅でひそひそと話し始めた。
職員A「ああ、私の癒しのイケメンさんが、あんな暗い顔を~! また嫌味よ、ほんと副部長っていや」
職員B「先輩、どうして副部長は蜂須賀さんたちを責めるんですか? 加州くんと安定くんだってがんばっているのに」
職員A「副部長が根に持っているのよ、蜂須賀さんが出世話を断っただけなのに」
職員B「出世話!?」
職員A「なんでも、副部長さんが”ハイドレンジアの管理はやめて、私の補佐にならないか?”って誘ったそうよ。給料も3倍になるぞ、とか言って」
職員B「ええええええ、2倍ってすごいわね。でも、そうだとしても私は嫌だわ」
職員A「でしょ? それを蜂須賀さんは断ったのよ。ハイドレンジアの管理ができるのが蜂須賀さんしかいなかったし、空席となるハイドレンジアの管理者は誰が務めるんですか?って蜂須賀さんが聞いたら、あの副部長が”化物の管理なんてバカバカしい、処分でいいだろ?”って言い放ったそうよ」
職員B「ええええええっ、ひどい!?」
職員A「でしょ? それを聞いた蜂須賀さんね、珍しく激昂して”ひとの命をなんだと思ってるんだ!”って言い返したそうよ」
職員B「さすが蜂須賀さん、かっこいい!」
職員A「で、その時の出来事を根に持っていて、ハイドレンジアのことで何かある度に応接室に呼び出して嫌味たっぷりに説教しまくるのよ」
職員B「うわあ、サイテーだ」
職員A「……ね、最悪よね。あんなイケメン虐めるとかホント地獄に落ちればいいのに」
職員B「先輩、顔がマジですよ」
職員A「あ、つい本性が……ああ、この件はハイドレンジアの2人には内緒にしてね」
職員B「イエッサー、先輩!」
加州「ねぇ、安定知らない?」
職員B「ふぁあ!? 加州くん!? ああ、彼なら談話室の方に行ったわよ」
加州「ありがと~」
職員B「ひゃあああ~っ!」
倒れそうになるBをAが支えるのを背に、加州は談話室へと向かった。
安定「あ、清光」
加州「ほら、スターボックスのダークカフェモカクリスターノ買って来たよ」
安定「わーい、ありがとう」
加州「それと蜂須賀さんが2時間後に話があるって言ってたよ」
安定「うわー、説教かな。今回、僕等……それなりにがんばったんだけれども」
加州「大した成果はあげられなかったからね……まさか血液中のウイルスがたった4、5時間で死滅するなんて思わないじゃん」
愚痴りながら互いに片側の肩をくっつけて溜息をつく。
ぼんやりと時計を眺めていると、急にアナウンスが鳴った。
アナウンス『Ooops, FBI’s important files are encrypted for Nanoish.』
加州「FBIの重要なデータが暗号化された!?」
アナウンス『your system has been taken over by Nanoish.』
安定「Nanoish(ナノイッシュ?)……によって、FBI(僕等)のシステムが乗っ取られた!?」
職員C「おい、俺のパソコンがブラックアウトしたぞ!」
職員D「システムが乗っ取られた所為でカードキーが効かないぞ!」
本部長「システム管理者を呼べ、今すぐにだ!」
騒然とするオフィス。その最中、2人は蜂須賀のもとへと向かった。
安定「蜂須賀さん!」
加州「なんかシステムが乗っ取られたって!?」
蜂須賀「……ああ、最悪だ。お前たちのPCはどうだ?」
デスクにある自分たちのPCを開くが、パソコンはブラックアウトしていた。
安定「だめだ、何を押しても反応しない」
加州「再起動しても直んないんだけどこれ」
蜂須賀「ここだけじゃない、電話によると、各支局のPC機器やシステムが乗っ取られたらしい。組織のサイバー捜査官が復旧作業をしているが、今のところ回復の目途は立っていない」
副部長「蜂須賀くん、ちょっと来たまえ」
蜂須賀「!……はい。お前たち……今日はもう帰っていいぞ」
加州「え」
安定「ちょ、こんな緊急事態なのに!?」
副部長「お前たちが残ったところで邪魔なだけだ、蜂須賀の言う通り、さっさと帰りたまえ」
安定「なんだって!」
加州「安定……いいよ、帰ろう」

帰り道の途中、スターボックスカフェにて。
安定「あ~、ほんとあいつムカつくぅ!」
加州「ひどいんだよ、俺たちの苦労なんて知ったこっちゃないって感じでさ」
堀川「まあまあ、2人とも」
和泉守「おいおい、急に呼び出されて何かと思いきや、FBIの愚痴かよ」
安定「だって本当に腹が立つんだもん! そりゃ、僕等はシステムのことなんてさっぱりだよ」
加州「俺も簡単なものくらいしか分かんないかな」
和泉守「そういうことを齧ってんのは国広くらいじゃないのか?」
堀川「さすがに、僕も専門的なことは分からないよ、兼さん。少しインフラ構築ができる程度だからね」
和泉守「とにかくアレだな……俺もそうだが、今からお前たちが勉強したところで、そういったシステム問題を解決できるわけがない」
安定「えー、じゃあ指を咥えて見てろって言うの?」
和泉守「そうじゃねー。別にお前らがダメとは言ってねーだろうが。そういった人材を見つけて、お前らの部下にすればいいんだよ」
堀川「兼さんの言う通り、ITに聡いひとをハイドレンジアに入れればいいんじゃないかな」
安定「でも、ITに強いなんて、どうやってレベルを図ればいいのか分からないよ」
和泉守「そうだな……なんか良い案件があればいいんだが・・・」
TV『緊急速報です、アメリカ全土で銀行の勘定系システムがダウンしております。これにより、銀行の窓口業務・インターネットバンキング・ATMなど、銀行の対顧客サービスや決済システムが使用できず、世界は大混乱に陥っております』
堀川「ええええ、大変だよ兼さん!」
和泉守「……勘定系システムがダウンってことは」
安定「システム復旧しないと、僕たちお給料もらえないじゃん」
和泉守「それだけじゃねぇ。Awazonとかで買い物したり、例えばここのスターボックスの決済をカードとか電子マネーでできねぇってことだ」
堀川「・・・どうしよう兼さん」
和泉守「どうした、国広?」
堀川「僕、カードと小切手しか持ってない」
和泉守「おいおい、まだ大統領の子息だった頃のカードしか持ちません症候群直ってねーのかよ!?」
堀川「そういう兼さんも、現金持ち歩いていないよね?」
安定「え、持ってないの?」
堀川「うん、兼さんはいつも電子マネーだよ。ほら、ワッフル社のワッフルパイ」
安定「えー、それしか持ってないの?」
和泉守「・・・なんだよおかしいかよ」
加州「とにかく良い案件を見つけた、行こう安定! これを機に優秀なITエンジニアを捕まえる!」
安定「ラジャーっ!」
ダダダダダーっと店を出ていくハイドレンジアの背中を眺める2人。
和泉守「なんだあいつら……たく、呼び出しておいて」
堀川「いつものこうだね、兼さん……ところで」
和泉守「ん?」
堀川「ここのお題……どうしよっか」
和泉守「・・・(゚Д゚;)!?」
↑電子マネーしかもってないひと。
堀川「・・・(;^_^A」
↑クレジットカードしかもっていないひと。
和泉守「あいつら~っ! ち、仕方ねぇ!」

📞~📞~📞

歌仙『はい、もしもし?』
和泉守「之定、今どこだ?」
歌仙『ニューヨーク支部で仕事しているよ。ほら、さっきのニュースがあっただろう? それの調査に協力中でね』
和泉守「・・・」
歌仙『どうしたんだい?』
和泉守「なんでもねぇ、間違い電話だ」
それだけ言うと電話を切り、デスクにあったコーヒーを飲み干して項垂れる。
和泉守「之定はダメだった」
堀川「大丈夫だよ、兼さん! 今兄弟を呼んでるから!」

📞~📞~📞

山姥切『なんだ?』
堀川「あ、兄弟? ちょっとお願いがあるんだけど……今どこにいる?」
山姥切『お前たちの後ろだ』
堀川「・・・え」
和泉守「は?」
山姥切「(電話を切りながら)ここにいるぞ」
2人「うわあ!?」
和泉守「お前いつからそこに!?」
山姥切「お前たちが来る前からだ」
和泉守「……サングラスの所為で分からなかった。なんでそんなもんかけてんだよ」
山姥切「DSOのエージェントがお忍びでスターボックスに来ているんだ。これくらい当然だろう」
堀川「ああ、兄弟ありがとう! お願い、10$貸して~っ!」

燭台切「……すごいね、君の構築したNanoishは。その名の通り、小人のように穴を抜けて見事FBIのシステムを乗っ取ったし、一国の金融機関のシステムをダウンさせた」
信濃「……」
燭台切「まだ君のサイバーテクニックを見ていたいけれど、そろそろ狩りの時間だよ。イタズラはその辺でやめにしようか」
信濃の肩に手を置き、燭台切は次のステップへと促す。
信濃「・・・狩り?」
燭台切「うん、さあ……日本へ行こうか」

JSAG司令部。
鶴丸「はあ、とんだ難題をフラれちまったな」
鯰尾「鶴丸さん?……一体どうしたんですか?」
鶴丸「警視庁の副総監から、”何もない日は暇だろ? 夜間の見回りくらい手伝え”とか言われた・・・たく、JSAGのことを便利な警備会社だとでも思っているのかあいつらは」
鯰尾「……ほんと、こんな時に何を考えているんでしょうかね」
鶴丸「バカバカしい話だがいつも無碍にしているからな……3ヵ月に1回くらいはやってやるか」
鯰尾「俺は構いませんよ、鶴丸さんの面子もありますし」
鶴丸「はは、助かる。だが残念ながら君は俺の補佐官だからな、夜間警備には出られない」
鯰尾「えー・・・ま、まあ、そうですよねー」
鶴丸「鳴狐たちにメールは送っておいた。なーに、ぼーっと突っ立て時間が過ぎるのを待つ仕事だ」
鯰尾「……鶴丸さん、それはもう仕事じゃないです」
この時、鯰尾は思いもしらなかった。兄弟たちの身に降りかかる危険を・・・。

JSAG司令部。
鶴丸「はあ、とんだ難題をフラれちまったな」
鯰尾「鶴丸さん?……一体どうしたんですか?」
鶴丸「警視庁の副総監から、”最近国内は何もなくて暇だろう? 夜間の見回りくらい手伝ってくれないか?”とか言われた・・・たく、JSAGのことを便利な警備会社だとでも思っているのかあいつらは」
鯰尾「……ほんと、こんな時に何を考えているんでしょうかね」
鶴丸「バカバカしい話だがいつも無碍にしているからな……3ヵ月に1回くらいはやってやるか」
鯰尾「俺は構いませんよ、鶴丸さんの面子もありますし」
鶴丸「はは、助かる。だが残念ながら君は俺の補佐官だからな、夜間警備には出られない」
鯰尾「えー・・・ま、まあ、そうですよねー」
鶴丸「鳴狐たちにメールは送っておいた。なーに、ぼーっと突っ立って時間が過ぎるのを待つだけの仕事だ」
鯰尾「……鶴丸さん、それはもう仕事じゃないです」
この時、鯰尾は思いもよらなかった。兄弟たちの身に降りかかる危険を・・・。

その夜、鶴丸の指令を受けた粟田口チルドレンは2人1組となって都内の見回りをしていた。
鳴狐「……」
お供の狐「時刻は23時。さあて、いよいよ楽しい夜の警備ですな~」
五虎退「久しぶりに東京に来ましたけど、本当に広いですね」
お供の狐「いつもは常陸国の北部におりますからねー」
五虎退「こんな時間でも明るいですね」
鳴狐「不夜城」
お供の狐「賑やかなところです。さてさて、こういった賑やかなところよりも、人目につかないところを警備しようということで、司令官より警備する場所の指定を受けております。今回我々が警備するのは代々木公園です」
鳴狐「もう少しで着く」
公園に着くと、何をするでもなく散歩するかのように2人と1匹はテクテクと歩いていく。
五虎退「虎くんも連れて行きたかったなぁ」
お供の狐「ははは、仕方ないです。小さいとはいえ、虎ですから。私はマフラーとして誤魔化せますが、虎5匹は難しいでしょう」
鳴狐「また今度」
五虎退「はい、また今ー」
ずきゅん!と銃声がした。
その瞬間、鳴狐の肩から血が噴き出る。
お供の狐「銃!?」
鳴狐「っ!……敵!?」
五虎退「危ない!」
鳴狐の背後に回った黒装束に身を包んだ敵が、追い打ちをかけるように間近で銃を撃った。その重い鉛玉は鳴狐だけでなく、五虎退にまで貫通した。
お供の狐「な、なななななっ!? まさか鳴狐と五虎退が先手を取られるなんて!?……鳴狐、五虎退、しっかり!」
五虎退「か、身体が、痺れて……っ」
鳴狐「ま、麻痺……くっ」
お供の狐「鳴狐、しっかりしなさい、目を覚ましなさーー!?」
ドゴ!
2人と1匹を鎮めると、黒装束に身を包んだ敵は2人の足を引きずり、人気のない茂みへと入っていった。

24時頃、井の頭公園にて。
秋田「久々に、茨城以外のお空を見れると思ったのに、なんか曇ってて空がよく見えない」
博多「都会ば空気が少し澱んどるたい、仕方なか。そんにしても幸運たい。ここに博多とんこつの拉麺屋が~、帰りに食べにいかんね?」
秋田「寄り道して、一兄や鶴丸さんに怒られないかな?」
博多「よかよか~、土産でも買っていけばええ……お、あの木の下になんかあるばい」
秋田「なんか?……っ!?」
博多「!・・・鳴狐、五虎退!」
驚愕する2人の視線の先に、血まみれの2人が横たわっていた。
秋田「鳴狐さん、五虎退!……しっかり!」
博多「い、一体誰がこんなことを!?」
急いで駆け寄り、安否を確かめる秋田と、周辺を見渡して不審者がいないか確認する博多。
秋田「頸動脈を掻っ切られてて、ひどく出血してる……早く助けを呼ばないと」
博多「ちょっと待つばい。今、電話するけんね……っ!?」
そう言って電話を取り出したところで、博多が消えた……否、木の上に潜んでいた何者かによって上へと消えたのだ。
たまたま博多に背を向けていた秋田は、急に襲ってきた静けさに顔を青くしながら振り向くが、そこには誰もいない。しかし、その代わりに頭上から鮮血の雨が降り注いだ。
秋田「!?……博多!?」
博多が大きな幹に吊り下げられており、そして幹の上には赤い眼をした暗影がいた。
秋田「ひっ!?」
とっさに後ずさるが、仲間を見捨てるわけにはいかないと敢然と立ち向かう秋田。そんな彼を嘲笑うかのように、地面にしかけられていた蔓が彼を逆さにして幹に吊り上げた。
秋田「っ!?・・・(しまった、これは罠!?)」
反動をつけて足首の蔓を切って抜け出そうとするが、それは敵わなかった。暗影に持っていたナイフを蹴り飛ばされたからだ。
秋田「っ!?」
それでもなお罠から抜け出そうとする秋田だったが、影に頚椎を咬みつかれた瞬間、何もできなくなった。

深夜零時頃、六義園にて。
前田「ここは、昔ながらの日本庭園のようで、なかなか赴きを感じますね」
平野「そうなんです。東京に赴くと、いつも鶯丸様がここの近くにあるお茶屋に連れて行ってくださいました」
前田「僕も出張がある度に、大典太さんとよく甘味処に行きます……でも、最近別件でお忙しいようで、なかなか時間が取れないようですが」
平野「前田のところもですか。実は僕のところも、最近あまりご一緒することができなくて……ん?……あそこの木に何かついてますね。大きな寝袋でしょうか?」
前田「寝袋?」
木に吊り下げられた2つの寝袋を、2人で切り落とした。
前田「不審物……ですかね? 何が入っているんでしょう?」
平野「秋田!?……前田、秋田が中に!? それも血だらけです!」
前田「こっちには博多が!」
??「やあ、待ってたよ」
驚愕している2人の背中に瞬時に回り、それぞれの首を片手で絞める黒い影。右手には力を込めて、左手は抑えるだけに留めた。
平野「……っ!」
前田「平野!?……あぐっ!?」
強く締め付けられて酸欠を起こした平野の意識がガクッと落ちるのを確認すると、捕縛者は嗤って秋田と博多と同様に転がせる。
前田「っ!?」
そして、抵抗を続ける前田の首筋に牙を埋め込んだ。

丑三つ時、お台場海浜公園にて。
包丁「あー、もう帰ってお菓子が食べたいよ~!」
毛利「ふぎゃ~、駄々をこねるウチの子かわいい~っ!……じゃなくて、あと4時間ですから、我慢しましょう?」
包丁「渋谷においしいクレープ屋さんがあるって聞いたぞ。帰りにクレープ買って帰ろう!」
毛利「残念ながら、この時間にクレープ屋さんは営業しておりません」
包丁「が~~~ん!? じゃあ、俺たちなんのためにここに来たの!?」
毛利「別にクレープを食べに来たわけじゃないですよー、夜間の警備業務として巡回しているだけだから」
包丁「なんだよそれ、俺たちアコムみたいじゃん!
毛利「いえ、セコムです! アコムはローン! ちなみに僕はアルソック派です!」
包丁「アトムはローン? うわ~、怖い。正義の味方が最強の取り立て屋に!?」
毛利「アトムじゃないですよ~って、そんなかわいいボケをかますウチの子かわいい・・・!っ包丁、危ない!」
包丁「ん?」
毛利に突き飛ばされ、階段から足を踏み外した包丁は砂浜の方へと落ちた。
包丁「いてて、いきなりなにすん……っ!?」
衣服の砂埃を払いながら見上げると、そこには何者かに羽交い締めにされて首筋を咬まれている毛利がいた。
毛利「あ……っぐっ!?」
咬まれた瞬間に麻酔でも入ったのか、筋肉が弛緩して毛利は抵抗ができない。捕縛者が手を放すと重力に引かれてその場に崩れ落ちた。
毛利「ほうちょ、う……に、にげ……」
包丁「毛利!?」
兄弟の身を案じて必死に逃げるよう言い残し、最後の力を振り絞って煙幕玉を投げて気絶する毛利。一瞬怯んだ包丁は彼の意に従い、背を向けて必死に駆けだした。
包丁「はあ、はあ、一兄に報せなきゃ!」
走りながら通信機を取り、一期一振に電話をかける。

📞~📞~📞

一兄「包丁? どうしたんだい?」
包丁『一兄、たすけて!』
切羽詰まった弟の叫びに、一期一振は席を立ちながら「今どこだ!?」と居場所を聞くが、返ってくるのは銃声と通話が切れた音だけだった。

📞~📞~📞

包丁「あ……ああっ!?」
的確な狙撃だった。手に持っていた通信機を一撃で破壊した銃の腕。そして、走っている間に熱くなって脱ぎ捨てたのか、自分のよく知っている兄弟がそこにはいた。
包丁「し、信濃兄!?」
信濃「……」
包丁「(な、なんだあの赤い眼!?)……ま、まさか操られてるの!?」
信濃「……」
冷笑を浮かべて銃をしまう信濃に、包丁は冷や汗をかいて固唾を飲み込んだ。
戦慄する……自分の兄はこんなにも冷めた顔をした怖い人物ではなかった筈だと、そして、そんな兄を変えてしまったのは報告にあったDウイルスに間違いないと。
包丁「お、俺が信濃兄の正気を取り戻さないと!」
より戦闘に特化されてつくられた挙げ句、日々実戦を積んできた兄に勝てるとは思ってはいなかった。ただ、少しでも可能性があるならば、と背水の陣に立たされた包丁は奮起して持っていた手刀を構える。
すると、2人の様子を観察していた燭台切が称賛と揶揄を込めた拍手を彼に送りながら現れた。
燭台切「はははは、勇敢だね……今宵の最後の獲物にしては骨がなさそうだなって思ったけれども、思ったよりも逞しくて感心しちゃったよ」
包丁「だ、誰だお前!?」
信濃「餌の癖にミカエルさまに馴れ馴れしく口を開くな!」
包丁「っ!?……っ、なにが”ミカエルさま”だよ!? しっかりしてよ、信濃兄!」
ずっと黙っていた信濃に威嚇され、包丁は慄いたが、負け時と声を荒げた。
燭台切「ムダだよ、包丁くん。ああ、そうそう……信濃くん、この子の血を吸うのを忘れているよ」
太鼓鐘「おらよ」
信濃の足下に、太鼓鐘が引き摺りながら持ってきた毛利を投げる。
包丁「毛利!?」
太鼓鐘「ほら、信濃……遠慮なく食べていいぞ」
信濃「はい、ガブリエルさま……頂戴します」
深く一礼してから、信濃は毛利の腕を掴んで引き込むとがぶりと咬みついた。酔いしれるように兄弟の血を吸う信濃の様子に、包丁は凍りついたまま目を瞠る。
信濃「……っはぁ、ごちそうさま」
ひと通り吸い終わって毛利を隅の方へ投げ捨てると、”次はお前だ”と言わんばかりに、信濃は包丁に向き直り、ゆっくりと歩み寄る。
近づいてくる信濃を見ていた包丁だったが、置かれた自身の状況に気づき、必死に地面を蹴って逃げた。
太鼓鐘「あーあ、逃げちゃったぜ?」
燭台切「心配いらないよ……逃げられるわけがないからね」
包丁「はあ、はあ……っ!(早くこのことを伝えないと)」
全速力で逃げる包丁。
小さくなっていく背中を眺め、嗤う3人。
包丁「あぐっ!?」
角を曲がった先で、包丁は誰かにぶつかった。
そこにいたのは、彼がこの事態を真っ先に伝えたい人物の一人だった。
鶴丸「包丁?……驚いたぜ、いきなり飛び出してきてどうした」
包丁「司令官!? た、たすけて、信濃兄が!」
鶴丸「落ち着け、一体どうしたんだ」
喚き騒ぐ包丁に、冷静になるよう促す鶴丸。
包丁「司令官、海浜に信濃兄と、変な奴らが!」
そう言って鶴丸の手を引き、包丁は鶴丸を信濃たちのいる海浜へと導く。信濃の姿を目に留めた鶴丸は「お、信濃?」と軽く反応する程度で、特段驚きはしなかった。
包丁「司令官、あいつらが信濃兄を操って毛利をっ!」
鶴丸「……てことは、お前は”まだ信濃に血を吸われていない”ってことか」
包丁からしてみれば、初めて聞く鶴丸司令官の冷めた口調だった。それに違和感を抱いた時には、もう既に遅く、包丁は鶴丸に両腕を背中に回されて拘束されてしまった。
包丁「いたっ!?……司令官!?」
燭台切「ありがとう、鶴さん。そのまま抑えててもらってもいいかな? 信濃くんが吸いやすいように」
鶴丸「おう、いいぜ光忠。さあ、信濃……最後のデザートだぜ? たっぷり味わえよ?」
信濃「はい、ラファエルさま」
包丁「ひっ!? やめて、いやだいやだ! しっかりしてよ信濃兄!」
声が嗄れそうになるほど慟哭をあげるが、彼が歩みを止めることはなかった。
金切り声をあげる弟の首筋に咬みつき、信濃は血を吸う……その様はまるで吸血鬼のようだった。

あの惨状の後、鶴丸のもとへ鯰尾がやってきた。
鯰尾「鶴丸さん!」
鶴丸「鯰尾、無事だったか。……すまない、俺が駆けつけた時には既にこうなっていた。傷は治癒したみたいだが、失血がひどい……JSAG司令部の医療施設にすぐ搬送しなければ」
鯰尾「わかりました、俺が2人を運びます。他の兄弟も襲撃を受けたようで、そちらは一兄と骨喰が対応しておりますので」
鶴丸「ああ、わかった」
JSAG司令部の医療施設に運ばれた8名の粟田口チルドレンは、全員が持ち前の治癒体質で傷は治ったものの、朝になっても意識は回復しなかった。
輸血が必要と判断した鶴丸は、イギリスの要請を受けて出動していた星鴉に帰還の指令を出した。
そして、鶴丸と鯰尾が事件の内容を内閣総理大臣である皆川総理に報告するための資料を作成する中、一期一振は病室で眠っている弟たちを見ながら、思考を張り巡らせていた。
一兄「……(粟田口チルドレンを狙った何者かの犯行とはいえ、こうもタイミングよく別の場所にいた兄弟たちを一夜のうちに手をかけることが、果たして可能なのだろうか。まさか、情報が漏れていた?……いや、でもここの情報セキュリティはとても高い。よほどのハッカーでないと破れないようにと、信濃が構築した筈だ。もちろん、開発者である信濃でさえ、そのセキュリティは鶴丸殿と三日月殿と皆川総理の3名がそれぞれに持つパスコードが必要だ。そう考えると、情報がハッキングによって漏洩するとは考えにくい……だとすると)」
考え抜いた末に、一期一振は情報を流した内通者がいたのでは?と予想した。そして、その内通者を突き止める為動き出した。

その夜。
一期一振は書類をまとめたファイルを手に、司令官室へと訪れた。
鯰尾「皆川総理もいろいろと詳細が気になっているようですが、まだ内容は俺たちも把握しきれてないですよね? ひとまず調査中でいいですか?」
鶴丸「ああ、それで構わない。後は俺の方でうまくまとめておく。皆川総理の後は、顧問2人にも俺から報告する」
コンコン(ノック音)
鯰尾「はい」
鶴丸「入っていいぞ」
一兄「鯰尾、席を外してもらえないかな。鶴丸殿と少々お話ししたいことがある」
鯰尾「え、でも……」
鶴丸「俺は別に構わないぜ、鯰尾。彼の言う通り、席を外していい」
鯰尾「……分かりました。では、俺はドアの前に控えておりますので」
鶴丸「いや、あの様子だと長くなりそうだ。終わったら声をかけるから、これでも飲みながら談話室で待っていてくれ」
鯰尾「分かりました」
鶴丸からカフェラテの缶をもらった鯰尾が出ていくと、一期一振は毅然とした面持ちで鶴丸に向き直った。
鶴丸「お、なかなか凛々しい表情だな……一体どうしたんだ、一期一振」
一兄「鶴丸司令官殿、ひとつ確かめたいことがあります。貴方はいつから”あっち”側なのですか?」
鶴丸「……(。´・ω・)ん?」
一兄「貴方はリンクスの幹部なのではないですか?」
鶴丸「これは驚いた……そう詰問するってことは、なにか証拠があるのか?」
一兄「……まずは、これを見ていただきたい」
鶴丸「ん?」
一兄「あなたのメール履歴を調べさせていただきました」
鶴丸「なかなかの越権行為だなー、一期。よく俺のパソコンのパスワードが分かったな……さては鯰尾に聞いたのか?……いや、鯰尾は優秀だ……いくら兄のお前が頼み込んでも、教えはしないだろう」
一兄「仰る通り、鯰尾は教えてくれませんでしたよ。補佐官としてあなたが抜擢して育成しただけのことはありますね。ですが、メールはメールサーバーというものに残りますからね、あなたのパソコンを直接調べる必要はなかった。メールくらいなら、私の権利で閲覧することが可能でしたし」

鶴丸国永と一期一振が対峙する中、鯰尾は談話室で休んでいた。
鯰尾「……眠い」
時刻はもう23時……もう少しであの事件から1日が経過しようとしていた。昨日から寝ていないものだから疲労困憊だった。
鯰尾「……」
燭台切「君が鶴さんの”お気に入り”かー」
鯰尾「っ!?」
急にかけられた声に、鯰尾がハッと振り向くと、そこには燭台切がいた。
燭台切「ああ、驚かせちゃってごめんね。僕、鶴さんに呼ばれて来たんだ。鶴さんから聞いてない? 僕、燭台切光忠……よろしくね」
鯰尾「あ、お久しぶりです。あれ? 明日来るって聞いていたんですけど……」
燭台切「急いだ方がいいかなって思って、メキシコから駆けつけて来たんだ」
鯰尾「メキシコ!? それはありがとうございます。俺、鶴丸さんの補佐官兼護衛役を務めている鯰尾藤四郎です」
燭台切「うん、鶴さんからよく聞いてるよ。よくやってくれる子だって」
鯰尾「え、そうなんですか……なんか恥ずかしいですね」
燭台切「鶴さんの部屋まで案内してくれないかな?」
鯰尾「ええ、いいですよ」
早速とばかりに飛び起きて快く案内しようとする鯰尾。彼が廊下へ通ずるドアを開けると、そこには信濃がいた。
鯰尾「!……信濃っ!?」
驚くのも無理はない。拉致られていた自分の兄弟が眼前に立っているのだ。信濃は人懐っこい笑みを浮かべながら、兄の胸元へと抱きつく。
信濃「へへ、ずお兄の懐だ~♪」
懐に抱きつかれてよろける鯰尾を、背後にいた燭台切が支える。
鯰尾「!?」
燭台切「鶴さんのお気に入りだから、あんまり乱暴にしないようにね、信濃くん」
信濃「はーい」
たじろぐ鯰尾の手首を咬み、信濃は血を堪能する。その途端他の兄弟たちと同様、遠ざかっていく鯰尾の意識。
鯰尾「し……な、の」
信濃「……はは、おいしいよ鯰尾兄さん」
燭台切「この子は疲労がひどいみたいだし、1Lで勘弁してあげようか。足りない分は他で補えるから」
信濃「うん」
指示通り1L飲み干すと、信濃は鯰尾から離れた。燭台切は信濃をソファーへ寝かせると、彼の口元に錠剤を入れる。
信濃「なにしてるの?」
燭台切「増血剤を服用させてるんだ……失血死したら大変だからね。さあ、次へ行こうか」

鶴丸「で? 俺のメールを盗み見て、一体何がわかったんだ?」
一兄「いいえ、詳細は分かりませんが、あなたがサーバーに保存されていたメールを幾つか削除したログを取りました。いずれも日付はまばらですが、そもそもメールを削除する行為そのものが規律違反です。何らかの不正を隠蔽したに違いないでしょう。間違えて消した、または悪戯メールだったと言い訳はさせませんよ。自分のPCに受信されたメールだけならともかく、サーバーに残ったメールまで削除する必要がありませんから」
鶴丸「……」
一兄「それだけではありません。今回私の弟たちが襲撃された場所ですが、皆貴方の指定した場所で被害に遭っている。これが明確な証拠です。今回警察長官殿から送られてきたメールは私も拝見しております。しかし、そこには詳細な場所の指定などなかった……貴方が設定した日時の場所に警備に向かった弟たちは、何者かに襲われた」
鶴丸「すごい偶然だな」
一兄「偶然ではありません……これは貴方が画策した必然です」
鶴丸「……ははは、さすがだなぁ、一期。でも、まだまだ詰めが甘いぜ?」
一兄「!」
銃を構える音が響き、一期一振は背後を一瞥した。そこには信濃がおり、自分の背中にハンドガンを向けていた。
一兄「し、信濃……っ」
鶴丸「まだ撃つなよ、信濃」
信濃「はい、ラファエル様」
一兄「後藤と薬研の報告通り、目が赤い……私の弟に一体何を」
鶴丸「ははは、良い顔だな一期。悪いが、それを教えることはできないんだ……ボスに怒られちまうからな」
一兄「なぜです、なぜあなたが!? みんなあなたを慕っておりました。そんな貴方がどうしてリンクスなんかにっ!?」
鶴丸「なぜ、ね。それを聞いてどうするんだ君は。正当な理由があれば許してくれるとでも言うのかい?……違うだろう?」
一兄「……」
鶴丸「ああ、それと今夜君に詰問されるのは安易に予想できた。君のことだから、俺の真意を問い質そうとするだろう……俺をまだ信用していたいって気持ちがあるはずだ……まあ5年も一緒にやった仲だからな。まだ誰にもこのことを話していないんだろう?……君は詰めが甘いからな」
一兄「!?……今私があなたを問いただしているこの状況も、貴方が仕組んだことだと?!」
鶴丸「……ああ、そうだ。現にタイミングよく来たじゃないか。昨夜君の弟たちを傷つけたハンターが」
一兄「!?……信濃にそんな残酷なことを!?」
鶴丸「……いいじゃないか、殺したわけじゃないんだし。それに信濃からすれば、ただの食事なんだよ」
一兄「!?」
背後から急に撃たれ、一期一振は崩れ落ちる。
鶴丸「おいおい、まだ撃っていいとはいってないだろう?
信濃「血、まだ足りない……」
鶴丸「そうかそうか……鯰尾の分が足りなかったからな」
一兄「!……まさか鯰尾はもう?」
鶴丸「安心しろ、命に別状はない筈だ」
一兄「くっ……」
鶴丸「まだまだ話すことがあったとは思うが、まだ目が覚めたばかりの同胞には大量の血が必要でな。悪いが、ここまでにしてもらおうか……信濃、もういいぞ」
信濃「へへ、やった♪」
一兄「っ!?……し、信濃!……く、う」
首筋に咬みついて血を貪る信濃の姿を眺めながら、鶴丸はパソコンのキーボードを滑らかに打っていく。
一兄「し、信濃……くっ、やめなさい」
鶴丸「驚いたな、まだ意識を保っていられるのか。でもムダだ、君の声は信濃には届かない」
一兄「信濃、信濃、信濃っ!(ムダだと誰が決めつけたのか。私は自分の意識がある限りお前を呼び続ける)」
信濃「……」
一兄「くっ……う」
信濃「一兄……血、おいしい」
大量の血を啜り、嗤う信濃。
歯止めの効かなくなった彼が吸血する音だけが、部屋に響く。
信濃「・・・ごちそうさま」
満足そうな笑みを浮かべて、一期一振から離れる信濃。
鶴丸「よし、じゃあ行くか……」
信濃「はい、ラファエル様」
鶴丸に銃を向けて連行する信濃。鶴丸が部屋を出ると、信濃はカメラを一発で撃ち壊した。
鶴丸「よーし、ご苦労。さぁてと」
一度部屋に戻ってパソコンを取る鶴丸。その後ろで、信濃は倒れている兄を眺めていた。
信濃「(……あれ、どうして一兄、倒れてるの?)」
うっすらと赤く霞んでいた視界が少しずつ晴れていき、信濃は兄を手にかけたことに気づいた。
信濃「(い、一兄!? まさか俺がっ!?)」
後ずさり、鶴丸にぶつかる信濃。
鶴丸「おっと……どうした?」
信濃「っあ……ああ」
鶴丸「……?」
信濃「……ど、どうして俺はこんなことをっ!」
鶴丸「驚いたな……まだそんな意識が残っていたとは」
信濃「う……うう、どうして俺を操ってこんなことを」
鶴丸「ははは、責任転嫁はよくないぜ? おなかが空いて自分で兄を手にかけたというのに……それと君、誰に向かって銃を向けているんだ?」
信濃「……っ!」
銃を向ける信濃を嘲笑い、鶴丸は銃を下ろせと指示すると、信濃の手は鶴丸の意志通りに動いた。
信濃「く……っなんで」
鶴丸「さあ、燭台切が外で待っているんだろう? 案内してくれ……これは命令だ」
信濃「っ!」
とてもつない大きな意志に呑み込まれ、信濃の意識が再び赤い水底へと落ちていく。そして、彼の指示通りに歩き出した。
信濃「こちらです、ラファエル様」
鶴丸「ああ、頼む」
外で待っていた燭台切が後部のドアを開け、鶴丸を招き入れる。そばにいた信濃はその間に助手席へと座り、燭台切は運転席へと戻った。
燭台切「おかえり、鶴さん」
鶴丸「おう、ただいまだな、光坊。2007年に俺がJSAGへ密偵として入り込んでからもう2017年か。丁度10年くらいになるな……相も変わらずかっこいい姿のままだな」
燭台切「鶴さんもね」
鶴丸「10年ぶりの里帰りだ。伽羅坊や貞坊、ボスに会うのが楽しみだぜ」
燭台切「帰ったら歓迎会をしないとね……鶴さんの好きな料理を振舞うよ」
3人が乗った車が出て、1分後入れ違うように黒い車が止まった。
骨喰「三日月、早く!」
三日月「待て骨喰……今ロックを解除する」
施設の扉を開けると、骨喰は一目散に兄弟を探しに奔走した。治療室で寝ている数人の兄弟たちの姿を目に留めて一時は安堵するも、今度は休む間もなく鯰尾と一期一振の捜索に向かった。
休憩室で横たわっている鯰尾を見つけ、骨喰はすぐに駆け寄り状態を診た。少し出血をしているが命に別状はないことが分かり、ほっと胸を撫でおろす。
一方、三日月は司令官室で倒れている一期一振を見つけていた。飛び散った血をよけてそっと彼を運び出した。
骨喰「一兄!?」
三日月「おお、丁度いいところに来たな骨喰。傷は治癒しているんだが、失血がひどかったようだ……治療室に運んでおいてくれないか。俺はその間に管制室で監視カメラを調べてみる。それと、この事を星鴉に知らせてくれ」
骨喰「分かった」
一期一振を骨喰に任せ、三日月は管制室のカメラを確認する。殆どのカメラが壊されて映像が白黒となっていたが、1台のカメラの映像は15分前まで撮影を続けていたらしく、三日月はそのカメラの映像をモニタに出した。
一期一振を撃つ信濃と、その信濃に銃を向けられ、連行されていく鶴丸国永。
戻ってきた骨喰がモニタの映像を見て愕然とした。
骨喰「……そんな、信濃がっ」
三日月「ああ、そうだな(如何にも……信濃がやったように見えるな)」
その後、監視カメラの映像から、信濃が兄弟たちを襲撃し、更には司令官まで拉致したということで内閣は騒然となった。
警察長官が総司令官の不在と、意識不明となっている副司令官の状態を機にJSAGの掌握を狙ったが、それは三日月に阻まれた。しかし、信濃と同じメンバーである星鴉の詰問を行うという防衛省の要請にはさすがに手出しができず、帰国した星鴉は防衛省のもとで一時的に管理されることとなった。